2010年7月アーカイブ

 授業も大詰めを迎えて、人間にとって古くて新しい、新しくて古いテーマが学生によって提起されました。そこで、この本間レポートをきっかけに、昨日の最後の授業では、学生同士のシンポジウムが企画され、実行されたのです。シンポジウムの様子と感想は、次回の本欄で紹介しますが、教師としても刺激的で、学ぶことの多いシンポジウムとなりました。

本間 友佳(文学部人間科学科 2回生)

 前回、この授業では当たり前となった毎時間のレポート提出に言及していた人が多かった。意識してかせずしてかはわからないが、期末を近くに感じて、授業を改めて振り返ろうという思いがあったのではないだろうか。わたしも自己紹介として書いた最初の800字から始まり、ほぼ毎授業でレポートを書いてきた。レポートとはいっても、文献も専門的思考も必要としない。自分の考えたことや、家族、友人との思い出や、毎授業の感想を書くだけでよい。真栄城先生は、いつでも微笑みうなずきながら、認めてくださった。褒めてくださった。自己顕示欲が強く、自分語りが苦手でなかったわたしは、毎回の課題を、苦に感じることもなく、むしろ楽しく感じさえしていたし、レポートは、自身が感じ考えた証として、ファイルの中に増えていくのが楽しみでもあった。前回、思った以上に多くの方が「レポートを書くのが苦手である」とおっしゃっていたが、毎回夢中で聞き入っている私からすれば、たくさん共感できてたくさんの驚きがあって、とても楽しいのだから、苦手な様子なんて全然わからない。なんてみなさん謙虚なのだろう、と不遜なわたしはつぶやく。

何人かの方から、わたしの書いた粗末なレポートを褒めていただいたことで、正直私は、年齢を重ねていくにつれて、着実に消えていった私の能力や、同時に喪失していった自信をここに来て初めて認めていただいたかのように感じ、とても嬉しかった。自身の存在意義を遠い関西でやっと見つけたかのような気持ちであった。和田さんがおっしゃっていたように、レポート発表者として黒板に名前を見つけたときの喜びと照れくささは私にとっても幸せな感情であった。しかし、実は最近になってどんどん筆が重く感じるようになってしまった自分がいる。授業で感じ取ることが頭の中で飽和して、整理するのに時間がかかる。自分はどうであろうかと考え始めると、美しくない過去や八方塞がりの将来に思いつめて、やっとキーを叩き始めるのは授業当日の明け方である。書いている内容にも確信がもてず、回りくどい言い回しや使い慣れない単語を、辞書で調べてまで用い、見た目のいいものにしようとしてしまう。

前回皆さんのレポート発表を聞いていて、私は初めて、この授業にも終りが近づいていることに気付かされた。この授業だけではない、日差しが強くなるごとに、梅雨明けが見えてくるにつれて、学期末は着々と近づいている。無邪気に夏の到来を喜ばしく思えていた去年とは違い、今年は空気の熱さ、頭上に傲然と輝く太陽を確認しては、その中で焦燥感や寂しさや、自身の小ささを考える。前期の間にわたしは何をしていたというのだろうか、自分の何が変わったというのだろうか。

近頃の私にとって、この授業は、悶々とした自問自答の起点である。書きためたレポートを古い順に読んでいくと思わず苦笑いをしてしまう。日付が新しくなっていくにつれて、どんどん黙考の深みにはまっていく自分がわかるのだ。この授業と真栄城先生は今でも、わたしがこの大学で授かった最良の出会いである。そのような出会いから、私にこのような自身を見つめなおす機会が与えられたことは幸せなのかもしれない。

レポートを拝聴しているだけであんなにうなずいたのは前回の授業が初めてであったかもしれない。感じたことすべてをまとめるのは時間的にも体力的にも困難であるが、ちゃんと振り返ってゆきたいと思う。

荒川さんの「友人になれるためには、お互いに尊敬できること」という考えは、まさにその通りであると思う。地元にいたころ、第一印象の悪さからか、とげのある性格ゆえか、避けられることが多かった私のような人間でも、友人たちは私のどこかを好きだといい、どこかを真摯に尊敬してくれたものだった。わたしも今になって、彼らのよいところ、好きなところを時折思い出しては愛おしくなる。互いに尊敬しあえることは、互いを大切にできることなのだとおもう。それとは逆に、今の私に身についてしまったのが「あなどる姿勢」であると恥ずかしながら感じる。たとえ友人になれても、相手をあなどったり、軽んじたりする姿勢がこころのどこかにあってしまえば、相手を本当に尊重することなどできない。その不誠実な感情は、不思議と相手にも伝わるものである。顔色を窺いあい、誠実さは、友人関係に不可欠なものである。

 また、荒川さんのそのお話から展開して、祈ることは相手に敬意を捧げることだ、相手を尊敬する姿は尊敬される姿よりも美しいのだということを、真栄城先生は仰った。なるほど、そうだったのかと思った。というのも、自分の中に長年くすぶっていたもやもやした気持ちが少し軽くなったのである。

