2010年8月アーカイブ

【起】

 このたび、奈良県断酒連合会は、結成38周年を記念して機関誌の「せいりゅう」を発行するらしく、渡邊会長名で寄稿文の依頼がありました。私は、それを受けて筆を執ったのですが、機関誌名となった「せいりゅう」の由来が気になり、まず漢字ではどうなっているのか、手元のデジタル大辞泉にあたってみました。すると、最初に出てきたのは「青竜」で、「清流」「精留」の二つが続いて表示されました。「青竜」は「せいりょう」とも読んで、四神のひとつで天の東方の守護神のことを意味するようです。「精留」は、混合液体を蒸留する際に、繰り返し蒸留し、混合液体の分離をよくする操作のことのようですが、この二つは、機関誌名と関係があるようには思われません。そこで、「清流」に目を転じたところ、①清らかな水の流れ、②名門、またはその出身者、③清廉潔白な人々、など三つの意味が示されており、それがぴったりのように思ったのですが、果たして事実はどうでしょうか。

【承】

 私は、長く愛知県でアルコール臨床に関わってきましたが、2000年にこの地に移ってきて印象深く思ったことは、歴史を感じさせる山と川と寺が多いということでした。海に面していない奈良県では、山と川が身近な自然であり、歴史と文化の源だと言われていることが、奈良の地に住んでみると実感されます。毎年7月の第3月曜日は、この国では「海の日」と称して国民の祝日になっていますが、奈良県では毎年その日を「山の日・川の日」と呼んで、山と川に親しむためのイベントが開催されていることもこの地に住んで初めて知りました。したがって、断酒連合会の機関誌に「せいりゅう」を冠したこともうなずけるようになりました。

 

【転】

 奈良と言えば、今年は1300年祭で多くの人を集めているようですが、山と川だけでなく、歴史的な寺が多くあることで知られています。その一つ、興福寺には有名な阿修羅王の像があります。阿修羅とは、サンスクリット語のアスラ(asura)の音を漢字で写したものだと言われています。元々は「悪魔」に近い意味もあったようですが、仏教に取り入れられてからは、仏教を守護する八種の神的なもの(八部衆)の一つともされています。近頃は、阿修羅にファンクラブまでも出来たらしく、スター並みの人気を誇っているようですが、私の驚きは、阿修羅の別名を知ったことです。それは何かと言いますと、アスラというサンスクリット語が漢字に翻訳されたとき、阿修羅のほかに「無酒神」とも訳されていた、ということです。

 

【結】

 これを字の通りに読めば、「酒なし神」つまり「断酒神(ダンシュジン)」ということになります。ものの本によれば、「ありとあらゆる花をとってきて海に浸し、その塩辛い味を変えようとしたが、少しも変わらなかったので怒り、酒を断つことを誓ったので無酒神というのだ」と記されています。まさにアスラこそ、断酒会の大先輩と言いますか、守護神と言ってよいかもしれません。アスラには、悪魔と最高神という両面があることを知れば、身に覚えのある断酒人には親近を覚えるのではないでしょうか。短気で酒乱のアスラが飲んだ日には、人との争いも絶えなかったことでしょう。能楽では戦闘の場面が現れる作品を修羅物(シュラモノ)と言います。アスラという語から激しく争う場を「修羅場(シュラバ)」と呼ぶようになったとも言われています。

 最後になってしまいましたが、数々の修羅場をくぐりぬけてこられた①清らかな水の流れ、②名門、またはその出身者、③清廉潔白な人々、で結成する奈良県断酒連合会が結成38周年を迎えるにあたり、心よりお祝い申し上げます。

 

前回の本欄には、安田氏によって紹介された「海人の古老から聞いた話」について述べましたが、今回は、それにきわめて酷似する話を紹介しようと思います。

 その話は、拙著(心理療法としての内観・朱鷺書房 2004)から抜粋して紹介することになります。以下がそれです。

 

浄土真宗の入門書としてアメリカで好評を博しているという「真宗入門(法蔵館)」の中で,筆者が一番印象深く思ったのは,「海で漂流した船乗り」の話であった。著者のケネス・タナカ氏は、その話を浄土真宗の教えの核心を伝えるために紹介しているが,筆者には心理療法としての内観の治療観,あるいは内観のエッセンスとして読めた。そのたとえ話とはこうである。

「一艘の船が,ある熱帯の島から出航しました。陸を遠く離れて何時間も航海した頃,一人の船員が誤って海に落ちてしまいました。他の乗組員は誰もそのことに気づかず,船はそのまま航行してしまいました。水は冷たく,波は荒く,真っ暗闇でした。大海の真っ只中で,その男は沈まないように死に物狂い足をばたつかせます。

やがて海に落ちる前に見た島に向かって泳ごうとするのですが,すでに方向感覚を失っており,方向が正しいかどうか確信が持てません。船乗りですから泳ぎは上手なのですが,腕も足もすぐに疲れ果てて,胸も苦しくなって喘いでいました。大海の中で迷い完全に孤独になってしまった男は,もうこれでおしまいかと思いました。絶望の中,男のエネルギーは砂時計の砂のように消耗していきました。顔を打つ海水を飲み込んで息ができなくなり,体が海の底に引きずり込まれるような気がし始めています。その時,海の深淵から声が聞こえてきたのです。『力を抜きなさい。力むのを止めなさい。そのままでいいのです。南無阿弥陀仏』

その声を聞いた船乗りは,自分の力だけでむやみに泳ぐことを止めてみました。夏の昼下がりに裏庭のハンモックの上でのんびりするように,くるりと仰向けになって足を伸ばしてみました。すると,力まなくても海が自分を支え浮かせてくれることを知り,大喜びしたのでした。―中略―

