2010年2月アーカイブ

 以前に共同研究をおこなったことがある高橋徹医師(信州大学医学部精神科)から表題をサブタイトルにした論文の別刷りが送られてきた。メインタイトルは、「悪性リンパ腫症例における心理的変遷と精神療法的介入」となっていたが、ちょっと長いので、ここではサブタイトルを表題に示した。お互いの論文を送り合うというのは、研究者間ではよくあることだ。高橋氏とは、「キーワード279で読み解く精神医学」(中山書店・近刊)のなかの"内観療法"でも共同執筆したばかりである。一緒に仕事をしてみるとよく分かるのであるが、氏の視線はいつも一歩先を捉えており、シャープな眼力と斬新な視点にはしばしば驚かされてきた。今回送っていただいた論文の内容は、精神科医として緩和医療にかかわるなかで精神療法的介入を試みたケースをめぐって、とりわけ「疾病受容」にまつわる考察が中心のようである。そこにも高橋先生ならではの進取な文章があった。何が進取かと言えば、ホスピスケアで高名な柏木医師の言葉を紹介したうえで、それとは別の視点から自説を述べているくだりがある。抜粋して紹介しよう。

 

 「日本的な神経症の治療で森田療法というのがあります。森田療法のキーワードはまさに『あるがまま』で、ある種の神経症には本当に効果があり、世界的にも受け入れられています。ある一定まで進行したがんは、いくらがんばってもちょっと難しい。あるがままに受け入れるしかないとどこかで思えるようになると、そこからは精神的にすごく楽になります」という柏木医師の言葉に対して、高橋先生はこう反論してみせる。

 

 「柏木は、森田療法の治療概念である『あるがまま』を『疾病受容』と関連付けて論じている。しかし森田療法の『あるがまま』の概念は、それほど単純なものではないと筆者(高橋)は考える。」と述べて、次のように主張する。

 

 「少なくとも森田正馬は、自らの臨終に際して、死を『あるがまま』に受容していない。森田療法の『あるがまま』とは、『死を受け入れられるならそれもよし、死を受け入れられないのであれば、それはそれでまたよし』ということであると思われる。要するに、死を受け入れられないのであれば、その受け入れられないという感情を『あるがまま』に受け止めよ、ということである。疾病受容にのみ力点を置いた森田療法の引用は、森田療法の本質を歪めて理解してしまう危険性がある」と言うのである。

 

 実際、その論文にも紹介されているが森田正馬は「僕は必死ぢゃ、一生懸命ぢゃ、駄目とみて治療してくれるな」と病床であえぎつつ、叫んだという。生への執着を包み隠すことなく、正直に見せていた。その姿は、あっぱれとしか言いようがない。

仏教学者の山折哲雄氏と精神科医で神父の井原彰一氏の特別対談を221日に控えて、コーディネーターとしてお二人と電話にて打ち合わせをしている。対談の司会進行を務める者としては、しっかりとお二人のつなぎ役をしなければならないからだ。

 

井原先生は、キリスト教の立場から「スピリチュアルケアと精神医療」について話題にされると伺った。一方、山折先生は、仏教学者の立場で「天然の無常観」について語っていただけるとのことである。当日は、対談の前に山折先生の基調講演が行われることになっているので、「司会者として目を通しておいたほうがよいという先生のご著書がありましたら、ご指示いただきたいのですが・・・」と尋ねたところ、表題の著書(小学館)を推薦してくれた。さっそく取り寄せて一読してみた。読み始めてすぐに(1415頁)印象深いエピソードが目に留まった。一部を抜粋して紹介しておこう。

 

名高い老僧が病院のベッドに横たわっていた。そろそろお迎えがくるころと思ったのだろう。いつ死んでもいい、ガンになったらなったで、教えてほしい、覚悟はできている。

(老僧は)日ごろそう言っていた。名医は、老僧を尊敬していた。それで、もういいだろうと思って、ガンが相当に進んでいることを知らせた。老僧は黙ってきいていた。

 しばらくして老僧は生気を失い、食も細くなった。あっというまに衰弱を早め、息を引き取った。その体験を語った名医は、ガンの告知はしない方がよかったのかもしれない。名僧であってもいざその場に立たされるとショックに襲われる、人間とはわからないものだ、といった。名医の口調にはかすかな皮肉が漂っていたという。名僧、高僧というのはあてにならないものだ、という声がどこからともなくきこえてくるではないか。

 

とそこまでは、多くの方がこれまでにも聞いたことのあるエピソードであろう。印象に残ったのは、それに続けて紹介された若い医者の言葉である。生と死を考える会に出席した際に、山折氏自身が面白いと思ったらしいその発言を以下に示すとこうである。

 

ガンを告知された老僧は、おそらく死を覚悟したのだろう。それで、それ以上の治療を静かに辞退するつもりで、ひそかに食を断つ決意を固めたのだと思う。老僧が急激に衰弱していったのはそのためなのであって、ガンの告知によってこころを乱されたためではないのではないか。それを恐怖と不安に包まれたショック死とみなすのは早計ではないか。

 

 比較的若い医者の発言にいったんは感心しながらも、山折先生は学者らしい冷静な目を失わず、こういうのである。

 

 もしも急激な衰弱が朽木のように枯れはてていく自然の衰弱であったとしたら、名医もその老僧の最期を、さすが名僧の最期であるとして言葉の花束を贈っていたかもしれない。 

自然死であるような断食往生― それができていたら、名医の診立てによらずとも、見事な死とみなされていたであろう。しかし、そんな曲芸のような放れ業を、いったい誰がやるというのだろうか。

