内観療法

真栄城輝明

(佛教大学・大和内観研修所)

【はじめに】

編集部から「テーマに関する主要人物,歴史的事実,セラピーの対象および目的などをご紹介願います。」という依頼があったので,紙面の許す範囲でそれに応えることにする。

 

【創始者は吉本伊信】

心理療法に限ったことではないが,新しい技法が生まれるとき,そこに創始者と呼ばれる主要な人物が存在する。内観の場合は,吉本伊信(1916-1988)である。吉本は,大正51916)年525日に5人兄妹の三男として奈良県大和郡山市にて生れている。のちに僧侶の資格を取得してはいるが,市井の人であり,医学や心理学とは無縁の一民間人であった。奈良県内で最も古い歴史を持つ,県立郡山中学校,いわば第一中等学校に入学しているが,中学2年生の時,肥料商を営んでいた父親の強い勧めに従って農業学校に転校している。けれども,家業の肥料商を継ぐ意思はなく,20歳のとき,実家の2階にて書道教室を開いているが,求道心に導かれるままに,精神修養法としての身調べに情熱を注ぐようになる。伊信の求道心は,妻となったキヌ子夫人の母で子どもの頃は兄嫁の義姉として付き合いがあった森川リウの影響を強く受けたようである。のちに義母となるその森川リウは,内観三昧の生活を送った人として知られ,内観を通して気付いた事柄を大学ノートに書きつけていた。死後にそれが見つかって,内観界では「道のうた」としてよく知られている。それだけでなく,母・ユキエの存在も大きかった。当時は,現代と比べて乳幼児の死亡率が高く,吉本家も例外ではなく,3歳になった一人娘のチエ子が夭折している。大正13512日のことである。その前日の511日に弟が生まれている。伊信少年が小学校2年生になった年である。可愛い盛りの娘を亡くした母親は悲しみに打ちひしがれて,毎日のようにお寺に参っていたが,母は息子の伊信を伴って求道,聞法,読経勤行に打ち込んだようだ。その母の姿を伊信少年は傍らで見て育っている。この時の体験こそ「俺はさて何のために生れて来たか?後生は大丈夫か?」を問う姿勢,つまり内面世界の探求,すなわち『内観』に生涯をかけてゆく,という人生を歩むことになった。

 

【吉本伊信の宿善開発から内観の普及が始まった】

21才のとき,将来の妻の自宅,森川家においてその師,駒谷諦信とその弟子による身調べの指導を受けている。ところが,3日ともたず挫折してしまう。2回目は場所を布施諦観庵に移して指導を受けるが,またもや6日目に挫折した。三度目は意を決して,家人にも内緒で矢田山中の洞窟(マンガン試掘抗跡)にて不眠不休飲まず食わずの単独の身調べを試みるが,身体衰弱で4日目の朝に洞窟から出てきたところを,捜索にきた村人に発見されている。ときは昭和121937)年15日から8日の出来事である。転迷開悟に至らず,やむなく下山しているが,三度の挫折から約1年弱の時を経て,118日に4回目の身調べに挑んでいる。その間に結婚もしていた。ようやく機が熟したのであろう,1112日午後8時のことであるが,ついに宿善開発を果たした。その瞬間,「この喜びを世界中の人に伝えたい」という強い想いに駆られている。

 

【内観の目的と対象】

内観とは,当時20代の青年・吉本伊信が60歳を過ぎた師・駒谷諦信(~1945)と共に「身調べ」を下敷きにして開発した自己観察法のことである。何のために「身調べ」(自己観察)を行うかと言えば,悟り(宿善開発・転迷開悟・一念に遇う,とも呼ばれる)を拓くためである。何故の悟りかと言えば,「いかなる境遇にあっても感謝報恩の気持ちで幸せに日暮らしができる,そういう心のすみかに転換するためだ」と吉本はその著『内観への招待』のなかで述べている。つまり,内観は元々仏教の世界で行われていた悟りを拓くための「修行法」として出発しているが,その頃は「内観法」と呼ばれ,人々の悩みの解消を目的としていた。個人的な悩みはもとより,人間全体の悩みをも対象にしていると言ってよいだろう。

