2008年12月アーカイブ

 前回のブログに林住期を生きるためには、「一人の友と、一冊の本と、一つの思い出」の他に「一枚の屏風」を付け加えたいと述べたところ、ある男から「なぜ、屏風なのですか?」という質問が寄せられた。世の中には読み放しにはできない方がいるようなので、今回はそれに応える意味もあって、表題のテーマで「侏儒のことば」を記してみた。
  屏風を見たことも聞いたこともないという人はまずいないと思われるが、その誕生や用途については、果たしてどれくらいの人がご存知だろうか。
  屏風は、その文字が示す通り「風を防ぐ」調度であった。中国の周の時代に誕生した屏風は、韓国を伝って日本に入ってきたと言われている。ときは天武天皇の頃、新羅から贈られている。(「心理療法としての内観」朱鷺書房)
  ところで、北京で開催された国際学会において、「内観では、刺激を遮断するために部屋の隅に屏風を立てます。」と話したら、ドイツの心理学者が「屏風というのは、木と紙で出来ているようですが、遮断が目的なら石壁、あるいはコンクリートで作った地下室の方がよいと思いますが」と問い返してきた。
  確かに、風を防ぐだけであれば石壁の方が丈夫かも知れないが、屏風には壁の持つ「防ぐ」「もたれる」「遮る」「囲う」「仕切る」「飾る」という機能だけでなく、実用的、儀礼的、装飾的レベルで多機能的に用いられるのが特徴だ。
  そして、なんと言ってもコンクリートの壁は動かせないが、屏風は木と紙で出来ているだけに自由自在に可変可動なのが魅力なのである。別言すれば、屏風は母親の胎内にも似ていて、中にいる人を温かく保護してくれるが、石壁や地下室の場合は強制収容所を連想させて、冷たくて圧迫感がある。
  さて、紙面が尽きてしまいそうなので、屏風の魅力を簡潔に述べることにする。
  「屏風と掛けて何と解く?」と林住期を楽しんでいる男が訊いてきたので、わたしは「ドラえもんのガールフレンドのノラミャーコの『タイムポケット』と解く」と答えてやった。
  すると、その男は「そのココロは?」ときた。
そこで、わたしは「過去や未来など、別の時代のものを出すことができるから」と返答。
  実際、屏風の中で静かに目を閉じていると、タイムマシンに乗って異次元の時空へ旅立つことが出来る。特別に瞑想ルームを作る必要はない。
  屏風さえあれば、どこにいても『タイムポケット』に早変わりするのである。
  そんな屏風の魅力を知れば、さすがのドラえもんもびっくりするかも知れないぞ。