 私の家族は、実はある仏教系の新興宗教に入信している。私が生まれる数週間前に入信したらしいので、私は生まれたときからその宗教の教徒であった。元来、宗教というものは「人生を幸せにする手段」として、人々のなかに根付いていたものだとわたしは思っている。しかし、熱心に歩むわたしの家族を見ていると、その宗教そのものが、「人生を幸せにする目的」になってしまっている、とわたしはよく感じていた。自分の人生を宗教にささげることで幸せになんてなれるはずない!と私は憤った。幼いころから、やれ会合だ、やれ法要だ、と自分と家族の時間がお経を唱えたりお話を聞いたりすることで奪われてしまうのが嫌だった。また、自身が成長して学をつけていけばいくほどに、宗教に対する懐疑心を抱くようになってしまった。わたしが家族を振り切って、遠い関西に来ようとおもったのは、その宗教から逃れようという思いも強くあったのではないか、と考える。

 しかし、その宗教から私はまだ、どうしても離れきることはできない。その魅力もまた、わたしは知っているからだ。

 例えば、その宗教には、人間関係がうまくいかないとき、誰かを嫌いになってしまいそうなとき、「自分が変われば相手も変わる」のスタンスで、「和合」に取り組む姿勢がある。私は幼少期から一人っ子ぶりをいかんなく発揮したわがまま娘であったし、目立ちたがり屋だったから、友人関係も全然上手くいかなかった。いじめられることもあったし、いやがらせを受けることもしばしばだった。先生や家族は、私に優しかった。いじめられているほうに優しいのは当然である。だが、法要に連れて行かれて相談すると、自分の人当りや、態度や表情に気をつけること、相手に感謝の気持ちを持つことなどを諭された。自分が変われば、相手にとってもっと好ましい人物になればよいのだ、と悟った。初対面の人からは相変わらず避けられたが、いじめもなくなり、いやがらせもなくなった。新しく仲良くなってくれた子は、「友佳ちゃん意外といい子だった」と言ってくれたりした。自分を好きになってくれた人のことは好きになれるし、相手のことを好きになれたら自分のこともすいてくれるようになるものだ。それ以来、私の中で人付き合いの姿勢は、この宗教から学んだ、「相手を変えるのではなく、自分を変える」それに終始している。橋本さんのおっしゃっていた、担任の先生のお言葉と一緒である。しかしその一方で、私の、人の顔色をうかがったり、なるべく多くの人から好かれたいとおもってしまったりする原因は、実はこの考え方によるのではないかともおもうのだが。そのように、この宗教は祈るだけではなく、現実的に自分が変わるためにはどうしたらよいのかを説くという性質があった。自分が人格者になれば、周りの人も幸せになるし、その宗教のよさも認められるし、自分も幸せになるよ、ということである。ほうほうこれはすばらしい理論ではないだろうか、と、私はその一面を考えると、つい感嘆してしまう。

 離れきれないもう一つの理由として、前述の通り、みんながみな、人格者であるということだ。私の家族でさえ、お寺のなかでは人格者である。宗教を歩んでいる人たちなのだから、みんな何かしら悩みをもった人たちだろうとは予想できるが、笑顔は暖かく、ふるまいはしとやかで、相手を気遣い、仲よさげである。この中にいて心が汚いのは自分だけではないかとおもってしまう。仏前にいて、声をあげて読経するとき、その響きの荘厳さにどきっとすることがある。横に座る人の真剣な様子に見入ってしまうことがある。

 その宗教のトップである女性に会う機会がなんどかあった。不可解な話だが、幼いころからの刷り込みによるものかもしれないが、彼女の姿を見ると、涙をながす自分がいるのだ。真面目に歩んでもおらず、むしろ宗教のある生活が嫌で嫌でしかたがないのに、その女性のことは、嫌いになどなれない。教徒は全員、彼女のことが大好きである。本尊に祈りを捧げる彼女の姿はとても美しく、凛としている。有名な宗教ではないが、この姿こそが一宗教のトップかと思う。

 また、法要が始まる前や後、東京の本部に集う教徒の姿を衛星放送でよく映すものなのだが、老若男女、じつにさまざまな人間が、一か所に集う。しかし共通しているのは、合掌し、頭を深くたれて祈りをささげていたり、または真剣な眼差しで本尊を見つめる姿である。カメラに映る彼らの姿は、真摯で、美しく、もっと言えば神々しくさえある。それを見るたびに私は、自分の信心の至らなさを恥じ、この宗教を信仰すれば、あんなに美しい教徒になれるのだとおもった。

 前回の真栄城先生のお話を聞いて、くすぶっていた思いが解消されたというのはまさにそれである。ほんとうに、仏に祈りをささげる姿は、美しいものである。私が、疎みながらもその宗教に惹かれる心があったのは、その宗教の中に生きる人たちに惹かれていたからなのだ。対象が宗教であってもなくても、善なるものでも悪であっても、なにかに祈りをささげたり、誰かを尊敬する姿は総じて美しい。わたしはこの宗教に人生を捧げることはこれからも到底できないであろう。家族はそれを業だというが、もうこれは私の信念である。しかし、祈りの姿として、その美しさと魅力は、わたしに残り続けるだろう。(後略)