 

【内観法から内観療法へ】

その「内観法」の効果に注目した一人の心理学者が現れた。信州大学の竹内硬教授である。自ら吉本の内観道場を訪ねて内観を体験したあと,次のような一文を記している。

「ひるがえって私も,昭和三十九年六月末から七月にかけて大和郡山の内観道場で集中内観の実習を体験し,その後多くの教え子を派遣して実習させた結果,効果の偉大さに自信を得た。思えば,約三十年ほど以前,練成道場長であったり,時には岡山児童相談所長もやり,TPT調査の発案者でもあった私は,心理学研究四十年に及ぶのであるが,今日この驚くべき内観法のあることを知り,心から成る賛辞を呈するとともに,この法が多くの人々に活用されんことを念願するものである。」(昭和52年に吉本伊信が自費出版した赤表紙の「内観の道」の本に寄せた『内観とは何か』と題する論文より 原文のまま)

それを機縁に,内観は心理学の分野に広まり,その後,吉本伊信は19682月に岡山大学医学部,3月には東京慈恵医科大学,19746月に鳥取大学医学部,1978年3月大阪大学医学部など,立て続けに医学の分野から講演に招かれるようになった。以来,心理療法としての内観が発展し,研究されるようになった。1978年には竹元隆洋(精神医学)や三木善彦(臨床心理学)が発起人となって,村瀬孝雄(臨床心理学)を初代会長とする内観学会が設立された。以来,2017年の今日まで第40回を数える大会を開催しており,この間の内観研究の発展には目覚ましいものがある。心の時代の内観は,少なくとも内観学会に見る限り,内観療法一色になった感がある。

 

【心理療法としての内観】

心理療法としての内観をできるだけ簡潔に説明する必要に迫られて,まとめてみたのが,次の一文である。筆者なりに内観療法の定義を試みたというわけである。

「内観療法とは,悩みや問題の解決のために来所した内観者が,自身も内観を体験し,内観に精通した専門家(面接者)の指導に従って,自己観察を行うことである。その際に,面接者は,部屋の隅に屏風を立てるなどして,可能な限りに刺激を遮断した環境を提供したうえで,内観者が一定の時間,集中的に自己の内に沈潜して,過去から現在に至るまでの対人関係の中で,自分がどのようなあり方をしていたかを,『して貰ったこと』『して返したこと』『迷惑をかけたこと』という三つの観点から具体的に観照するように見守り,その結果,内観者がこれまでの人生の過程を発見的に振り返り,それを基に現在の生活を幸せに感じて歩むことを援助すること,である。」(真栄城 2014

内観では,自由連想法と違って三項目というテーマが設定されている。それを筆者は,「課題連想探索法」と呼んでいる。

 

<参考文献>

真栄城輝明(2014) サイコセラピーとしての内観 秋田巌編 日本の心理療法 pp.3-72竹内硬(1977)  内観とは何か 吉本伊信著  内観の道 内観研修所発行 pp.1-16 

吉本伊信(1983) 内観への招待  朱鷺書房 

 

人生に幸せを運ぶものとは何か

(佛教大学特任教授・大和内観研修所所長)

真栄城 輝明

 

【はじめに】

 奈良県断酒会が創立54周年を迎えるにあたり、祝辞を述べる機会を与えられましたので、この場を借りてお祝いを申し上げます。

そこで、何よりもまず、会の発足以来、会員諸氏が日々の精進を重ねてこられたことに心よりの敬意を表したいと思います。

そして、私自身、およそ40年にわたってアルコール問題にかかわってきたひとりの臨床心理士として、また貴会の顧問としての立場から小文を寄せることにします。

 