 

 確かに「疾病受容」もさることながら「死の受容」の問題はむつかしいものがある。今回は、紙数が尽きてしまったので、別の角度からの見解については、次号に紹介することにしよう。

 

 世間でもそう言われるが、大学の2月も毎日が「逃げて行く」ように感じられる。

とりわけ今週は、まさに時間が矢のように過ぎて行った。ほぼ1週間かけて担当学生の論文に目を通した後、たっぷり3日がかりで卒論や修論の試問が行われたために、自分の時間はもてなかった。そして、昨日は、朝から夕方まで一日がかりの発表会に臨席したが、息をつく間もなく、夜は、2回生以上が出席しての「追いコン」と称する、成績優秀者の表彰式があった。

「論文のために夜も心臓がバクバクして眠れませんでした。自信はなかったけど、表彰されてうれしいです。」と表彰された学生がうわずった声で、感激を全身で表わしていたのが印象に残った。出来栄えがよい論文の特徴は、テーマと内容が一致していることはもとよりであるが、「言葉の定義」をおろそかにせず、きっちりなされていたことである。

学生の論文発表を聞きながら、私も最近、必要を感じて「内観療法の定義」を再考し、内観医学誌に発表したことを思い出したので、本欄に紹介することにしよう。

 

「内観療法とは、悩みや問題の解決のために来所した内観者に対して、自身も内観を体験し、内観に精通した専門家によって、可能な限り内観者の全存在に対する配慮を保ちつつ、内観者がこれまでの人生の過程を発見的に振り返り、それを基に現在の生活を幸せに感じて歩むことを援助すること、である。」

 これは、拙著「心理療法としての内観」(2005)の中で河合隼雄(1992)に倣って述べた定義であるが、まったく内観を知らない人にとっては、分かりづらいように思われたので、ここでは、吉本伊信の言葉を援用して、補足的に修正を加えてみた。 

 

すなわち、<内観療法とは、悩みや問題の解決のために来所した内観者が、自身も内観を体験し、内観に精通した専門家(面接者)の指導に従って、自己観察を行うことである。その際に、面接者は、部屋の隅に屏風を立てるなどして、可能な限りに刺激を遮断した環境を提供したうえで、内観者が一定の時間、集中的に自己の内に沈潜して、過去から現在に至るまでの対人関係の中で、自分がどのようなあり方をしていたかを、「して貰ったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」という観点から具体的に観照するように見守り、その結果、内観者がこれまでの人生の過程を発見的に振り返り、それを基に現在の生活を幸せに感じて歩むことを援助すること、である。>

 以上、「内観療法の定義」について吉本伊信(1983)と河合隼雄(1992)を参考にしつつ、再考した。

「内観面接者としての研修を受けたいのですが・・・」

当研修所に来て2年目の頃だと記憶しているから、たしか2002年のことである。

どういうわけか、立て続けに上記のような問い合わせを受けることになって、表題の「面接者養成研修」を始めることになった。希望してきたのは、内観面接者、養護教諭や教師、スクールカウンセラーや臨床心理士など対人援助職に就いている方々だけでなく、なかには対人援助職をめざしている大学院の学生も含まれていた。

以来、「面接者養成」に取り組んできたが、年月を重ねてプログラムもある程度の形をなしてきたと思っていたら、赴任した大学でも大学院生の「カウンセリング研修」という仕事が新しく加わった。

さて、研修の方法であるが、これまでの研修は、基本的にはマンツーマン(man-to-man)でおこなってきた。その際に、研修生の希望を優先して、研修の期間や通所にするか、泊まり込んでおこなうかを決めておこなってきた。なかには、自分が担当するケースと共に来所して、陪席による面接を経て単独での面接をおこない、それらの資料をもとにスーパーヴィジョン(以下、SVと略)を受ける研修生もいた。さらには、内観者に実施した心理検査(ロールシャッハ・テストや描画テスト)についてもSVを希望する研修生もいる。

 ところで、肝心の研修のプログラムであるが、いまだに試行錯誤の段階である。一定のプログラムを作ることが大切であるとは思うが、一方、マニュアル化の弊害も考慮しなければならないだろう。内観面接者の仕事は、どこか職人のそれと似ている。  

というのは、面接に技術というものがあるとするならば、師匠が教えて身に付くと言うよりも師匠のそばにいて見よう見まねで師の技を盗み取る、と言った方がぴったりくるからである。したがって、研修では、師匠(スーパーバイザー)の面接場面に陪席して学ぶことになる。面接者にとって大切なものと言えば、直観力である。それを磨くために当研修所では、ブラインド・アセスメント法という方法を取り入れている。屏風の中に居る内観者の姿を見ることなく、聞こえてくる声を頼りにアセスメントをするのである。性別を聞き分けることは易しいかもしれないが、年齢や性格に及んでアセスメントしようというわけだからそれほどたやすくもない。

ある程度アセスメントが出来るようになったら、実際の面接を担当してもらい、面接者としての自分についての洞察を深める。たとえば、逆転移や逆抵抗といった視点から自己点検をおこなうことも必要である。何しろ面接者は自分自身の傾向と性癖をしっかりと知っておく必要があるからである。

その他、内観者からの質問にどう答えるか?などについても研修の中で体験して学んでいくことになる。また、研修生には一か所だけでなく、他の内観研修所での内観体験を積極的に勧めている。一人の師匠だけでなく、複数の師匠から学ぶことによって、視野が広がってよいと考えているからである。

面接者養成という仕事は、時代に求められて端緒に着いたばかりだ。しばらくは、試行錯誤の段階が続きそうである。