 この授業も残すところあとわずかとなった。自分なりに、たくさんの収穫を得られることを目標として、楽しく参加したい。

 前回の本欄で、人間関係の中でも家族関係ほど難しいものはない、と言うようなことを述べましたが、その難しいとされる家族関係、とりわけ親子関係に「子ども臨床心理学」の授業が一定の影響を与えていることを記したレポートを紹介しようと思います。このようなレポートに接するとき、教師にとっても嬉しくなります。

 これはちょうど、家族カウンセリングの結果、家族成員間の会話が増えて、家族の親密度が高まったと言う報告をクライエントからもらったときの喜びとよく似ているような気がします。

 

永井雅子(生活環境学部・生活文化学科・3回生)

 

前期の授業も、残りわずかとなってきた。レポートやテストなど、他にもたくさんすることはあるはずなのだが、自分の思いを言葉にしてからでないと、何も進まない。この授業を受けるようになって、以前より、自分の「心の声」を聞けるようになった気がする。それと共に、それを表現したい、という気持ちもますます高まっていく。

 「死から生を考える」「人は、つながりの中で生きている」「自らを振り返ることの大切さ」これらは真栄城先生が、私のレポートをブログに載せてくださったときにそれぞれにつけていただいたタイトルである。何気なく、私の身体からあふれる言葉をつづったものを、授業で発表することで、みんなの心に響く。そして、聞いてもらうことで、その文章は大きくなる。なぜかそんな感じがする。特にラジオのレポートなどがそうだ。レポートを書いている途中に聞いていたラジオのことを何気なく書いて発表する。するとまず、先生が「ラジオは社会の窓。」とおっしゃる。「へえ~。」とわたしは思う。そして魔女の宅急便の中にも、ラジオが重要な役目を果たしていることを聞くと、「何だか、えらいでかい話になってきたな。でも、自分が何気なくしていることにこんな意味があってうれしいな。」と心の中で思う。

 さらに先週のレポートの中では、山口さんが私のラジオのレポートを聞いて感じたことを多くつづってくださった。自分の考えたこと、書いたことがまた、自分の想像を超えてどんどん広がっていく。

そして、ありがたくも真栄城先生がブログに私の文章を載せてくださること。このことが私の両親との関係にも、若干ではあるが、変化をもたらした。私はレポートができると、時間があれば、両親にその文章を一度読んでもらうことが多々ある。恥ずかしい、という気持ちはあまりない。自分は今こんなことを考えているよ!と伝えたいのかもしれない。両親は、「ここの漢字おかしい。」「ここ2回同じ表現繰り返してる。」などの誤字脱字などは指摘するが、「内容を変えろ。」とは決して言わない。しかし、私は元来、物事を深く自分なりに考える性格である。その頭から絞り出された文章を読んでもらったあと、「変なところなかった?」と聞く私に、両親はよく、「こんなことまで考えんのか~、ふーん。」と返事になっていない返事を返す。「死から生を考える」のレポートをよんだときなんて、父は、「なんか大事そうなのは分かったけど、ようわからん。難しいわ。」と言った。ショック・・・。

 ところが一変、そのレポートがHP上に載ると、両親の見る目が変わった。HP上に載ることで、両親には、私の文章はただの「子どもが書いた書きもの」ではなく、「一人の人間の考えたこと」として見えるのではないかと感じる。私自身も、HP上に載った自分の文章をもう一度読むと、何だか他人の文章を読んでいるような気持ちになるのだから。

 父は以前「ようわからん。」と言っていたレポートをもう一度読み、「なるほどな。」と言った。さらに母も、私のレポートを興味深く読んでくれるようになった。母との関係は、ここ最近1年半ほどいまいちうまくいっていなかった。よく喧嘩をしていた。内観レポートの中で、母のことを書いて、自分の気持ちが多少は落ち着き、喧嘩も減ったのだが、やはり自分だけではうまく内観できないのであろう。まだまだ「良い関係」とは言えない状況である。

ところが、私のレポートがここのブログに載るようになってから、母と話す機会は格段に増えた。私の文章を読んでふんふんとうなづき、「これって例えばどういうこと?」「あんたこんなこと考えれるようになったんかあ。」と、高校生の時のように会話・言葉のキャッチボールが成り立ってきた。ああこんな感じだったなあ、と懐かしく思い返す。

家族の間でも、私の書いた文章が、どんどんどんどん大きくなっていくのが感じられた。普段は、恥ずかしくて言葉にはできない、自分の考えていることも、文章でなら伝えられる。そう思う。家族をつなぐきっかけを作ってくれたのだ。

私はこの授業は、相互に感じ合い、考え、そして尊重しあって吸収、成長できる場となってきていると感じるのだが、その効果はこの授業だけにとどまらないと確信する。

 そのような波長は、私の家族のように、この授業以外のところ、自らの日常生活にも、影響してくると感じる。

今では侏儒のことばをインターネットの「おきにいり」に入れて、楽しく読んでいる父。私と以前よりは落ち着いて話してくれる母。その姿を見ていると、これからもっと家族との交流が増えることを願うとともに、この授業が終わったとしても、いつまでもこの感覚を忘れずに、自分なりに「自分」を見つめなおすことを続けようと思うのである。

 

 

 

 

 

 