【人生科学学会に招かれて】

中国に「人生科学学会」というのがあります。2016123日のことですが、中国内観療法学会がそれに加盟することが認可されたというので、北京で発会式があり、講演に招かれたので出席してきました。

1993年設立された学会なので、歴史はそれほど古くはないのですが、中国では、かなり権威のある学会のようで、彼国の文部科学省がバックについており、そこに加盟が許されるためには審査があるらしく、一定の条件を満たしていなければならない、というのです。わが国にも「日本心理医療諸学会連合(UPM)」という学会があり、およそ十五の心理学会や医学会が加盟していますが、加盟学会の数と権威は、UPMとは比べ物にならないという印象を受けました。何しろ学会員が2万人を超すというからです。加盟学会の分野は聞いて失念してしまいましたが、人生の諸問題を科学的に研究する学会が参集しているというのです。中国内観療法学会も漸くその条件を満たしていることが認められたようで、関係者の喜びは一入のようでした。

当日は、学会理事長と大会長だけでなく、中国政府の役人までも開幕式に出席して長いスピーチをしていましたが、政府関係者が学会の開幕式に出席して祝辞を述べる光景は、日本ではあまりお目にかかることはありません。「人生科学学会」の目的は、人民の幸福を追求し、実現することだというので、国を挙げて力をいれているようです。彼国の精神科医によれば、おそらく急激な経済成長の影響でしょう、中国社会では、その陰でアルコール依存やギャンブル依存に陥る人々が増加しており、欧米産の心理療法をいろいろ導入したそうですが、いま一つ成果が見られず、日本産の内観療法に期待が高まっているようでした。

(ちなみに、日本ではまだですが、中国では三年前から内観療法が医療保険の対象として認定されました。)

 

【内観が注目された理由】

周知のように、内観では、自分の人生を誕生から現在までの自分史を振り返りつつ紡いでいきます。集中内観では、一週間をかけて、それこそ食事中であれ、内観の課題以外のことは考えず、自分を見つめることに集中します。まさに「自分の人生を客観的に対象化して観察(科学)する」わけです。すると、幸福な人生と不幸な人生には、大きな違いがあることが見えてきます。

およそ40年間、私が酒害者とかかわってきて見えてきたものといえば、次のようなことでした。

【過度な飲酒は、不幸を運んでくる】

 見出しの言葉は、私自身が断酒会とのかかわりを通して学んだことです。

これまで、断酒会だけでなく、内観やカウンセリングに立ち会ってきましたが、過度な飲酒が原因で夫婦が離婚し、家庭が崩壊したケースに遭遇することは、少なくありませんでした。

これまでの臨床経験によれば、たしかに離婚は、ノイローゼやうつなど心の病と関連していることがわかりますが、よくよく観察してみると、ノイローゼやうつがアルコール依存症をもたらすのではなく、アルコール依存症が最終的にうつやノイローゼをもたらしていることがわかります。つまり、過度な飲酒が家庭を壊し、「不幸」を運んでくるのです。

 そして、これは反面教師と言ってよいと思いますが、長年、断酒会に参加しているうちに「金銭は生活に必要なだけ確保されていれば、それ以上は必ずしも幸せにつながるとは限らない」という事例に数多く接してきました。

そこで、人生に幸せを運んでくるために必要なことは何かといえば、「愛・思いやり・感謝・希望・信頼・寛容さ」などに行きついたのです。

 

【おわりに】

これからの貴会に望むことがあります。

家族や地域社会の人とどうつきあうか、子どもをどう育てるか、気分が落ち込んだ時や慢性の病気にかかった時にどうするかなど、様々な人生の基本的な態度を学ぶ大切な教室として断酒会を発展させていただきたい、ということです。

日本心理医療諸学連合会第30回大会開催のご案内

テーマ「サイコセラピーの本質を考える」

30回大会 大会長挨拶 真栄城輝明

 

