2009年9月アーカイブ

 

手紙を添えて一冊の詩集が届いた。真新しい帯には、「母として、妻として、嫁として、娘として、教師として、日々くらしていく中で生まれ出てきた思いを言葉にしたら、こんな詩集になりました。」とある。詩人の名は、林 草布子(Hayashi Souko)。ペンネームだ。詩人には、内観の体験があり、「自分の心のバランスを取るため」詩を書き続けてきたという。詩集のタイトルは"魔女志願"にした。そのわけは「先生の講話『魔女の宅急便』が素地になっています」と手紙に書き添えてあった。以前に詩人の住む北国で講演したとき、女の子の自立物語として「魔女の宅急便」を紹介したことを言っているようだ。じつは、その本は現在の奈良女子大学の授業でも参考図書として使っている。来年度は、この詩集も私の授業で紹介しようと思う。詩集の裏帯には、「魔女になる」から抜粋した句がこう記されている。

 

majyoshigan.jpgのサムネール画像 

娘が不登校になって

 「おおかたの時期」が過ぎた時

 魔女になる

 私は決意した

 

 

 

人生に困難は付きものである。幾多の困難が彼女を詩人にしたのは、間違いないだろう。内観は自分自身を対象化して客観的に見つめる作業だと言われるが、詩作についてもまた同じことが言えよう。130頁の詩集に引き込まれてしまった私が選んだ詩を、とりあえずひとつだけ紹介しよう。

 

金子みすゞ様

 

新しい子ども達を受け持つと

いつも貴女の言葉を引用してきた

 みんなちがってみんないい

新担任の言葉を素直に受け止める瞳は

一様に美しい

 

なのに・・・

同じ宿題を出し

同じ鉛筆の持ち方を強要し

行進は足並みがそろうまで練習し

手の洗い方の順番や

トイレットペーパーの切り方まで

同じように指導する

テストでは全国平均以上を求め誰とでも仲良くすることを奨励する

そんな時

 みんなちがってみんないいんだよ

とは 言えない

みんなと同じにできない子の

悲しげな瞳を 何百回見ただろう

 

だから

ずっとずっと罪悪感を抱えて

教師を生きてきた

 

だけど・・・・

特別支援学級の担任となり

今やっと

貴女の思いを

かみしめている

 第二回中国内観療法学会大会は、2009910日~12日に、山東省淄博市精神衛生中心の主催で開催されました。参加者の人数は約160名余。中国各地はもとより、韓国からも参加がありました。日本からは、10名が参加して、5名が講演しました。日本の学会と比べると、開幕式に相当な時間が当てられるのが特徴です。たとえば、今大会では、大会長が司会を務めて、最初の挨拶と来賓紹介をしました。ひな壇には、12名が2列に座り、7名が祝辞を述べました。私にも日本内観学会を代表して、挨拶の機会が与えられました。さわりの部分だけですが、小欄にて紹介することにします。

 

「このたびは、第二回中国内観療法学会の大会開催おめでとうございます。

本学会の大会にお招きいただき、光栄に思っております。私が最初に中国に招かれたのは、1992年のことです。上海精神衛生中心にて開催された第七回華東地区精神医学大会に出席しました。大会運営の責任者の一人であった王祖承教授から、日本の小さな病院に勤務する私に招聘状をいただいたからです。そのとき、ご一緒した巽信夫先生は、現在は日本内観学会の理事長ですが、森田療法についての講演をされました。私は主催者の希望に添って「内観療法の紹介」という演題で講演したことを記憶しています。

れから17年が経ちました。中国にも内観療法学会が発足し、今回は、山東省淄博市にて、第二回大会が開催されるというご案内をいただき、喜んで参加しました。(ちなみに、第一回大会は2年前、天水市にて開催された)

 山東省淄博市と言えば、春秋時代に繁栄を誇った国家・斉の首都があったところだと聞いております。ゆかりの人物である「太公望」は日本でも有名ですが、日本では釣り好きを「太公望」と呼んでいます。

一方、中国では「太公望の魚釣り」(太公釣魚)と言えば、「下手の横好き」と言う意味があるようですが、それは、私の中国語と一緒です。下手な中国語で挨拶を始めましたが、私の中国語は通じたでしょうか?心配になってきましたので、あとは日本語にします。通訳の南先生、よろしくお願いいたします。」

 

 

開幕式・第2回中国内観療法学会.jpg 

<続きは、やすら樹119号の誌上に掲載の予定です。>

 

 海外で開催された学会へ出席するために、しばらく日本を留守にしていた。帰国して新聞を開いてみると大リーグで活躍するイチロー選手が大リーグ史上初となる9年連続シーズン200本安打を達成したとある。

 9月13日のことだ。米テキサス州にあるアーリントンにてレンジャースとのダブルヘッダーの2試合目にショートへの内安打が記録達成の一打とは、なんとも彼らしいヒットだといえよう。

