2009年8月アーカイブ

このたび、自己発見の会(長島正博会長)が、やすら樹(No.117 2009 SEP.)に奈良で開催された第三二回日本内観学会大会の特集を組んでくれました。

 そこで、巻頭言の代わりに大会長として、以下のような文章を載せてもらいました。

 

「今回、内観発祥の地である奈良においては、初めての大会の開催となりました。」

開会式の祝辞の中で、巽理事長はそう述べた。その他、何人かの会員の方々と懇親会場や大会会場で挨拶を交わしたが、理事長と同じ言葉を口にされた。 また、堀井事務局長も内観研究誌に寄せた事務局便りに同様の文章を寄せたが、それは長島理事の指摘で訂正された。

実際には、第八回大会(三木善彦大会長)が奈良で開催されているので、今回が初めてというわけではないが、二四年も前のことなので、新しく入会された会員には、知る由もないことかもしれない。ただ、理事長と事務局長は、学会設立時からの会員である。おそらく、古くからの会員にとっては、今大会はこれまでと違って、目新しく感じられたのであろう。

以下に、目新しさのいくつかを挙げてみる。

「これまでの大会プログラムでは、見たことはないが、内観セミナーって何ですか?」

第一回大会からの古参会員は、届いたばかりの抄録集を開いて、そう訊いてきた。確かに古くからの会員には、耳慣れないことなのでいぶかしく思われても不思議はないだろう。

じつは、内観セミナーの企画には、実行委員の並々ならぬ気持ちが込められていた。

というのは、第一九回内観療法ワークショップ(平成十九年十月二七~二八日)を準備した際に、内観発祥の地と言われているにもかかわらず、当地・奈良における内観の知名度があまりにも低いことを痛感させられる場面に遭遇し、大きな衝撃を味わったからである。そこで企画されたのが前例のない内観セミナーだ。

その内容については、友成氏の報告に譲るとして、まず、それが大会の印象を大きく変えたことは間違いないだろう。

二番目は、大高氏の印象記にも看取できると思われるが、今大会では、内観研究の新たな方向性を展開するために、一般演題に対してこれまで以上にエネルギーを注いだことである。

「以前は十五分だった一般演題の発表時間を三十分に延長し、座長の他にコメンテーターまで付けたことで、これまでにない充実した内容になりましたね。」と長老格の会員は、若輩の大会長をねぎらって、讃辞をくれた。

三つ目は、外国(中国)会員から大会史上ではじめて演題の応募があったことである。実行委員会は、それを特別演題として受理したうえで、別会場にて、一般演題と並行して開催したが、会場の様子は、勝見氏が紹介した通りに熱気に包まれ、活発な質疑が展開された。

「本場の日本で内観研究を発表できて大変うれしく思います。私の一生の思い出になりました。」と中国の若い精神科医は、何度も同じ言葉を繰り返し、握手を求めてきた。

「ところで、今大会の目玉というか、メインディシュは何ですか?」

会員ではないが、内観に興味があって急遽参加を決めたという男性が、プログラムを開いて訊いてきたので、次のように応えた。

「今大会は、料理で言えば沖縄のチャンプルー(ごった煮)のようなもので、主役も脇役もなく、すべてがひとつになってはじめて美味しさが出てくるのです。ですから、一題残さず、すべての演題を聞いて欲しいですね。」

さて、本誌が特集を組んでくれるというので、「チャンプルー」の味を出そうと思った。そのために、表舞台だけでなく、舞台裏からの報告も入れることにした。今大会は、実行委員と準備委員がそれぞれの立場で協力してくれたが、まさに「チャンプルー部隊」であった。

 

会場設営中のスタッフ.JPG 懇親会でのスタッフ紹介.JPG 島倉千代子さんとスタッフの記念写真.JPG

大和まほろばの会が発行している「麻本呂婆」の創刊号が発刊されたのが平成20年12月1日のことでした。それからわずかに九ヶ月しか経っていないのですが、このたび増刊号を送り出すことになりました。当初は、年に二号の頻度で発行すればよいかと考えていたのですが、思いのほかにハイペースの発刊となりました。これはもとより、ひとえに読者や執筆者など、関係各位のご協力の賜であり、この場を借りて厚く御礼申し上げる所存です。