 中国に「人生科学学会」というのがある。昨年の2016123日に中国内観療法学会がそれに加盟するというので、北京で発会式があり、講演に招かれたので出席してきた。当日は、学会理事長と大会長だけでなく、中国政府の役人までも開幕式に出席して長いスピーチを述べていたが、それによると、1993年に設立された組織であり、日本のUPM(心理諸学連合会)とよく似ているように思われた。しかし、よく聞いてみると加盟学会の数と権威は、UPMとは比べ物にならないという印象を受けた。何しろ学会員が2万人を超すらしい。加盟学会の分野は聞いて失念してしまったが、人生の諸問題を科学的に研究する学会が参集しているという。しかも、彼国の文部科学省がバックについているらしく、そこに加盟するには一定の条件を満たす必要があるようだ。内観療法学会も漸くその条件を満たし、晴れて加盟が叶ったというわけで、関係者はお祭り騒ぎであった。その夜の懇親会は、スピーチはもとより、小楽団を背に、歌と踊りを交えて盛り上がった。

 振り返れば、20世紀のサイコセラピー(カウンセリング含む)は、病からの回復や人間的成長が主な目的とされてきた。ところが、21世になって、大きく変わりつつある。単なる治療や成長にとどまらず、それらを越える必要があると言われるようになった。

「今やサイコセラピーは、いわば小学校教育のようなものであり、大人になるのに必要な問題をどうやって扱うか、家族やコミュニティの人とどうつきあうか、子どもをどう育てるか、気分が落ち込んだ時や慢性の病気にかかった時にどうするかなど、様々な人生の基本的な態度を学ぶ大切な場になっている。」と来日講演で述べたイエール大学のドン・ハンロン・ジョンソン博士の言葉を紹介するまでもなく、サイコセラピーは病だけでなく、人生のさまざまな問題を考える時代になったように思われる。

そこで、本学会も第30回という記念の節目に当たって、「サイコサラピ―の本質を考える」を大会テーマに掲げることになった。シンポジウムでは、「サイコセラピーの科学性と宗教性」をめぐって、活発な討議が期待される。というのも、それにふさわしいシンポジストに登壇していただけることになったからである。この機会を迎えて、切に会員諸氏のご参加を乞う次第である。

日時:201793日(日)午前9時~午後5

会場:日本大学文理学部 百周年記念会館

 

14:00     シンポジウム:「サイコセラピーにおける宗教性と科学性」をめぐって

 ~

1700

              座長:松野俊夫(日本大学 日本交流分析学会)

  小池一喜(日本歯科心身医学会

 

■問題提起者:

真栄城輝明(佛教大学・大和内観研修所 日本内観学会・日本内観医学会)

   なぜ、いま「サイコセラピーにおける宗教性と科学性」なのか

■指定シンポジスト

 ①熊野 宏昭(認知行動療法学会 早稲田大学人間科学学術院教授)

②坂入 洋右(日本自律訓練学会 筑波大学体育系教授)

③山田 祐(日本心身医学会

■招待シンポジスト

④森岡 正芳(立命館大学教授)

内観の詩

(佐藤章世 作)

 内観者の中には内観後に絵や詩を送ってこられる方がいます。今回は詩が送られてきました。内観を体験された方だけでなく、内観未体験者にも参考になると思い、ご本人の了解を得て、本欄に掲載させてもらいました。もし、感想などあればお寄せ下さい。

 

プロローグ 

「『内観』やってみたいのよね。

でも、一週間かかるでしょ。

時間をつくるのが大変よね......」

 

いつ聴いたのか誰がつぶやいたのか

場所も時間も、つぶやいた人の顔も名前も思い出せない。

でも確かに耳に残る愛音

内観って何だろう?