この国の大学に「人間関係学」と称する分野が設置されるようになって久しくなりますが、奈良女子大学では、文学部に「人間科学科」があります。そこでは、人間について科学的に研究しますが、「人間関係」も研究の対象になります。一口に人間関係といってもいろいろあります。たとえば、職場や学校などの社会における人間関係の他に家族関係もありますが、意外にもその家族関係ほど難しいものはありません。今回の学生のレ―ポートには、その一端が示されています。

 

西田友希子(文学部1回生)

 今回の授業も何人かのレポートを聞きました。さらに、私自身も発表させていただきました。改めて声に出して読むと、文章が変なところや言いたいことが伝わりにくいところに気付くことが出来ました。また、私は荒川さんのレポートに書かれていた"親友"という存在を取り上げてレポートを書きましたが、永井さんも同じテーマで書かれていました。同じレポートを聞いていても、考えることが全然違うのだと、改めて認識し、その異なる考えを知ることが出来る機会を与えてもらっていることを、ありがたく思いました。

永井さんのレポートで、親友として妹さんを紹介された時は驚きました。それと同時にとても素敵なことだと思いました。双子で、年が近くて話も合うだろうし、ライバルであり親友であるという、そんな存在が身近にいることに、うらやましさを感じました。私には、中学2年生の5歳離れた弟がいるのですが、共通の話題は数えるほどしかありません。家族の話、中学校の話、漫画の話、テレビの話。ここまで書いて、もう共通の話題を思いつかないことに、正直自分でも驚いています。「数えるほどしかない」と書いたもののもう少し多いだろうと思っていました。

余談になるかも知れませんが、ここで弟について書きたいと思います。私と弟は性格も好きなものも全然違います。おまけに顔も似ていません。共通点はおじいちゃんっ子、おばあちゃんっ子だということ、怖がりだということ、運動が苦手だということです。私は、一人っ子の友達に「弟おるってどんな感じなん?」と聞かれると、「うっとうしい」と答えています。弟には、申し訳ないことを言っていますが、すぐ泣くし、我慢が出来ないし、見ていてイライラすることが多々あります。私が高校に通っていた3年間は生活のリズムが合わず、あまり話すことも、一緒にいることもなかったのですが、そのように答えていました。いい面もあるけれど、嫌な面の印象が強かったからだと思います。しかし今、きちんと弟のことを考えてみると、"うっとうしい弟"ではない弟の存在のほうが、大きく感じられてきました。黙ってはいるけれど、色々と気を遣ってくれているのだと、今さらですが気付きました。母は弟を、「気が弱いけど優しい子だ。」とよく言います。私は、「やさしいか?」と、同意出来ずにいましたが、今はそれに同感出来ます。母はきちんと私たちと向き合って、よく見てくれているのだなと感じました。また、私は家族のことを意外とわかっていないのだと思いました。私が将来、子どもを育てる立場になったとしたら、子どもから、こんな風に思ってもらえるような、お母さんになりたいと思います。授業の内容からは少し離れてしまいましたが、これでレポートを終わりたいと思います。

 

 

 

 内観を揶揄して「泣き観」という人がいます。一方、ある高名なカウンセラー氏が「クライエントが泣けば、このカウンセリングは成功だと言ってよいでしょう」と言うのを聞いたことがあります。

確かに、カウンセリングが佳境に入った頃、あるいは、内観が深まってきた時、涙を浮かべる人は少なくありません。しかし、ふつうの授業中に、学生が感動のあまりに泣きだす場面というのは想像しにくいのではないでしょうか?教えることに主眼を置かずに、学生同士の相互学習に力点を置いてみたところ、今回のレポートに記されているようなことが起こりました。改めて「教育」とは何か、と言うことを考えさせられます。

 

永井雅子(生活環境学部・生活文化学科・3回生)

 

 突然だが、私は最近、涙腺がとても弱い。みんなの毎回の感想を聞くと、涙が溢れそうになる。真栄城先生が掲載しているブログに載せられている人の文章を読み返してもまた、涙が出る。みんなの文章はとても素晴らしく、感動的なものが多い。が、私がみんなの文章を聞いていて涙する理由には、みんなの文章が素晴らしい、という以上の理由があるように思える。

 先週の授業レポートの中で、私は荒川さんのレポートに、最も涙が溢れそうになった。そこで、荒川さんのレポートを聞いていたときの自分の心境を思い出すことにした。荒川さんのレポートには、小学校時代からの親友のことが書かれていた。私は、荒川さんが親友について語っているのを聞くと同時に、自分がこれまで出会ってきた親友のことを思い出していた。一緒に受験を乗り越えた。大好きな恋人に振られたときに、どうしようもない私と一緒に学校をさぼってまで寄り添ってくれた。私のこの大雑把で、感情の起伏が激しい性格を受け止め、今も変わらず接してくれる親友のことを思い出していた。

 そして、私には一番の大親友と呼べる人が、実は家族の中にいる。彼女のこともまた、思い出し、そしていつもその存在の大きさに胸を熱くする。それは、私の双子の妹である。お腹の中にいたころから、高校のクラブまで、ずっと一緒に過ごしてきた。今は違う大学に行き、生活する時間も全く異なっているのだが、それでも何とか話す時間は作っている。今日あったくだらないこと、悩んだこと、好きな人の話、将来の話・・・。何でも一番に話すのは妹である。妹にとっても私がそのような存在であることを望みたい。