さて、増刊号となった今号は、特集号となりました。去る6月19日(金)~21日(日)に奈良市にある「ならまちセンター」を会場に第32回日本内観学会大会が開催された際に、大会に先だって「内観セミナー」が開講されました。  

じつは、その企画は内観学会大会史上、初めての試みということもあって、実行委員会としては、果たしてどうなるだろうか、と不安を抱えたまま準備を進めてきたのが実情です。

ところが、フタを開けてみると案ずるよりも産むが易し、の喩えにあるように、予想を超える参加の申し込みをいただき、急遽、会場を変更するといううれしい悲鳴となりました。

そして、講師には、日本内観学会の巽理事長・堀井事務局長・長島理事といった超ベテランの内観研究者と内観実践家にお願いしたことにより、大変充実した内容となりました。

というのは、本来なら講師としてお招きすべきある長老が、参加者の一人としてセミナーの内容にいたく満足された様子で、フロアーから手を挙げて、次のように発言されたからです。

「きょうのセミナーにおける講演を大変興味深く聞いております。とても内容が豊富なので、ぜひ資料として手元に残しておきたいのですが、何とかなりませんか?」

そこで、考え出されたのが本誌を特集号にして、今回のセミナー参加者に配布する、というアイディアでした。

そんなわけで、特集にあたって、当日の講演テープを興し、その原稿を講師自身による校正を経て、編集作業を行いました。ただし、個人情報などの絡みで堀井茂男先生の講演は、ご本人から掲載の辞退があり、残念なことに今回は割愛せざるを得ませんでした。

さて、特集は、セミナーに登場していただいた順番とさせていただきました。最初は、「現代社会と内観」(巽信夫)、二番目に穴埋めとして「心理臨床における内観療法の実践例」(真栄城輝明)を挿入。そして、最後の三番目に「内観への招待」(長島正博)を掲載しました。

当日のセミナーでは、参加者から活発な質問が出され、それに対して講師による応答もありました。しかし、発言者の了解を得てないので、今回はそれを掲載するわけにはいきませんでした。

そこで、それに代わるものとして参加者を代表して、お二人の方に印象記を書いてもらうことにしました。

ヨーガ講師の伊原木博子氏には、内観セミナーの印象記を、カウンセラーの藤恵子氏には、第32回日本内観学会大会の印象記を依頼したところ、すぐにご快諾いただき、臨場感あふれる軽妙な筆致で印象を伝えてくれました。

このように、「麻本呂婆」は創刊以来、じつに多くの方々に支えられてきました。

いろいろなご縁に感謝しつつ、読者の皆様へのご挨拶とさせていただきます。

 開会式(第32回大会).jpg 32回日本内観学会奈良大会開会式の様子

右から奈良女子大学佐久間副学長・上海交通大学医学部王祖承教授・巽理事長)

 

 

21回内観療法ワークショップin津軽 弘前
~「こころ」と「からだ」のつながり~

 

tsugaru.jpg

 

   会 期     平成211031() ~ 111()
     会 場  アソベの森 いわき荘
(岩木山のふもとの温泉郷)
       (JR弘前駅 シャトルバス約30)*詳しくはこちら
      定 員  100(定員に達し次第、締め切らせていただきます)

 

事務局   ひろさき親子内観研修所(竹中哲子)
         TelFax 0172-36-8028
         e-mail:sasaki.s@pearl.ocn.ne.jp
         *参加お申し込みはこちら

 

記念対談

~響きあう「こころ」と「からだ」~

甲野 善紀(武術研究家)
真栄城輝明
(臨床心理士)

ごあいさつ
 この度、10年ぶりに第21回内観療法ワークショップを開催する機会に恵まれました。
 周知のように「内観」は、自分を観察する方法として知られています。「自分って何?」と見つめていきますと「こころ」と「からだ」は密接な関係にあることがよく分かります。
 そこで、大会のテーマを"「こころ」と「からだ」のつながり"といたしました。
 記念対談には、武術やスポーツ・楽器演奏・介護などの幅広い分野でご活躍の武術家・甲野善紀氏をお迎えしての実技と臨床心理士・真栄城輝明氏との対談を企画いたしました。また、シンポジウムや分科会等には各分野の専門の方々をお招きできたことを大変嬉しく思います。
 津軽の方言では、あなたのことを「な」という言い方があります。当日は全国各地の「な」と地元の「な」がつながること、そして参加者お一人おひとりの「こころ」と「からだ」が響きあうことを願いつつ、皆様のお越しをスタッフ一同、心よりお待ちいたしております。 

