2009年4月アーカイブ

4月25日付の天声人語で紹介された小学校4年生の詩と逸話が印象に残ったので、小欄に記すことにした。

 <お母さんが 車に はねられた/  お母さんが 病院の れいあんしつに ねかされていた/ お母さんを かそうばへ つれていった/ お母さんが ほねに なってしまった・・・・・お母さんを ほとけさまに おいた/ お母さんを まいにち おがんでいる>
 天声人語に記載はないが、おそらく作者は、女の子だと思われる。
 天声人語子の富永格氏が問題にしたのは、担任の指導についてである。これは私の推測であるが、担任は国語の教科指導を念頭に置いていたのではないだろうか。
「お母さん」という言葉の繰り返しを取り上げて、「お母さん」は、一回だけでいい、と指導した。が、その女の子は納得しなかった。 そこで、指導に悩んだ担任から相談が寄せられた。熱心な教師である。相談を受けたのは、青い窓の会を主宰する佐藤浩氏だった。
 佐藤氏曰く、「何回でも、何万遍でも書かせてあげてください。その子の悲しみをわかちもって・・・・・」
 その佐藤氏(平成20年10月10日に他界)は、かつて代用教員をしていた時代に、子どもの詩に接して感動したらしく、児童詩誌「青い窓」を発刊するようになった人である。