 もちろんずっと仲が良いわけではなかった。お互いを比べ合い、周りにも比べられ、いやな思いをしたこともあった。高校時代までは、親友というか、ライバル、という感が強かったのだ。二人の関係が変わったきっかけは妹が大学受験に落ちて、浪人したときだ。一年間、妹は「自分」と闘い続けた。今、私がこのような授業を受けていることを聞くと、妹は、「似たようなことを、浪人時代に、やらざるを得なかった。」と言った。自分はどういう存在なのか。何をしたいのか。両親とはどのような関係で今まで過ごしてきたのだろうか。などである。そのように「自分」と向き合い続けた浪人時代を乗り越えた後の今の妹は、昔とは見違えるほどに落ち着いたし、「自分」をもつようになった。内観療法に限らず、いろんな場面で自らを振り返ることの大切さ、偉大さを感じた。

 私もその間に様々なことがあり、落ち着いたのであろうか、今では、「親友以上」と呼べる存在となり、彼女のことは、これからもずっと大切にしていきたいと思う。目指せ、金さん銀さん!

少し話がずれてしまったが、わたしは荒川さんのレポートを聞いていて、このように、「自ら」を振り返っていたのである。いわゆる「プチ内観」ではないだろうか。

レポートを聞くことの意味について、今までも様々に考えてきたが、今回は自分が流す涙の意味、という視点から考えてみた。

 

 「レポートを得意とする学生だけでなく、苦手だという学生のレポートも読んでみたいので掲載してほしい」とある読者から希望が寄せられました。そこで、今回は、ご本人がそう言ってはばからない学生のレポートを紹介することにします。前期の授業もまもなく終わりを迎えますが、今週も二人の学生のレポートを掲載することにしました。

山口千佳(文学部一回生)

 授業で自分のレポートを発表するときは、自信もないし、緊張するけれど、人前に出るのが嫌いではない私は、ドキドキして、わくわくも感じました。そして、皆さんのレポートを聞き、自分の発表したことが反映されたレポートがあると、ドキッとしてうれしくなりました。自分の気持ちを受け止めてくれる人がいることが幸せで、自分を発信する楽しさを感じます。

 もう何度も前に出て発表している人もいますが、その発表を聞いていると1回目、2回目、3回目、と回を増すごとに、その人が魅力的に感じられ、憧れてしまいます。人は人のことを知れば知るほど、その人の良いところが見つかって尊敬できるのかもしれません。そして、わたしは憧れや尊敬の気持ちを反映させて、もっと自分を磨いていきたいと思います。

 永井さんが、ラジオの話をしてくださいました。人と人がつながることや、世界が広がること。わたしも、同じようなことを思ったことがありました。わたしは、新聞を読んでそのようなことを感じました。

 わたしの家は朝日新聞をとっています。高校生のとき、わたしは家に帰ると少しボーっとしてから、新聞を広げました。興味のある最近のニュースを読みます。でも、わたしの目を引くのは、世間で話題になっている事件や問題の記事よりも、2面にある「ひと」というコーナーと14面にある「声」のページでした。

 「ひと」には、毎日一人ひとが紹介されています。様々な分野の活躍するひとが載っています。最近、あまり新聞を見ていなかったのですが、久しぶりに広げてみると、79日の「ひと」は、「国内で初めて旅客機の女性機長になる 藤明里さん」でした。とてもすばらしいことを成し遂げた人ばかりでなく、あまり人に知られていないような場で努力するひとも紹介されています。わたしが高校生のとき見て印象的だったのは、詳細は覚えていないのですが、御巣鷹山の飛行機事故で夫か息子を亡くし、もうとても年をとったおばあさんなのに、定期的に山に登ることを続けて、お祈りする方の紹介です。

 高校生のときわたしは、将来の仕事と言えば「看護師」「教師」「公務員」「建築家」など、そういう名前の付いたものしか知りませんでした。でも、この「ひと」と見ていると、「こんなこと頑張ってる人がいるんだ」、「世の中にはいろんな世界があるんだ」「じゃあわたしは将来どんなことができるだろう。」と感じました。将来の夢は一つの職業名で言ってもいいかもしれないけれど、きっと、まだまだ知らない世界があり、名前のない仕事があるのではないか、と夢が膨らんだのです。そして、「わたしも将来『ひと』に載るわ」と母に冗談交じりで話していました。

 14面の「声」のページは読者の投稿が載っています。投稿には、政治や最近のニュースに対する意見や、日常の出来事があります。投稿者は小学生からお年寄りまでで、職業も様々です。自分とは違う生活をしている人のことをたくさん知ることができます。ときには、「何日の~~についての投稿読みました。」と人の投稿への返事もあります。インターネットやラジオのように、リアルタイムでやり取りができるわけではないけれど、人と人はつながっていると感じられます。今日、「声」を見てみると、選挙についての話題が多いです。でも、話の視点はそれぞれ違います。

 このページがなかったら、新聞は一方的に情報を与えるだけになります。学校の授業も、今までは与えられて、ただ受け入れるだけのものが多かったけど、この授業みたいにみんながそれぞれの視点から発信できる授業がいっぱいあればいいなと思いました。