 

  実行委員長  竹中 哲子(ひろさき親子内観研修所)

プログラム
第1日目 1031()

受 付

受 付
(ビデオとスライドによる内観の紹介)

11:3012:00

開会の辞

理事長・実行委員長

12:1012:20

教育講演

内観入門

本山 陽一(白金台内観研修所所長)

12:2013:20

実習

内観実習

長島 正博(北陸内観研修所所長)
 本山 陽一(白金台内観研修所所長)

13:3015:30

シンポジウム

テーマ
「こころ」と「からだ」のつながり

塩路理恵子(東京慈恵医科大学精神科医)

木村 慧心(日本ヨーガ療法学会理事長)

小泉  洋 (トレーニングアドバイザー)

巽 信夫 (日本内観学会理事長)

13:3015:30

特別講演

子どもの心に耳をすます
真栄城輝明
(奈良女子大学教授)

15:4017:00

懇親会

いわき荘
津軽三味線と篠笛

18:0020:00


第2日目 111()

分科会A

内観実習Ⅱ

長島 正博(北陸内観研修所所長)
 本山 陽一(白金台内観研修所所長)

9:0011:00

分科会B

子どもの問題を語り合う

溝口隆司(盛岡大学臨床心理士)
 佐々木真(つがる市教育委員会)

9:0011:00

分科会C

医療における内観の有効性

巽 信夫(信州大学精神科医)
 須藤武行(すとうクリニック医院)

9:0011:00

体験発表

内観体験発表

12:0012:20

記念対談

~ 響きあう「こころ」と「からだ」~
甲野 善紀
(武術研究家)
真栄城輝明
(臨床心理士)

12:3014:20

閉会の辞

次年度実行委員長・事務局長

14:2014:30

 

参加費

会員・学生
2日間参加
 1日参加


5,000
2,500

一 般
2日間参加
 1日参加


6,000
3,000

 

懇親会
(10/31 夕刻)

7,000

宿泊(+懇親会)
(10/31
いわき荘)
*朝食付・相部屋

14,000
(宿泊は9/30まで)

昼食(カレー)
(11/1
のみ)

840


10/1以降のお申し込みは上記参加費より500円増しになります。

申込方法

・参加ご希望の方はこちらからお申し込みください。参加費は郵便局(ゆうちょ銀行)にて下記口座に納入願います。

振込先 郵便(ゆうちょ銀行)振替口座:02250-9-72309
加入者名:第21回内観療法ワークショップin津軽


*郵便振替専用の払込用紙は全国の郵便局(ゆうちょ銀行)窓口で用意されております。

・定員(100名)に達し次第、締め切らせていただきますのでご了承ください。
・パンフレットをご希望の方はこちら(PDF)からダウンロードしてください。
・2日間(10/3111/1)の受講で、臨床心理士資格認定協会、心身医学会、日本ヨーガ療法学会の認定ポイントになります。

主 催  日本内観学会

後 援  青森県、青森県教育委員会、弘前市教育委員会、              

NHK文化センター弘前教室、東奥日報社、陸奥新報社

お問い合わせ
(大会事務局:ひろさき親子内観研修所)
036-8253 青森県弘前市緑ヶ丘1-4-8
Tel
Fax:0172-36-8028
e-mail:sasaki.s@pearl.ocn.ne.jp

 

 北のまほろば(青森県)では、今年、太宰治の生誕百年を迎えて、各地でいろいろと記念行事が企画されているようですが、弘前では、太宰研究家として高名な小野正文氏の三回忌に合わせて「小野正文を偲ぶ」本の出版が企画されているようです。以前に対談したご縁で、私にも原稿の依頼がありましたので、以下のような小文を書かせていただきました。

 

 

「私が太宰治と会ったのは、指折りかぞえる位の回数でしかない。」(218頁)

