2009年2月アーカイブ

 心理療法としての内観を実践してきた筆者にとって、「物語り(narrative)」としての内観を考えるようになったのは、ごく自然なことであった。以下に、その理由と研究の経緯を述べてみよう。
 周知のように、内観では幼少時から現在に至る自分を振り返り、それを面接で話していくが、繰り返される「はなし」に耳を傾けていると、そこにストーリー(story)があることに気付かされる。ストーリーには筋(plot)がある。内観では事実を見つめることを大切にするが、筋とは事実と事実をつなぐものである。「話にならない」と言うとき、それはその人の話には筋がないということを意味している。「語る」という場合は、たとえば、「昔を語る」と言うように、そこには筋があるのがふつうである。カウンセリングの場面で心理療法家はクライアントの話を「語り」として聴いている場合が多い(河合隼雄・1993)。
 内観面接に携わっていると、内観においても、面接者は内観者の「語り」を聴いていることが少なくない。ナラティヴを日本語で言えば、「物語り」「語り」である。人は、生きている現実を積極的に構成し意味を作り出す存在である(森岡正芳 2007)。そうすることで、人は過去の出来事を素材にして自分自身の世界を作り変えることが可能になる。
 たとえば、病弱な母親を敬遠してきた青年は「お母さんに弁当を作ってもらった。して返したことは何もない。嫌いなおかずのときは、箸もつけず捨てていた」と内観の初日に事実を並べるだけであった。
 ところが、日にちを重ねるうちに「お母さんは体が弱く、寝込んでいることが多かったが、僕の弁当だけは毎朝欠かさずに早く起きて作ってくれた。しかも栄養のバランスを考えて相当の工夫を凝らして作ってくれていたのに、僕はそれをゴミ箱に捨てていた」と語りながら涙を浮かべた。そのとき、青年の母を見る目が変わった。事実を素材にして筋立てがなされることで母親とつながった。つまり、ナラティヴを通して内観を深めたことになる。
 その後「愛犬との別れ」は、どうなったのか、少しばかり気になったので、知人宅へ電話を入れてみた。
 「寝たきりの状態は変わりませんが、息子と再会してから、病状の進行が止まったのか、何とか命を永らえていますよ。」
 知人はそう言ったあと、愛犬の介護にまつわる様子を話してくれた。
 愛犬は、家族の動線を考えて、みんながもっとも頻回に通る居間のど真ん中に寝かしているらしい。帰宅した家族は、すぐに居間に直行して「ただいま」とまず声を掛ける。娘さんなどは、着替える前に愛犬の元へいって身体を撫でて、スキンシップを欠かさないし、夜も付き添って寝ているというのである。母親は家事の合間に、様子を見にいって「さぁ、トイレに行こうか」と庭へ抱っこして連れ出した後、「ごはんを食べようか」と言って食事の介護をするだけでなく、合間には「おやつの時間だよ」と声を掛けるのが日課になっていて、家族中が愛犬を中心に動いているようだ。
  そんな調子で、家族が居間でテレビを見ている間、愛犬は穏やかな表情で寝息を立てて眠っていた。それを訪ねてきた友人が見て曰く、「わたしも年を取ったらこんな風に家族の中で介護されたいわ」と。
友人は介護されている愛犬に我が身を移してそう言ったようであるが、知人は、介護している自分たちの立場から次のように話してくれた。
 「じつは、介護している自分たちこそとても大切なものをもらっているのです。この子が歩けなくなって、余命も少ないと家族が覚ったときから家族の絆がより深まったように思うからです。それにこの15年間は、この子が家族の一員になったお陰でたくさんの思い出をつくることが出来ました。そして、この子によって何よりも命には限りがあることを子どもたちに身をもって教えてくれているかと思うと感謝の気持ちで介護させてもらっています。」
知人にとって愛犬は、ペットという存在を越えて、いまや我が子同然に「この子」と呼ぶ存在なのである。知人の話を聞いていると、一切の存在は、「いのち」のレベルで言えば、すべてが平等であり、繋がっているように思われた。