 <子どもたちは、大切なものを見つめ、それを懸命に言葉にしようとしている。その想いをしっかり受け止め、共に響き合うために「眼聴耳視」という言葉を人生の支えにしてきた>という佐藤氏の精神を一人でも多くの教師に伝えたいものである。 少なくとも、佐藤氏に助言を求めてきた女の子の担任は、氏の精神に触れることが出来たにちがいない。それを導いたのは、子どもの詩であった。教師もまた子どもと共に成長していくのである。何と素晴らしい職業ではないだろうか。
 いまや「うつ病」は時代の病となった感がある。というのも、内観研修所にも「うつ病」からの回復を求めてやってくる人が少なくないからである。
 確かに「内観後に、相手への恨み辛みが消えたら気分が晴れてうつから解放されました」と回復を喜んで、感謝されることはある。が、うつ病の成因は単純ではない。いまのところ「うつ病」の成因論には、生物学的仮説と心理的仮説があって、両者共にまだ仮説の段階に止まっているのが現状だ。
 いずれにせよ、「うつ病」は、人間の病だと思っていたら、犬にもうつ病があるというので驚いてしまった。
 <私は自分自身の経験から、少なくとも飼い犬にはうつ病はあるのではないかと思っている>と言うのは、精神病理学者の木村敏博士である。
 木村先生は、「人と人の間」(弘文堂)や「異常の構造」(講談社)をはじめ、「分裂病の現象学」(弘文堂)などの著作が余りにも有名で、分裂病(現在は、統合失調症と改称)研究の第一人者であることは間違いないが、それだけでなく、「うつ病」についても評価の高い業績を残している。
 その木村先生が「犬もうつ病に罹る」と言うのだから、傾聴に値しよう。
 ある日、<私がまだ小さかったころ、わが家にジョンという一匹の不細工な雑種の日本犬がいた>と自身の幼少時代を思い出して、次のように語ってくれたことがある。
 <戦時中なので、卵を産ませるために、かなりの数のニワトリを飼っていた。それがよく懐いて、一羽一羽、名前を呼ぶと飛んでくるまでになっていた。ジョンもニワトリたちと仲良しだった。さて、ある日のこと、一匹の猫が侵入してきて、ニワトリがその餌食になった。そのときのジョンのしょげようは、幼い私の記憶にもありありと残っている。ジョンは、自分はニワトリ連中の保護者だと自認していた。猫の侵入を防げなかったのは自分の責任だと痛感したのだろう。ジョンの様子が変で、うつ病の症状が出ていた。うつ病は、役割意識と深い関係がある。自分に与えられた役割を周囲の期待通りに果たせなくなることが、うつ病を誘発することが多い。かわいそうにジョンはニワトリの番犬という役割を果たせなかったことに深い罪の意識を感じて、食欲が落ち、毎日不安げに怪しい物音がすると怯えたようにその方向に向かって吠えていた。>
 表題は、奈良新聞(4月6日付)の文化欄を飾った見出しである。
 見出しを説明する前文によれば、福井県にある曹洞宗大本山永平寺のお膝元、同町立永平寺中学校(中島文男校長)「無言清掃」が注目を集め、全国から教育関係者が視察に訪れているようである。
 記事の内容をかいつまんで紹介すれば、次のようである。
 <「掃除は自分と向き合う「創自」の時間。自己を見つめ直し、自ら考えて行動する力を養う」と校長は述べており、1950年に創立された同校で、いつからか定着したという。>
 <放課後の約15分間、全校生徒二百人の騒がしい足音がピタリと止まる。伝統の無言清掃の時間が始まると、私語は一切せずに黙々と教室や体育館の床を磨く。真剣な表情できびきびとした動きはさながら修行僧のようだ>と取材に訪れた記者が書いている。
掃除(創自)の効果なのか、<同校では登下校時、生徒が必ず立ち止まって校舎に一礼する習慣もある>とのこと、その記事を読んでいて、釈迦教団にいたインドの僧・周利槃特(シュリハンドク)が思い出された。
 周利槃特は、物覚えが悪く、周りからバカ扱いされていた。そこで、前途を悲観して泣いていたところに、釈迦が来られて声をかけた。
 「何も泣くことはない。世の中には馬鹿でありながら、自分の愚かさに気づかない人がたくさんいる。お前は自分の愚かさを知っている。自分を知ることは大切だ。だから、私はそういうお前を見捨てることはしない。安心して修行に励みなさい。」とおっしゃって、一本の箒(ほうき)を与えて曰く、「塵(ちり)を払(はら)え、埃(ほこり)を除(のぞ)け」。
 以来、槃特は言われたとおり、日々それを忠実に実行した。そしてついに「何を塵(ちり)埃(ほこり)と認識するのかは、自分の心がそうさせるのだ」という悟りに到達し、後に釈迦の大弟子である十六羅漢(じゅうろくらかん)の一人となった。
 内観研修所の一日は、朝起きると掃除で始まる。内観者は私語を慎んで、ただひたすら掃除に専念する。掃除はまさに自己を見つめる「創自」として内観を深める手助けをしてくれるのである。
 表題の本をご恵贈にあずかった。著者は全国各地を廻って内観研修会を主宰している藤原直達氏である。早速、扉を開いて目を通してみた。
 すると、まず、まえがきに内観面接を行うようになったいきさつが記されていた。
 <私はカトリックの神父です。しかし、いつの頃からか自分は「旅僧」であると自覚するようになりました。二十九歳で司祭となり、十年後の三十八歳のとき、奈良・大和郡山におられた故吉本伊信師のもとで「内観」を経験しました。やがて四十九歳のときに、教会にやってこられる信者さんや一般の方々のお世話をする仕事を出て、「心の旅」に出ました。そして、五十二歳頃から「カトリック的内観」を始め、内観者の面接同行をするようになります。その後もう少し幅を広げるために「キリスト者のための内観瞑想」と呼ぶようになります。「心の旅」をするだけでなく、内観面接者として、各地に設けた内観会場に出向いていき、一週間、様々な魂と一期一会の出会いをしますので、行脚し続ける「旅僧」の自覚を持つようになったのです。>
 本書の魅力は、「旅僧」が旅をしながら考えたことを綴っていることであろう。つまり、実践の書なので、説得力がある。たとえば、わたしはこれまで長い間、「スピリチュアルを日本語でどう訳すか?」という疑問を抱いていたが、本書の「旅僧」が記した次の言葉に接して、春霞の中で晴れ間を見る思いがした。
 <日本の医学界においては、「スピリチュアル」をどう翻訳するか戸惑いが見られました。―中略―日本では、「スピリチュアル」を「生き方」などと訳しています。―中略―霊肉を分離せず外に現れてきた「生き様」のほうが本来的な「スピリチュアル」の意味を言い当てているように思えます。「霊性」と訳すると、表面的な軽い感じがします。むしろ「霊生」のほうがもっとふさわしく言い当てているような感じがします。「霊性」の「性」は性格・性質というように用いられますが、「霊生」の「生」は、生命・生存に通じる言葉です。時と場所により多様に変化する「霊性」より「霊生」と呼ぶほうがもっと根源的・存在的次元に向かっているように思われます。>(p 23)
 著者は、「大乗起信論」と「霊魂の城」の二冊を座右に置いて本書を書き上げたようであるが、内観関係者はもとより、一人でも多くの方々に読んでもらいたい。
 <日本人が庭でしてきたことは、太陽をのぞむ、アマツカミをまつる、神々とあそぶ、極楽浄土をつくる、仏をおがむ、月をみる、野をいだく、名所をあるく、祖霊をまねく>
 これは、上田篤著「庭と日本人」(新潮新書)の帯を飾ったフレーズである。そのフレーズに惹かれて本の扉を開いてみたところ、はじめに「日本人は、仏さまより庭が好き?」という文章が目に入った。どうやら、疑問文のようである。日本の寺を見学していた外国人が「たいていの日本人は、寺にきてちょっとだけ仏さまを拝むが、あとは縁側にすわって庭ばかり見ているのはどうしてだろう?」と思ったらしく、その疑問を著者の上田篤氏に発してきたというのだ。
 それに対して著者は、日本文化の特徴をかみ砕くように、丁寧に答えてみせている。以下がそれである。
「西洋の庭園は園(その)だが、日本の庭園は庭(にわ)だからである」
「つまり、庭園という字は<庭に園>と書くが、庭と園は本来違う」
「園という漢字は、それをソノと読んだ日本語と共に<果物などを栽培する畑>のことをいうが、庭という漢字、またそれをニワと読んだ日本語は、ともに<何かの行事のおこなわれる場所>をさすからだ」
 何かの行事というのが、先述した帯の言葉なのである。その行事のなかには、おそらく自然現象も含んでのことだと思われる。神々とあそぶというが、西洋のゴッドのような絶対的存在とあそぶのではなく、日本では物と物との関係性、つまりTPOが<神さま>なのだという。TPOが神さまだと言われてもピンと来ないかもしれないが、以下の説明を聞けば納得できるのではないだろうか。
「寺の庭にいたからすぐにシビレさせてくれるわけではない。冷たい縁側に1時間でも2時間でも座ってじっと庭を見ている。そのうちに夕暮れになってそろそろ寺が閉まるころ、強烈な太陽の光がさしてきて庭の石が一瞬かがやいたとき、人はシビレルのである。」
 人をシビレさせる場所、そこが庭(ニワ)なのである。