小野正文氏は、『太宰治をどう読むか』(未知谷)の復刻版にそう記しているが、その文章に倣って言えば、「私が小野正文と会ったのは、指折り数えて三回しかない。」

 わずか三度しかお会いしたことのない私に、原稿の依頼が来たのは、いったいどういうことなのか、出会いの経緯を振り返ってみた。すると、次のようなチラシが出てきた。

 「先程、太宰研究家として第一人者である小野正文先生の名著『太宰治をどう読むか』が40余年ぶりに復刻再版され、好評を博していることは、周知の通りです。

本著は、まさに『津軽文化の活性化』を産み出し、『この国の文化の活性化』にもつながる気配さえ漂わせているようです。

そこで、今回は北のまほろば(津軽)を舞台にして、この国のまほろば(奈良)より太宰治に関心を寄せる臨床心理士をお招きして、標題のテーマでの対話を企画しました。

手順としては、まず小野先生の基調講演を聴いた後、心理臨床の視点から津軽ともご縁の深い真栄城輝明先生に指定発言という形でお話しをいただく予定です。

つまり、この機会に、文学と臨床心理学の邂逅によってどのような『文化』が生まれてくるのか、楽しみにしたいのです。

当日は、津軽の文化に触れつつ、改めて太宰治の魅力に迫ることになるでしょう。どうぞ、ご期待ください。」(原文のまま)

右の案内を企画したのは、ひろさき親子内観研修所の竹中哲子所長であり、平成18年8月31日のことだ。主催には、「めぐみの集い」と「みすずの会」が名を連ねている。私は、それまでに何度か、両方の会に招かれて講演した際に、太宰治を話題にしたことがあった。話題にしただけでなく、斜陽館を訪ねたこともある。おそらく、私の太宰への思いを受け止めてのことであろう、「太宰研究家」との出会いを計画してくれた。私にすれば、盆と正月が一緒にやってきたようなもので、飛び上がらんばかりに歓んだ。

 小野先生の印象は、最初から鮮烈であった。初対面にもかかわらず、ユーモアの連発で迎えてくれた。たとえばこうである。

 

小野 幼少時代から病弱でね。やせて青白かったので"ユーレー"と呼ばれて、からかわれていました。徴兵検査も"丁種不合格"だ。その私がいま93歳になるまで生きている。

 

筆者 長生きの秘訣は何でしょうか?

 

小野 怠けることです。何事も必死にならずほどほどがいい。私は昼寝が趣味だね。

 

 太宰をして"文章の弟子だ"と言わせた元英語教師は、おしゃれなベレー帽を右脇に抱えてそう言った。

 

筆者 ステキな帽子ですね。

小野 いいでしょう。これ私のボケボウシ(・・・・・)

 

 翌日の講演と対話の打ち合わせが済んで、昼寝の前に昼食をご一緒した。ウエイトレスに対してもユーモアを忘れなかった。

 

女給 ご注文は何にしましょうか?

小野 昼寝の時間なので、早くて美味しいもの、そうハヤシライス(・・・・・・)がいい、それください。

 

 一事が万事、この調子である。長生きの秘訣はユーモア精神にあるとみた。一緒にいる人だけでなく、自分自身も楽しんで、たちまちその場を和ませてしまうあたりは、言葉の魔術師だ。どんな辛辣な言葉でも小野先生の口から出ると、つい笑ってしまうから不思議だ。講演と対話のテーマは、本のタイトルそのままに「太宰治をどう読むか」であった。

筆者 本日は、小野先生の貴重(・・)な講演を楽しみに奈良(・・)からナラズモノ(・・・・・)がやってきました。

 

小野 きょうは、「太宰治をどう読むか」についてはどうだっていいんだ。きょうは、ゴンベンをとって「太宰治をどう売るか」が問題でして、署名入りにするからぜひ一人一冊ずつ、買っていってください。

 

すると、たちまち用意した本が完売してしまった。売る方も売る方だが、買う方も買う方だ。すでにその本を持っているという人まで買い求めたからである。たぶん、本を買ったのではなく、ユーモアを買ったのであろう。

 去る6月19日~21日は、奈良市のならまちセンターを会場に、第32回日本内観学会大会が開催された。大会実行委員は、地元奈良はもとより、大阪や和歌山県だけでなく、遠く愛知県や栃木県、さらにはなんと岩手県と青森県からも駆けつけてくれた。みんなの協力の御陰で、何とか無事に終了することができて、ほっとしているところに一通の、以下のようなメールが届いた。

 