 「解放されましたね。人との戦い、争いに一応終わりを迎えることができた。(200本安打を)達成することで解放されたことが僕にとってうれしい。」

 イチローは記者会見の席で、そう語ったという。相当なプレッシャーと戦ってきたことが伺われる。胃潰瘍になるのもうなずけよう。左ふくらはぎの故障もやむを得ないことだろう。何しろ、9年間も過酷なストレスを背負ってきたのである。あまりの重圧で吐き気と息苦しさを覚えたこともあったという。

 にもかかわらず、現在35歳になるイチローは、50歳になるまでプレイを続けたいと言っているようだ。これから15年もプレッシャーとともに生きていこうというのである。何という精神力だ。凡人には到底まねのできることではないが、彼の談話を読みながら、故人となった作家の遠藤周作氏のことばを思い出した。

 いわく、仕事には3種類ある。一つは、ただ苦しいだけの仕事。しかし、それは誰もやりたがらない。二つ目は、楽しい仕事。これは一見すると誰しもやりたいと思う。しかし、そう長くは続かない。楽しいだけの仕事には、飽きが来るからである。三つ目は、それが仕事としては、一番よいと言われている。苦楽(くるたの)しい仕事である。連日、苦しい日が続くのであるが、それをやり遂げたとき、今回のイチロー選手のように大きな喜びが訪れる。

 「失敗を重ねないと安打は生まれない。それが打撃。それで、奥深くなっていったらいいと思う」

 イチローは常々、そう語ってきたようだ。

 かつて、愛知県小牧市で少年野球のコーチをしていたときのことであるが、隣町にあるイチローが通っていたバッテイングセンターに行ったことがある。何の変哲もないバッテイングマシーンなのだが、イチローが使っていたと言うだけで、子どもたちには人気があった。もちろん、私も試みたが、スピードについていけず、バットに当てるのが精一杯であった。それを少年のイチローが軽くバットの芯でとらえて打ち返していたと聞いて、驚いたものだ。

 

 9年連続200本安打は、大リーグ史上、108年ぶりだという。心より祝福したい。

 

大和まほろばの会の機関誌・麻本呂婆に今年の6月に開催された日本内観学会大会の印象記が寄せられました。そこで、ご本人の了解を得て、本欄にて紹介することにしました。

 

takenaka.jpgのサムネール画像のサムネール画像  

学会シンポジウム

 「これからの内観の行方を考える ―女性の視点を中心にー」を聴いて

                             竹中 哲子(ひろさき親子内観研修所) 

 

 

 【はじめに】

 今大会は大会テーマに「内観の空に〝かぎろい〟を迎えて」を掲げ、表題のような学会シンポジウムが本山陽一氏を座長にして開催されました。これまで大会の前夜に、会員だけでクローズドにして開催してきましたが、今回は日程こそ前夜の開催で変わりはないものの、会員以外にもドアを開いたせいか、例年50名前後だった参加者が150名前後に増え、会場は熱気に包まれることになりました。その会場のことですが、当初の会場は定員が百名になっていたために、急遽、350名収容可能な大会議場に変更されました。まさに大会テーマが実現されたかのような幕開けのシンポジウムとなったわけです。ところで、学会が設立されて三二年目を迎えておりますが、なぜいまこのテーマなのか、と考えますとき、本学会が直面している課題が透けて見えるように思われました。三二年前と比べて、内観の知名度は広がっており、それを活用しようとする個人や団体が増えていることも確かです。ここで詳しく述べることは控えますが、最近、様々な団体が内観を取り入れているらしいという情報を耳にしました。時代が内観を求めている証拠だと思うのですが、そういう時に、今大会が表題のテーマでシンポジウムを企画したことは、時代精神を先取りしたという意味でタイムリーなことでした。

 

 【なぜいま、女性の視点なのか】

 「これからの内観の行方」を考えようとすれば、それに先だって「これまでの内観の来し方」を振り返る必要があるように思います。学会という性質上、どうしても男性の視点が優先されることになります。本学会も例外ではなく、「科学的」「客観的」な視点で表舞台を中心にした研究発表に重点が置かれてきたように思います。そういう流れに釘を刺すかのように、今大会が女性の視点でシンポジウムを企画したのは、いったいどういうことなのか、じつはシンポジウムに参加するまでは、わたし自身もよく分かっていませんでした。ところが、実際に長年に渡って研修所を切り盛りしてこられたシンポジスト(長島美稚子女史・三木潤子女史・榛木美恵子女史・木村秀子女史)と指定発言の手塚千鶴子教授(慶応大学)の話を伺ってみて、今回のシンポジウムの意義がようやく理解できました。内観を支えてきたのは、裏方で内観者のお世話をしてきた女性の存在が意外に大きいということを改めて認識させられたからです。四名のシンポジストに共通していたのは、内観の創始者・吉本伊信師を支えてきた吉本キヌ子女史をモデルとして仕事を行ってきたということでした。はじめのうちはキヌ子夫人のやり方そのまま取り入れていた方もいたようですが、経験を積むに従って、キヌ子夫人に学びつつも各自が独自のスタイルを打ち出してきたという話は大変印象深いものがありました。