 最近、知人宅で起こった話である。飼っていた愛犬が癌で前足に瘤(コブ)が出来たと思っていたら、みるみるうちに肥大し、とうとう歩けなくなって、寝たきりになってしまった。かかりつけの獣医に、この段階では手の施しようがない、と言われたとのこと。
 そこで、犬小屋から家族が集まる居間に愛犬の寝室を移した。家族の古着で敷き布団を作って寝かせていたが、毎晩のように夜鳴きが続いた。紙おむつをいやがり、外へ連れて行けと言って鳴いている、というのである。夜中のトイレのために母親と娘は交替で起きて世話をした。
 ところが、ついに左足の瘤が破裂。出血した足を見て驚いた両親は、意を決し、ヨーロッパに留学中の息子とインターネットを使って対面させることにした。息子に「愛犬との別れ」をさせようと考えてのことだ。
 知人の家では、息子が小学校一年生でその姉が四年生のとき、愛犬を家族の一員として迎えた。以来、15年間、息子と愛犬は兄弟のように育った。一年生のときは、母親の膝を奪い合って兄弟喧嘩をしたかと思えば、一方、散歩を欠かしたことがなく、息子と愛犬は、仲良しでもあった。いつも一緒にいるせいか、散歩中のふたりを見たご近所さんが口々に「本当によく似ているわね」と言うほどに、表情がよく似てきた。
 それだけに、日々衰えていく愛犬を、せめて生きている内に、会わせてやろう、ということで、パソコンを使っての対面となった。 やせ衰えた愛犬に向かって、画面の向こうから息子が涙声で愛犬の名を呼んだ。すると、そのときまでぐったりしていた愛犬が耳を立て、尻尾を振って画面のなかの息子に応えてみせた。確かに心が通じたようである。
  「2,3日しか暇はないけど、飛行機の切符が取れたら帰るから」という声に一番喜んだのは、愛犬であった。息子のその言葉で、愛犬に元気が戻った。そして、束の間ではあったが、帰国して愛犬との対面が実現。
 帰国した知人の息子は、3日間、寝たきりの愛犬の世話をして、夜は隣に布団を並べた。下の世話から食事の介護まで、合間には、愛犬の傍らで宿題のレポートを仕上げた。そして、3日後に留学先に戻って行った。
 人と人の間でさえ失われてしまった「心のつながり」をペットとの間で繰り広げた話が印象に残ったので、小欄にて紹介させてもらった。
 奈良に住んでいると神社仏閣がそこかしこにあって、自宅にいながらも鐘や太鼓や木魚の音色に混じって、読経の声まで聞こえてくる。
 「お経」というものは不思議なもので、耳を澄ましているだけで心が落ち着く。さらに、自ら唱えてみるとすがすがしい気持ちに導かれる。
 ただ、難点はインドで生まれて中国を経由して日本に入ってきたためにその内容がよく分からないことである。なかには「白隠禅師座禅和讃」のように和文の「お経」もあるが、殆どはバーリ語やサンスクリット語などインドのものか、漢語、チベット語、モンゴル語、満州語など中国の言葉で記されているのできわめて難解に感じられる。
 その点、「御詠歌」は大和言葉で詠われているので分かりやすく、巡礼歌として、神仏の徳をたたえるのには良いだろう。
 ところで、「御詠歌」とは違うが、「童謡」のなかにも「お経」や「御詠歌」のように、祈り・供養・哀悼など苦悩多き人生において光明を求め、心の拠りどころを尋ねたものが少なくない。
 たとえば、よく知られた「シャボン玉」という童謡は、作詞の野口雨情が産まれて7日目に死んでしまった我が子・「みどり」(長女)の死を悲しんで作ったとされているが、その歌などは、鎮魂歌として分かりやすい。当時は、乳幼児が死ぬのは珍しいことではなく、2,3割の子供が学齢前に死亡していたようだ。まさに、無常感(観)を漂わせた時代であった。
 したがって、世間には野口のように、幼子を失って悲しむ親たちが大勢いたわけで、そんな親たちの悲哀が「シャボン玉」には込められている。

シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ/ 屋根まで飛んで 壊れて消えた
シャボン玉消えた 飛ばずに消えた/ 生まれてすぐに 壊れて消えた
 風、風、吹くな シャボン玉 飛ばそ


 シャボン玉に幼い命を見立てたわけであるが、この歌の前年(1921)に作られた「赤い靴」など、野口雨情の作品には親子の切ない別れをテーマにしたものが多いように思われる。