「おはようございます。大会で総合司会を務めさせていただきましたTです。

本来ですと、大学等が受け持って開くあれだけの大きな、しかもいろいろと盛りだくさん過ぎる学会を、やり遂げることができたのはなんだったのだろうなぁ、と考えました。
大会長の吸引力と"良ければやる"との揺るぎない思い、スタッフの皆さんの与えられたポジションの任務遂行力に加えプラスαの調整と協調力かなぁ、と一晩あけて思います。
 スタッフ皆が集まり反省会は難しいと思いますので、メール、FAX等でスタッフの振り返りを集めませんか?そして、それを大会スタッフ振り返り集としてまとめるというのはいかがでしょうか?」
 

 

それを受けて、早速、作業が進められた。そして、ゲラ原稿がわたしの元に送られてきた。大会長としてのわたしには「あとがき」が求められているようだ。

そこで、以下のような「あとがき」を書いて、送った。

 

あとがき

 発起人代表のTさんによれば、この"振り返り集"のアイデイアは、車中の会話から産まれたという。車内には、第32回日本内観学会奈良大会の実行部隊として活躍した面々が乗り合わせていた。奈良から名古屋までのおよそ3時間近く、話題は終えたばかりの大会のことになるのは自然であった。大会で総合司会を務めたTさんは、車内でもその役割を引き続き担っていたのであろう、YさんとHさんなど同乗者の意見に支えられて、この企画を実行委員会に投げかけた。それをFさんが後押ししてくれたことが大きかったようだ。おそらく実行委員の中には、大会を終えたばかりでほっとしたい気持ちなのにこの企画を打ち明けられて、戸惑った人もいただろうに、各自が無理せず、しかし決して足を引っ張ることなく、自分にできる範囲で協力してくれた。また、Tさんは、みんなが協力しやすいように、自由記述にせずに、内観の3項目を持ち込んで、アンケート用紙を作成してくれた。そういう彼女の行き届いた配慮の御陰もあって、"振り返り集"は、陽の目を見る段階まで漕ぎ着けた。嬉しい限りである。

そして、いま手元に届けられた完成間近の原稿を目の前にして、わたしもまた、大会のいくつかを振り返ってみたので、その一部を記して、大会長の責を果たそうと思う。

 

「今大会に参加して、内観学会の歴史始まって以来、こんなに感動したのは初めてです!」

 大会終了後に、本学会の長老の一人がわたしの手を握ってそう言った。握手までは求められないまでも、同様の讃辞を口にした会員は、他にもいた。わたしにすれば、舞台裏で、いくつかの連絡ミスやハプニングを知っているだけに、そう言われても素直に喜ぶ気にはなれなかった。むしろ、複雑な思いで、笑顔を作ってみせた。その姿を斜め後ろから見ていたわたしの胸中をよく知る人が寄ってきて、「水面を泳ぐ白鳥と一緒です。水面下の必死の足かきがあってこそ、大会の成功がもたらされるのです。よくやったと思いますよ。」とねぎらってくれた。その言葉に、ハットさせられた。その一言が、わたしに全体を見渡す冷静さを取り戻させてくれた。改めて、今大会を振り返ってみようと考えていた丁度その時に、Tさんのメールが届いた。すると、実行委員の全員が白鳥であったことに気づいた。そして、白鳥が天使にも感じられた。内奥から感謝の気持ちが湧き出て溢れた。

大会長として、それぞれの持ち場で必死に足かきをしてくれた白鳥の面々に、この場を借りて、改めて、感謝申し上げたいと思う。みなさん、本当にありがとうございました。

 

 わたしの「あとがき」を読んでくれたYさんからは、次のような返事が返って来た。

 

「あとがき」送っていただき、ありがとうございました。
いろいろな面をフォローしていただいているようで救われました。
 Tさんがこの提案をした時、車中で、戸惑っていたのは私だけのような気がします。
先生にはメールで、Tさんにはアンケートで書いたように、翌日、私は自分の戸惑いを通して、自分の課題に気が付くことができました。
 Tさんがいろいろな提案をメールで送ってくださっても、なかなか積極的に受け止められない自分がいたと思います。(忙しさのせいにしてしまいましたが。)