永井さんの発表を聞きながら、わたしは新聞のことを思い出していました。「真栄城先生がラジオのパーソナリティのよう」と聞いたとき、ふと思ったことがあります。わたしが今考えている将来の夢の一つに、小学校の先生があります。そしてこの時思ったのは、「もし、わたしが先生になったら、生徒同士をしっかりつなげてあげられる先生になりたい」ということです。このことを思いついて「おぉっ」と自分に少し拍手して、また夢が少し膨らんで嬉しくなりました。

 家族に対する内観が一通り済むと、どういうわけか自然に恩師や友人に対する内観をしたくなるようです。特に教師の方から指示したわけではないのに、学生たちは、高校時代の友人のことに思いをはせる人が少なくありません。とりわけ、つい3、4か月前までは高校生だった1回生においてそれが顕著に見られます。

以下は、1回生が提出したレポートですが、「親友に対する内観」として読めます。

 

荒川奈摘(文学部1回生)

 私が、今回の授業のレポート発表で一番心に残ったことは、他人が持ついいところ、尊敬できるところを吸収する、ということである。

私も今回発表していた山口さんと同じで、レポートを書くのが苦手である。授業に参加して、思ったことや考えたこと、感動したことなどたくさんあるのに、それをいざレポートに書こうと思うと、うまく言葉にできなくて、なかなか思うように進まないのだ。それでも最近は少しずつ楽にレポートが書けるようになってきた。それはやっぱり、この授業でいろんな人のレポートを聞くことができているからだと思う。普通は、あまり人のレポートを読んだり聞いたりする機会はないが、この授業ではそれができるおかげで、いろんな人の考え方や文章を吸収できる。吸収しすぎて、自分がレポートを書いているときに、「これこの前のあの人の文章と全く一緒じゃん!」ということもよくあるのだが。だから私の次のステップは、吸収したいろんな人のいいところを、ちゃんと自分流に使いこなせるようにすることだと思う。

ところで、今回の発表で和田さんは親友について話していた。私は和田さんの、親友であることには、共通点や相違点の他に、相手を尊敬できるかどうかが大事であるという考え方にとても共感できた。

私は、このように友達や親友についての話題があがったときに、一番に思い浮かべる人がいる。その人は、私が胸を張って自慢できる大親友である。

彼女と出会ったのは小学五年生のときである。幼馴染、と言えるほど古くからの付き合いではないかもしれないが、何度か転校している私にとっては彼女が一番長い付き合いであると思う。正直、小学生のころはそこまで仲良くなかったかもしれない。同じグループの輪の中にいた訳ではなかったし、家が近所だったために一緒に帰る、くらいの感じだった。そのまま同じ中学校に進学して、違うクラスになって全く関わらなかったのだが、二年生のときにクラス替えがあり、私は彼女と同じクラスになった。私は、クラス替え後の友達作りは、最初が肝心だと思っているのだが、なかなか自分から話しかけられる性格ではない。そんなとき、話しかけてくれたのが彼女だった。それから中学時代はずっと彼女といることになる。

以前に、共通点、相違点についての発表があったが、私と彼女は相違点だらけである。私が知っている彼女は、ちゃんとした自分の考えを持っていて、どんなに辛くても諦めたり投げ出したりしない。自分の思ったことはちゃんと言えるし、人のことも考えられる人だ。人の意見にすぐ流され、ダメだとわかったら諦める、頼まれると嫌とは言えない自分とは大違いである。

彼女とは、違う高校に進学したために、中学のときほど一緒にいることはなかったが、連絡を取り合ったり、遊んだりしていた。彼女はずっと夢があって、進路も早くから決まっていた。それでも遊び呆けることはなく、これからお金がかかるから、といって自分でバイトをしてお金を貯めたり、毎日自分の分だけではなく姉の分までお弁当を作ったりして家族を助けていた。私が受験勉強で忙しくなったときや、しんどいと感じていた時も、彼女は自分だって忙しいのにいつでも応援してくれた。私は彼女が作るポテトサラダが大好きなのだが、急に作って持ってきてくれたり、お守りをくれたり、そのなかに入っていた手紙にとても励まされたりした。

私にとって彼女は一番の理解者である。中学時代、今思い返せば私は彼女に相当ひどいことをしていたと思うが、それも今は笑い話にしてくれている。頑張り屋さんで、周りのことも考えられる、心の広い彼女は私から見れば尊敬の塊である。彼女は自分に足りないものをたくさん持っている。先生のおっしゃるように、それを自分に取り入れられているかどうかはわからないが、それでもこの長い付き合いで、彼女から多くの影響を受けていることは確かである。彼女と出会っていなければ、ここまで親しくなっていなければ、私はまるで別人になっていたと思う。少しおおげさな言い方かもしれないが、それぐらい私は彼女を尊敬している。

以前、彼女も私を尊敬している、と言ってくれたことがあった。私のどの部分を見てそう思ってくれたのかは謎だが、素直に嬉しかった。やっぱり、お互いに尊敬し合えるところがあってこそ、より親しくなれるのではないかと思う。そして、尊敬できるところを吸収し合って、共通点が生まれていくのではないか。こんな風に高め合っていける親友がいることをとても幸せに思う。