問いかけは微かな発光体となって

光の射さぬ闇の片隅に

小さくちょこんと座っていた

 

私が本当に困って

解決のために考えられるすべての努力が尽き果てた時

『内観』

という愛音が振動を起こした

 

さっそくパソコンを開く

HPの片隅にある、

内観につながる素っ気ない数字の羅列

ちょっと汗ばんだ人差し指が

ピコピコ ピコピコ

ぎこちなくナンバーをプッシュする

 

「あの......、内観研修をさせていただきたいのですけれど」

「いいですよ。ご希望の日はいつですか」

 

覚悟は決まった

私は内観をするのだ

七日分の着替えとシーツと洗面用具を鞄に詰め、

夏のまぶしい日差しの朝

特急列車で西へと急ぐ

    駅

駅に降り立つ。

古の都の華やぎははるか遠く

中世の城郭の威容と

現代の商店街の少し寂れた風情とが

ほどほどにブレンドされた街に立つ。

七日分の荷物をかかえ

地図を頼りに道を進む。

行き交う人々は次第に消え去り

雑踏は静寂に変わっていく。

時間と空間が

緩み歪む気配がする。

ここは過去と現在が交差する場所だ。

       内観の作法

内観は、屏風の中に座っておこないます。

内観は、朝五時半から夜九時半までぶっ続けで一週間、食事中でもお風呂の中でも休まず行います。

内観は、まず母に対する自分を小学校低学年から順に調べます。

内観は、母に対して自分が「お世話になったこと」「して返したこと」「ご迷惑をおかけしたこと」を調べます。

内観は、自分の中の仏性でするものです。

仏性とは、良心とも呼ばれ、心の奥深い清らかな泉のほとり、ひっそり佇んであなたが来るのを待っています。

調べたことは、面接者に報告します。

面接は、一日に五、六回行います。

面接の時、内観者は面接者への、面接者は内観者への、尊敬と感謝で合掌一礼します。

面接が終わると、再びひたすら内観します。

内観は、つながりのあるすべての人に対して行うことができます。

内観は、「嘘と盗み」についても調べます。

お食事は、三度三度屏風までお運びします。

わからないことは、何でも聞いてください。

それでは、始めてください。

しっかりお願いします。

 

 

 

 

        屏風と母    

「さあ内観するぞ」と

意気込んで屛風の中に座ったものの

座に落ち着くと

意気込みとはウラハラに

体は心の重みをドロンと感じはじめる

遠くはるかに聞こえるのは

踏切と電車の音

階下から漂ってくるのは

おくさんが準備してくださっている夕食の鍋の湯気

隣の部屋から伝わってくるのは

同じく内観する かすかな悲しい女性の気配

『効率』の呪縛を解かれ

チョロチョロと

自分だけの時間が流れはじめる

 

祖父母の家に小さい屛風があった

二曲の屏風に

切り絵でほどこされているのは

秋の草花と飛び交うトンボ

屛風の前で

ちゃんちゃんこを着て小首を傾げているのは

幼い頃の私

この屏風に

秋の風景をほどこしたのは

結婚前の母

やがて生まれくる我が子を

冷たく吹き荒ぶ風から護りたいと

祈りでも込めていたのであろうか

 

あれあれ 妙なことを思い出した

これは内観かな

これが内観かな

これも内観かな

 

 

 

「モラハラ」考

 

真栄城輝明

(佛教大学特任教授・大和内観研修所所長)

 

【モラハラとは】

モラハラ(モラル・ハラスメントの略語)という言葉は、この国では、20151月に三船美佳が夫の高橋ジョージに突き付けた離婚問題報道を契機に世に知られるようになりました。それまでは、他のハラスメント、たとえば、パワー・ハラスメント(パワハラと略)やセクシャル・ハラスメント(セクハラと略)に比べるとほとんど無名のハラスメントでした。対人援助職の間でもその名はあまり知られていなくて、森田ゆり氏(1998)によれば、看護職416名を対象にしたモラハラの調査では″モラル・ハラスメント〟の言葉を聞いたことがある人は163名(43.6 )であり、医療に従事する看護職であっても半数以上が知らないというのが実態でした。