そんな私をこの「振り返り」はずいぶん前向きにしてくれたと思います。
今回、この振り返りを提案してく ださって、学会でおこった出来事を前向きに受け止めていこうとするTさんには本当に感謝しています。
特に、内観的に振り返るという視点があったので、私は答えやすかったです。
また、振り返り集や「やすらぎ」(自己発見の会から隔月に発刊されているが、次号は奈良大会を特集に組んでいる)を読みながら、いろいろ考えたいと思います。
  お忙しい折、お体ご自愛下さい。(Yより)

 

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【カウセリングと学校】

 愛知県の中学校で、いじめを苦にして自殺した中学生の事件は、今でも記憶に新しい。その事件をきっかけに文部省は、「スクールカウンセラー事業」を平成7年から開始しており、まず、全国の小・中・高の一部へ派遣してきた。そして、その事業がいよいよ平成13年度から制度化された。六年間の試験期間を経ての制度化であるが、いよいよ本格的に全国の公立学校へ「スクールカウンセラー」が派遣されることになった。

 何故そうなったのか、この国の学校が危機を迎えている。教えることを使命にしてきた学校で授業が成り立たない。そこで、教えるだけではなくカウンセリングが学校に持ち込まれた。学校を援助するためである。

 ところで、臨床心理学の中から生まれたカウンセリングは、アメリカにおいて、二つの世界大戦を通して発展してきたが、わが国では1950年代にアメリカの講師団によるカウンセリング研修会が開催されたことに始まる。

 あれから半世紀、大学の一部の研究者しか知らなかったカウンセリングが、今や、社会の脚光を浴びる時代になった。70年代後半から増加してきた不登校や80年前後の校内暴力、そして、それに続くいじめ問題がカウンセリングブームの背景をなしている。

 しかし、この事態を喜べまい。ことは社会全体が病んでいることの現れなのだから。

 

【カウンセリングブーム】

 とある小学校での一場面。新しく赴任してきたスクールカウンセラーが校庭を走り回っている生徒に声をかけ、何やら聞いている。

 「ねえ、きみ、カウンセラーって知ってる?」

 立ち止まったのは六年生の男の子。一緒に遊んでいた仲間たちも振り返って、すぐに集まってきた。子どもはいつでもみんな、好奇心が旺盛なのである。

 「知ってるよ!」

 直接声をかけられた男の子が答える。その子が次を話す前に、別の子が口を挾んだ。

 「だってゲームに出てくるもん」

 「そう、そう」と、他の子どもたちが口を揃える。そして、カウンセラーが何たるかを見事に説明してくれたのは、はじめに立ち止まった背の高い少年であった。

 「元気がないとき、そいつのところへ行くとパワーアップするんだ」

 今や、カウンセラーは、子どもたちのゲームの世界にまで登場するようになった。

 そう、カウンセリングがブームなのだ。一昔前には考えられなかったことであるが、大学には心理学部に臨床心理学科まで設置され、受験生が殺到するという時代なのである。

  

 【子どもとウサギとカウンセラー

 前述のカウンセラーと六年生のやりとりを目撃していた一年生の女の子が、次の放課の時間に、息を切らせてカウンセリングルームに駆け込んできた。

 「ウサギさんが元気ないの、悲しそうなの、一緒にきて!」

 カウンセラーが行けば、ウサギもパワーアップすると思ったのであろうか、女の子は必死の形相で懇願。そこで、カウンセラーは、女の子に手を引かれて飼育小屋に向かった。

行ってみると、確かにウサギの眼は真っ赤であった。

 「ウサギさん、何がそんなに悲しいの?」と、女の子が声を掛けたのは、親ウサギではなく、片隅の子ウサギに対してであるが、ひとりぽっちが悲しそうに見えたのであろう。

 「お父さんとお母さんが喧嘩でもしたの?」と、女の子はどこまでも優しいのである。

 そして、黙っている子ウサギに、昨夜、ウサギの父親が酒に酔って暴れたのではないか、母親が殴られて青あざでも作ったのではないか、などと問いかけた。寄り添う人がいるだけで、子どもは子ウサギに自分を重ねて励まし、元気を回復した。その姿を見ていたカウンセラーは、父親のアルコール依存症の回復を援助するために家族への介入を計画。

 それにしても、ひたすら傾聴の子ウサギこそ名カウンセラー。そして、子どもは親の鏡、社会の縮図。子どもたちの荒れた姿は、大人の姿を映してのことなのである。