授業の感想レポートを友達自慢の場にしてしまったが、今回の授業を受けてすぐにこのことを書きたい、と思い立ったので素直に書いてみることにした。これからも、自分の周りにいる友達を大切にしていきたいと思う。

 

表題の見出しは、学生のレポートの中に見つけた一文です。ここしばらくは学生のレポートを紹介していますが、今週は特別に2本のレポートを掲載することにしました。理由は、二つです。一つはある読者から「もっと学生のレポートを読みたい」というリクエストがあったことと、この授業も残り少なくなってきたので、一人でも多くの学生のレポートを紹介しようと思うからです。

 

永井雅子(生活環境学部・生活文化学科・3回生)

 

前回の授業でも、みんなの感想を聞いて感じることがたくさんあった。ひとつは、みんな、レポートを書きたい!という気持ちを持って書いている。文章が生き生きと生きている。自分の心からあふれた言葉をつづっている。そして、一人ひとり、文章の特徴が異なっていておもしろい。優しい文章、格好良い文章、鋭い視点を持った文章・・・。私には浮かばないであろう表現を秘めている文章。SMAPの歌のように、世界に一つだけの文章たちが、そこにはあふれていた。

決して、「今回もレポートが出ているし、出さなかったら成績が悪くなるから・・・」といやいや書いている人はいない。今回も、毎回のようにレポートを書いているのであるが、前回の授業の終わりに、先生は、「来週も感想を書いてきてください」という言葉は発さなかったように思う。それにもかかわらず、私は自ら、自分の中の感情や思いを確かめるように文章をつづろうとしているのである。

 自ら互いに影響し合い、学び合う授業。その機会を作ってくださっている真栄城先生。そして、「人は、人の中で人になり、育つ。」と言ったのは、私が恩師と慕う高校の家庭科の先生である。

私は、この授業を受けてから、家での過ごし方に、ひとつ変化が起きた。それは、ラジオを聴くことである。家に帰ったらまず、ラジオをつける。そうすると、どこからともなく音楽や、DJの語り声が聞こえてくる。ほっとする。高校生の時にも、一度ラジオを聞いていた時があったのだが、ここ何年かは、聴いていなかった。最近また、聴き始めたきっかけは、父の使っていたラジオをたまたま私に譲り受けたことにあるのだが、今回のラジオのはまり方は自分でも驚くほどである。そろそろ、歌のリクエストなどしてみようか、と思うほどである。

 その理由を、私なりに考えてみた。単純な理由として、新しい・流行りの音楽が聴ける、とういうのが挙げられる。ただ、流行などはあまり気にしないタイプなので、これは大きな理由にはならないであろう。実際、ラジオでは流れていないが、「今これ流行ってるよねー。」と友達に言われた曲を、一回も聴いたことがない、ということが良くある。

 考えた末、私がラジオにはまっている一番の理由として、適している言葉は、「人のつながりを感じることができるから。」であると思う。ラジオには、たくさんのリクエスト曲がよせられてくる。日本で今流行りの曲や、昔懐かしい曲。また、海外の歌を流してほしい!という声も多々ある。私がこれまでの人生の中では、見聞きもしなかったようなのもリクエストされ、かけられている。それらを聞くと私は、「自分の知らない世界を知っている人たちがこんなにもいるのか!」と驚き、また「世界が広がった」とほほ笑むのである。

 また、音楽のリクエストだけでなく、メッセージもよせられてくる。今は、ラジオのメッセージはハガキではなくメールなので、DJが話したことに対して、すぐにリスナーが返事を返してくれたりもする。リクエストされ、かけられた曲を聞いて、「○○さん!あたしもその曲に思い出があります!」とDJを介してではあるが、会話が成り立つ。

 「○○高校32組○○番の○○です。みんな、テスト頑張ろうね!これを聞いている人がいたら、明日声かけてね!ラジ友(ラジオ友達)探しています!」など、学生がラジオを通じて「和」を広げていける場を設けているコーナーもある。

 私は、それらを何気なく聞いていて、ジーンとくることがある。なぜなのだろう、とふと考えた。今は、インターネット上でのブログやメールなどを通じて不特定多数の人々とつながることは可能ではある。それならラジオもそう変わらないではないか、同じ機械を通しているのだから。と言う人もいるかもしれない。

 しかし、わたしには異なるもののように感じられてならない。ラジオは温かいのである。それは、間にDJという生身の人間が間に入って、「人々の声を、思いを、気持ちを届けたい」と思って、伝えているからではないだろうか。いわば、ラジオの場では、DJがこの授業で言う、真栄城先生の役割を果たしているのではないか、と思うのである。

 人は、つながりの中で生きている。そのことを耳で、肌で感じられるからこそ、私は今、ラジオに惹かれているのではないだろうか。そして、おそらくその感覚は、この授業を受けて、人とのつながり、互いに影響をし合い、学び合う素晴らしさを感じているからこそ、より一層深く私の心と体に訴えかけてくるのであろう、と私は感じる。

 少し、授業の内容とは離れてしまったように思うが、日常の生活の中にも、学びがあふれていること、そしてすべてはつながっていること。そのことをラジオを通して感じた、ということを書きたい!伝えたいとの思いが募ったのでこのような文章となってしまった。