 今年も年の瀬がやってきた。年賀状の季節である。この二、三年、身内だけでなく、親しい人たちとの別れが相次いだために、年賀の挨拶を遠慮しているが、周囲はもとより自分自身もそれだけ年を取ってきた証拠であろう。
 まさにこの世は無常なのである。無常と言う言葉は、どこか寂しい雰囲気を漂わせているが、五木寛之氏の「林住期」という本の表扉を開いてみたところ、光明を感じさせるような言葉が飛び込んできた。以下に示すとこうである。
 「古代インドでは、人生を四住期に分けて考えたという。『学生期』、『家住期』、そして、『林住期』と『遊行期』。『林住期』とは、社会人としての務めを終えたあと、すべての人が迎える、もっとも輝かしい『第三の人生』のことである。」
 五木氏によれば、「学生期」は生まれてから25歳まで、「家住期」は25歳から50歳。そして、50歳~75歳が「林住期」で、75歳以上が「遊行期」だというが、これは百歳以上の高齢者が毎年5千人以上も増加している日本の場合のことである。(ちなみに、平成18年9月15日付の朝日新聞は百歳以上の高齢者が2万8千人以上になったと報じている。ついでにインターネットを調べたら日本女性の平均寿命が85.81歳に達しているが、インド女性のそれは63.3歳だというからインドの「林住期」はもう少し若くなるはずだ。)
 それにしても、「林住期」を讃歌する五木節には驚嘆させられる。そして、それは、ご本人の体験から出てきたように思われる。たとえば、学生時代は勉強が嫌いだったという氏は、50歳になるかならないかの頃、京都の大学に聴講生として若い学生たちと机を並べているが、「先生の話も、すごくよく頭に入る。ものを学ぶということは、こんなに面白いものかと、ようやく気づいた。休講になったりすると、本気で腹を立てたものである」と述懐している。
 そして、「林住期」の心構えをこう説いてみせる。
  「俗世間を捨てずとも、出家者を一つの手本として、さまざまな雑事を究極まで削ぎ落とし、スリムな生活をめざすことはできる。―中略―人生に必要なものは、じつは驚くほど少ない。」と言ってあと、「一人の友と、一冊の本と、一つの思い出があれば、それでいい。」という言葉を紹介しているが、筆者としては、そこに一枚の屏風を付け加えたいと思う。
 今年の2008年10月11日(土)~18日(土)の1週間、中国は、北京から上海、さらに浙江省の寧波(ningbo)市まで行って来た。
 今回の訪中は、北京で開催された第5回世界心理療法学会大会に参加することが主な目的であった。北京では3夜連続で合計9時間に及ぶ内観療法のワークショップを担当したが、大会の印象記は別の機会に譲ることにして、ここには上海市と寧波市にある有名進学校に立ち寄った際に垣間見た「親子事情」について記すことにする。
 上海にある小中一貫校を訪問したのは、保護者会で講演するためである。講演に先立って、校内を見学していると2歳の男の子を抱いている母親が目に入った。
近寄って挨拶を交わし、通訳を介して話しかけてみると、上のお兄ちゃんを迎えに来たというではないか。わたしは咄嗟に「あれ?たしか中国は一人っ子政策のはずでは?」と訊いてしまった。すると、若い母親はこともなげに「ええ、だけど罰金を払えば済むのです」という返事だ。
 そこで、わたしはつい「罰金って、どのくらい払えば済むのですか?」と好奇心に任せて訊いてみた。それに対する彼女の返答はなんと「自家用車の値段とそう変わらないわよ」という一言であった。
 今、中国の都会では個人で事業を始める人が増えたようだ。事業に成功した人は、高級マンションや自家用車を購入するだけでなく、罰金を払ってでも二人目の子供を望む人が増えているという。子どもに掛ける教育費も馬鹿にならない。教室には何人かの子どもたちが残って、教師に勉強(宿題)を教えてもらっていたが、それには特別料金を支払っているらしい。なかには、担任の先生が自宅へ連れて行って夕食まで食べさせてくれるケースもあるという。もちろん、特別料金が必要だ。夕食が済んだ我が子を仕事帰りの母親(父親)が車で迎えに行くという姿も珍しくはないようだ。
 「でも、われわれのような公務員にはそれは出来ません。罰金はともかく、職を失ってしまうからです。」
  通訳を引き受けてくれたN医師は、ため息混じりにそういった。

銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも
                                  (山上億良)
 芥川龍之介に「侏儒(しゅじゅ)の言葉」という晩年の著作がある。
 「侏儒」とは、広辞苑によれば「こびと。一寸法師」の意味で、転じて教養や知識のない人のことをいうようだ。
 「『侏儒の言葉』は必ずしもわたしの思想を伝えるものではない。唯わたしの思想の変化を時々窺わせるのに過ぎぬものである。一本の草よりもひとすじの蔓草(つるくさ)、―しかもその蔓草は幾すじも蔓を伸ばしているかも知れない。」
 芥川は「侏儒の言葉の序」にそう記している。なかには長い文章もあるが、そのほとんどは短文である。芥川の文章は短いが、そこには自己の無知を装って、対話の相手の無知をあばいてみせたソクラテスのアイロニー(irony)に通じるものがある。
 たとえば、「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦莫迦しい。重大に扱わなければ危険である。」という言葉がそうだ。あるいは、告白について「完全に自己を告白することは何人にも出来ることではない。同時に又自己を告白せずには如何なる表現も出来るものではない。」という言葉などは、内観面接を生業(なりわい)にする本欄の筆者には至言のように聞こえる。
 しかし、芥川の言葉はどこかソクラテスのそれとは違う。どこが違うのか、ソクラテスの弁明は対話をしながらも相手に闘いを挑んで、屈服させようとする意図が見えるが、芥川の言葉は自問自答に聞こえる。言ってみれば、モノローグ(monologue,独白)である。
 そして、大和の文化では謙譲が美徳になるが、西洋では自己は主張されるべきもの、という考え方の相違があるようだ。
  そこで、大和の文化から発する本ブログにおいては、西洋のソクラテスではなく、芥川に倣うことにした。が、「言葉」ではなく「ことば」なのである。「言葉」は理屈を必要とするが、「ことば」には理屈にとらわれない自由さがある、ように思われる。
 したがって、本欄に「侏儒のことば」として記すのは、何かを主張するというよりも、内観面接者の自問自答なので、それこそ聞き放し、読み放しにしてもらえばありがたい。