 

【さいごに】

 今回、シンポジウムに参加して、これまで内観を支えてきたものは、表舞台で行われている面接だけでなく、舞台裏で行われてきた女性の仕事もまた意外に大きいのではないかと思ったことです。私達は、つい目立つことに目を奪われ勝ちですが、内観が有している裏方の仕事に対してもっと注目する必要があるのではないでしょうか。わたし自身女性の一人として自戒の気持ちを込めて、さいごにそれを強調させていただくことにしました。

 

 日本内観学会は、2008年6月8日~10日に第31回大会を沖縄(長田清大会長)で開催している。

大会シンポジウムのテーマは、「黄金言葉に見る内観のこころ」であった。各シンポジストの発言が一通り終わって、フロアーから発せられた最初の質問が表題の言葉であった。

 「人間、何のために生きているのかということをシンポジストの先生方にお聞きしたいと思います。」

中山:非常に抽象的かもしれませんけれども、完璧な中山勲になるために生きているのだと思います。決して、宮沢賢治になるためでも、西田幾多郎になるためでもなく、完璧な中山勲になりたいと思っています。

 最初に答えたのは、精神科医の中山先生だ。次に、高校教師の仲村先生が答えた。

仲村:僕は生徒に「人生の生きる意味は、一人ひとりがそれぞれオリジナルだから各自で考えなければならない。」と言っていますし、自分自身にも言い聞かせています。僕自身は何のために生きているかと言いますと、まず自分がやりたいことをやりながら、みんなのためにもなるような生き方を、僕は心がけたいと思っています。そこで、本業の教師という仕事以外に、社会的な活動、ボランテイァ活動をやっています。

 中国から参加した王教授(精神科医)は、「この問題は難しいです。」と断った上で、日本の仏教や中国の儒教など、宗教の世界にヒントがあるのでは、と述べつつ、内観はそれに答えることができるのでは、という発言をされた。

 

 さて、昨日の9月4日に配信されたインターネットの記事を読んでいたら、まさにそれが取り上げられていた。以下に、その記事を抜粋して紹介するとこうだ。

「もし、あと1か月で人生を終えることになったら、あなたは何をしたいですか?」

 製薬会社が20代から60代の男女、千人を対象に上記の質問でアンケート調査をした結果は、次の通りであった、という。

 1,親孝行をしたい、41%

 2,お世話になった人に恩返しをしたい、36%

 3,世界中を旅行したい、31%

 4,食べたかったものを食べたい、21% という結果になった。

 なんと1位と2位を合わせた77%の人が、親やお世話になった人に恩を返すという生き方を望んでいる、という結果が出た、というのだ。内観では、「お世話になったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」という3つのテーマを調べるが、そこには、「人は何のために生きているのか」について考えさせるための計らいが隠されているように思われる。創始者・吉本伊信の卓見だと言ってよいだろう。

 ところで、話は変わるが、1週間前のことであるが、滅多にテレビを見ない私がどういうわけか、24時間テレビで放映された「にぃにのこと忘れないで」というドラマを見る機会があった。

 主人公の川井恵介君は、15歳で脳腫瘍を発病したが、彼の夢は物理学者になることだった。その夢に向かって東大合格率を誇る進学校に合格するが、病魔に冒されて、東大への進学は断念せざるを得なくなる。彼は自暴自棄になって、母親に当たり散らす日々が続く。そして、絶望感に嘖まれた息子から 「僕は何のために生きているの?何のために生まれてきたの?」と問われて、母としての無力感、自責の念に苦しんだ末に「それは自分自身で考えるものよ!」と返した。

 母からそういわれた息子は、23歳の若さでこの世を去るまでの8年間、死と向き合いながら、そのことを考え続ける。そして、死期が迫った頃、外泊で家に帰る。その晩、自室の窓から夜空を見ていると、そこに走る流れ星を見る。その流れ星に彼は願い事を祈った。とっさのことである。彼が祈ったことはといえば、自分が死んだ後の家族の幸せであった。そのとき、彼は悟ったのである。

 「僕は、みんなを愛するために生まれてきたんだ」と。

 さて、「人は何のために生きているか」という問いに対する答えは、いろいろあるかもしれないが、とりあえず、本欄では、「人間は、自分以外のものを愛するために生きている。」ということにしておこう。

 

 


 

2017年5月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

カテゴリ

月別 アーカイブ