 不思議な感覚である。人と人とをつなぐ教師の仕事にも、改めて魅力を感じたことを確認したところで、今回のレポートを終えたいと思う。

 

今回もまた、学生の書いたレポートを紹介することにします。読んでいただければわかるように、学生は、お互いのレポートから刺激を受けて、相互学習を展開しているのです。そこでの教師は、教えると言うよりも、学生同士の交流を支え、促進することが大きな役割だと言ってよいでしょう。別の言い方をすれば、学生同士をつなぐこと、それが教師の仕事だと言ってもよいかもしれません。というわけで、以下に示すレポートは、先週の授業で発表された他の学生のレポートに対する感想から始まっています。

 

柴田佳奈(生活環境学部 生活文化学科 3回生

 

今回のレポート発表もとても内容が濃く、何か心に深く訴えかけられるものがありました。私は涙しながら一生懸命話してくれた米津さんのレポートにとても心を打たれました。「人を看取る」ということは「いのちをつないでいく」ことなのではないかという話を聞いた時に、「死」のもつ意味を感じた気がします。

人はそもそも何のために生まれ、死んでいくのでしょうか。どうして命は絶えるのでしょうか。小さい頃、どうして人は死んでいくのか不思議に思ったことがありました。その時はただ、親しい人が亡くなっていくことが寂しく悲しかったので、みんなずっと生きていられれば誰も悲しい思いをしなくて済むのにと思っていました。しかし、死が無ければ、この世の中はあり得ない程の数の生物でいっぱいになります。今の当たり前すぎる状況からは想像もできません。そう考えると「生と死」はどちらかひとつでは成り得ないものなのだと改めて感じます。いのちの誕生の裏側では、ひとつのいのちが終わりを告げようとする。いや、裏側なんて言ってはいけないのかもしれません。「死」にも「生」と同じだけの意味や価値があるのです。私がこのように考えるきっかけになったのは、この授業を通して「生と死」を考える機会を得られたこと、また身近な人の「死」や「老い」に触れる機会があったからだと思います。

ここで、「老い」という言葉を出しました。「老いる」ということは本人にとって、受け入れがたいことのようです。私は、自宅生で、家のすぐ近くに祖父母の家があります。両親が共働きだったこともあり、祖父母には小さい頃からよく面倒を見てもらい、可愛がってもらいました。いつも元気で、私を育ててくれた祖父母も80歳近くになり、病気を患い、時折とてもしんどそうにしていることがあります。「ばあちゃん、あと10年も生きてられるかな。あんたの結婚式に出れるかな。」と冗談を言う祖母。買い物に付き添い、隣に並ぶと、こんなに小さかったかなと目を疑います。「佳奈が大きなったんやで」と言葉をかけられても、祖母の腰が曲がり、以前より小さくなっているのは明らかです。大きかったあの背中を思い出すと少し寂しく、また自分にできることを祖母にして返したいという思いが強くなります。話をするのに不自由はないのですが、体の自由が利かなくて、家族のサポートを必要とすることが多くなりました。「みんなに迷惑かけたくないんやけどなぁ」これが今の祖母の口癖です。それを聞くたびに、胸が締め付けられます。「ごめんな。ありがとう。また来てな。」この言葉に祖母の思いが溢れんばかりに詰め込まれているように思います。人は年を重ねれば、病気を患ったり、体の自由が利かなくなったりします。きっと誰もが通る道です。「老いる」ということは、一生懸命生きることについて見つめ直す機会を与える現象のようにも感じました。残りの人生をどう過ごそうか、子どもや孫に見守られて最期に何を残してやろうか、祖母はそのようなことを考えて生活しているように思います。

前回の授業では、摂食障害の女性の内観後のカウンセリングの様子を聞きました。内観終了後ということもあり、とても落ち着いた口調で自分の経験や気持ちについて話しているのを聞き、自分の苦しかった経験を振り返り、自分自身でそれを受け入れて前に進もうとしているのが伝わってきました。食事や食事を作ってくれた人に対して感謝の気持ちを持つことで、食べる自分を少しずつ受け入れられるようになったのだと思います。過食嘔吐を繰り返していたときは、なかなか満腹感も得られず、女性は「頭で食べていた」と表現されていました。これを食べたら何キロカロリー、おいしいものは止まらなくなるから食べないようにしようなど、どんどん感情にコントロールされてしまい、食べることに対しての思いが強くなりすぎてしまったのだと思いました。女性の背景には、家族が自分自身をきちんと見てくれないことへの不満がありました。人の心に寄り添うということは、その人の生活を含めてすべてを受け止めてあげることが大切なのだと改めて思います。今までは内観療法について本で読んだり、授業中の先生のお話から想像するだけの本当に浅い知識だけだったので、実際にクライアントの人の生の声が聞け、自分自身の内観へのイメージが少し膨らんできました。

「十人十色」。少しこの言葉の意味とはずれるかもしれないのですが、本当に誰ひとりとして同じ人間はいなくて、一人一人それぞれいろんな気持ちや思いを抱えて生きているんだということをこの授業を通して再確認しているように思います。人間は実に深い。だから面白い。そのような気づきのあるレポートになりました。