では、モラハラという言葉は、誰によって提唱されたのでしょうか?提唱者は、フランスの精神科医、マリー=フランス・イルゴイエンヌ先生です。マリー先生は、長年の臨床経験からモラハラの加害者は「精神の吸血鬼」であり、その行為は、「精神の殺人者」にも匹敵すると指摘しています。これまでは、物理的になされる肉体的暴力(DV)が注目されてきましたが、外面には見え辛い精神に対する暴力(モラハラ)は日常の闇に隠れて見過ごされてきました。言葉や態度など目に見えない暴力で相手を支配下におき、精神的な苦痛を与え、相手を不安に陥れて支配するケースに接してきた精神科医のマリー先生が「モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない」という著書を出版したことによって、専門家はもとより一般の人たちもモラハラ問題の深刻さにようやく気づき始めました。そして、フランスでは、彼女の著書の影響を受けて、フランス議会が積極的に法制化に取り組み二〇〇二年に職場におけるモラル・ハラスメントを禁止する法律が出来たのです。

ちなみに、わが国では、DV防止法が2002年に一部施行、2003年から全面施行されていますが、モラハラについては、法的な記載はなく、フランスのようなレベルには至ってないというのが現状です。

 

【モラハラとDV の関係】

先に述べたように、モラハラは精神的な暴力です。ハラスメント(harassment)を「いやがらせ」と訳する人もいますが、バイオレンス(violence)同様に「暴力」と呼んだ方が実態に即しているように思います。モラハラとDVにおける精神的暴力の違いについて明らかにすべく調査した鈴木由美氏(2007)は、「DVの精神的暴力にモラハラは包含されるので暴力である」と述べています。DVのような外傷等が残る顕在化しやすい肉体的な暴力と違って、モラハラは、言葉や態度等によって行われる精神的な暴力なので、なかなか顕在化しないために、長い間潜在化したままでした。

 

【二次被害】

DVを熟知していない法律家や医療者からみたらモラハラは、緊急性や重大性を感じさせないために、被害者が二次被害などに遭遇することが少なくありません。何といってもモラハラは客観的な証拠に乏しいため援助を受けることが困難であり、その点でDVよりも深刻になっています。被害者自身もほとんどの場合、身をもって受ける痛み、あるいは相手が意図的に行う行為によってしかモラハラを判断しようとしません。身体的暴力を受けてきた人たちは、のちに殆どが精神的暴力のほうが辛らかったと証言しています。目に見えないモラハラは、その始まりを被害者当人が気付かないためにモラハラが進行して、ひどいうつ状態や自律神経失調状態に陥ってしまい、日常生活で苦しんでいる被害者が少なくありません。

 

【回復ワーク】

心理学の講演会ではじめて「モラル・ハラスメント」という言葉を知ったというひとりの女性が、集中内観にやってきました。これまでは自分自身を責めてばかりで生き辛さを感じていました。モラハラの加害者は自己愛の強い人(自己愛性人格障害)が多いと言われています。

一方、被害者は必要以上に罪悪感を抱きやすく、自己肯定感の乏しい人が多く、その女性も「お前は何の役にも立たない、ダメ女だ!」と結婚直後から夫に繰り返し罵られているうちに、「夫が怒るのは、私が悪いからであって、すべて私のせいだ」と思い込んでいました。そして体調を悪くしていましたが、自分の不調の問題は、モラハラの被害によるものだと知り、それから回復したいと思ったらしく、集中内観を体験しました。

ところが、内観で過去のことを思い出そうとするとどうしてもモラハラによって傷ついた心が疼いてなかなか想起するのが困難になってしまいました。何しろ彼女のパワハラの被害歴は四十年という長きに及ぶものでしたから僅か一週間の集中内観で回復するには無理がありました。

そこで、内観の原法ではなく、内観カウンセリングという方法が導入されました。内観カウンセリングとは、集中内観が一週間という期間、内観研修所や病院の内観室に籠って、いわゆる非日常の世界で行うのに対して、日常生活をしながら、たとえば一週間に一度や二度の頻度で通ってきて内観的なカウンセリングを行う方法です。(詳細を知りたい方は拙著・『心理療法としての内観』をご参照ください。)

内観を体験された方ならお分かりだと思いますが、内観には、三項目(①して貰ったこと、②して返したこと、③迷惑をかけたこと)があり、それに沿って自分自身を見つめていくわけですが、モラハラの被害者は、病的な罪悪感に苦しんでいることが特徴なので、内観面接士には、慎重な対応が求められます。その工夫の一つとして生まれたのが内観カウンセリングなのです。

さて、その女性の回復ワーク(詳細なプロセスは、ここには控えます)は、2年という歳月がかかりましたが、内観カウンセリングが奏功して回復の道を歩むことができました。具体的には、自ら自助グループを立ち上げて、仲間と共に回復ワークに取り組んでいます。ついでに言えば、彼女が自助グループを発足する際に参考にしたのが断酒会の運営の仕方でした。断酒例会にオブザーバーで参加を認めてもらい、「言い放し、聞き放し」の良さを体験することができました。自分の話を非難されることなく、しかも共感的に聞いてもらったという体験が彼女には新鮮で感激だったというのです。

 

【モラハラと嗜癖】

嗜癖問題の中で筆頭格と言えば、まず、アルコール依存症でしょう。じつは、そのアルコール依存症の家庭において「モラハラ」はかなりの頻度で発生しています。

かつてこの国には「亭主関白」という住人がいて、「俺より先に寝るな」「飯はうまく作れ」などと威張り、家父長制の下で、暴挙の限りを尽くしていた時代がありました。夫は一家の大黒柱とされ、主人とか亭主と呼ばれ、暴力を振るえば、「叩かれるようなことをする妻が悪い」「どこの家でも一発や二発あるものだ」「女は口が達者だから殴って教えるのだ」という考えが許されていました。夫がアルコール依存症になったのも妻のせいだと言われて、男は手のひらで遊ばせるものなのだと妻たちはたしなめられたものです。調停という公の場においてさえそう言って憚らない夫を許す空気があり、妻たちは沈黙せざるを得ませんでした。これに耐えられない妻たちが離婚しようとすれば、「片親の子どもは非行に走る」「妻さえ我慢すれば丸く収まる」と責められ、子供のために耐え忍ぶ妻が賞賛された風潮がありましたが、「モラハラ」という言葉が生まれたお陰で、世の中の価値観が変わったのです。

今や「関白失脚」の時代を迎え、この時代「関白宣言」にしがみつく夫は、人間関係嗜癖として依存症の一つに位置づけられる時代になりました。適度な依存関係であれば「相互依存」ということで健康な人間関係とみなされますが、人間関係に嗜癖しているために生き辛さを感じるようであれば、「共依存」と診断されて、その人は「共依存症者」と呼ばれることになります。

「相手の要求に敏感で、過度に応じる人」「人に必要とされることを生きがいにする人」「人の世話に忙しくて、自分の世話を忘れてしまう人」などの兆候が見られたら、「共依存」が疑われます。共依存者は、モラハラの被害者になりやすいので、まず、その回復が必要になります。

【参考文献】

鈴木由美(2007):モラル・ハラスメントについての調査 看護職はカップ ル問の精神的な暴力をどのようにとらえるか 桐生短期大学 紀要,第18号.

真栄城輝明(2015):DV被害からの回復の試み ―内観カウンセリングを援用して― 奈良女子大学心理臨床研究,第2号

真栄城輝明(2004:心理療法としての内観 朱鷺書房 

 マリー=フランス・イルゴイエンヌ 高野優[]1999):モラル・ハラスメント人を傷つけずには居られない紀伊國屋書店 

 森田ゆり(2001):ドメスティック・バイオレンス~愛が暴力に変わる時 小学館 

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