助かったと知り喜んだ船乗りは心から感謝しました。そして,『本当ははじめからずっと大丈夫だったのだ』ということに気がついたのです。ただそれを知らなかっただけなのです。海はまったく変わっていないのに彼の考え方が変わったので,この船乗りと海との関係も変わったのでした。海は危険で恐ろしい敵から,彼を支え守ってくれる友となったのです」

 この話しを安田氏が知っているかどうかは分かりませんが、もし、氏がそれを知ったならば、沖縄の古老から聞いた話同様に、きっと感動するように思うのですが、どうでしょうか。

沖縄に安田哲也氏という建築家がいる。地元沖縄では、知る人ぞ知る、知らない人は全く知らないようだが、ときどき地元の新聞にコラムを書いて、一部のファンの間では、好評を博していると聞いている。その安田氏から一冊の本が送られてきた。自家本である。わずか50頁ほどの薄い本であるが、中身は相当に濃くて、まるでゴーヤーと豆腐と豚肉を中心としたチャンプルー(炒め物)のようにアジクーター(深みのある味)なのである。それもそのはず、著者自身の60年に及ぶ人生経験に基づいた人生観・人間観が凝縮して語られているからである。本の題名は「還想」である。還暦を迎えたのを機に若い人たちに読んでほしくて上梓したようである。

本欄には、第一章の書き出しの部分と第三章第5節の「海」に述べられている海人の古老から聞いた話しを紹介することにしよう。

 

<マヤの言い伝えとして、人が成すべき事が三つあると言う。>

 

本書の書き出しは、その一文から始まっている。理系の人が書いた本なので、表現はいたってシンプルで、単刀直入である。その三つとはこうである。

 

a. 子を産む b. 木を植える c.  本を書く>を挙げて、その理由を次のように述べている。

<これにはとても感動させられる。「子を産む」これは生物に共通する課題である。「木を植える」とは次の世代の為の物理的な環境づくりを示唆している。「本を書くとは」社会的環境づくりであり、これが最も人類に対する深いメッセージだと思われる。即ち、頭脳が発達し、欲望に歯止めがかからない人類への戒めや、制限、命の尊さを含め、社会に対する強いメッセージである。>

 

つまり、どうやら氏は、本書を人類へのメッセージとして書いたようなのだ。氏の発するメッセージは、確かに、読者に訴えるものがあり、本書の随所に散見できる。とりわけ、氏自身がノイローゼに陥った経験があり、一人でヨットを操って海に出ることによってノイローゼを脱却したくだりは興味深く読ませてもらった。氏は建築家を名乗っているが、本書を読むと武道家でもあり、海師でもあり、哲学者であることがわかる。

さて、海人の古老の話しを以下に紹介しよう

 

<以前、与那国で建築の調査をしていた時、古老の海師から素晴らしい話しを聞くことができた。>といって述べたのが以下の文章である。

 

<与那国は港の外がすぐ外洋であるが、漁の途中で急変する嵐に何度も見舞われたらしい。その際、先輩たちから教わった流儀で、すべての部品をたたみ、船底に固定し、嵐の前にサバニをあえて反転する。そして自分の腕をサバニの梁材に結わえ、嵐が過ぎるまでいつまでも流されるままに任せる。嵐が通過した後、元に反転し、また漁をして戻ってきたというものである。>

 

安田氏はその話にいたく感動し、仲間を募り、サバニという沖縄古来の船を復元しただけでなく、座間味・那覇間のサバニレースを発足し、いまでは、本土はもとより、遠くハワイからも参加者が駆け付けるようになった。その功績が認められて全国の企画賞を受賞している。

ところで、古老の海での話は、内観のエッセンスとして拙著(心理療法としての内観・朱鷺書房)のなかで紹介した「海で漂流した船乗り」の話と酷似するものがある。その話については、次回に述べることにしよう。

柴田佳奈(生活環境学部 生活文化学科 3回生)

 

シンポジウムが終わった今、これは考えだすと終わりなど見えないとても奥深いテーマであると改めて確信する。私は、今まで宗教について自分なりに考えたり、実際に宗教的な活動を体験したりしたことがなかった。本間さんのレポートを聞いて、まだ自分の知らなかった世界がまた一つ増えたような気がした。私は、カルト集団に声をかけられた友人の話や、テレビで報道される宗教のニュースなどでしか知識がなかったせいなのか、なぜか宗教に対してマイナスのイメージを持っていたように思う。それはまた「怖い」という感情にも似ていたと感じる。私の中の「怖い」という感情を強くさせたのは、オウム真理教の地下鉄サリン事件であった。当時は幼かったこともあり、事件の詳しい内容までは理解できていなかったと思うのだが、あの事件がテレビで報道され、「宗教」=「怖い」のイメージが植え付けられてしまったのだと思う。幼心に焼きついたその記憶は20歳になった今でも頭の片隅から消すことはできない。

しかし、このシンポジウムを通して自分の中の宗教へのイメージ像が崩れ始めた。いや、崩れるというより、元々私の持っていたイメージにどんどん色々な考えやイメージが加えられ、イメージ像が膨らんできたように思う。シンポジウムで、土倉さんが宗教の社会貢献について発表されていた。宗教にはさまざまな側面がある。宗教が周りに与える良い影響について考えた。宗教集団が母体の政治団体の話が出て、刀根さんは宗教がウチで政治活動がソトなのではないかと、ウチとソトという視点から話をされていた。

この話、なるほどな~と私は心の中で頷いた。政治活動を通して、自分たちの宗教についても知ってもらい、その良さを広めていく。ネットワークや人と人とのつながりを感じた。

 山口さんが、お祈りすることは気持ちを切り替えることという話をされていた。宗教に入信していなくても、祈るということは心の拠り所となり、心が整理されることで、次の自分へのステップとなるのだろう。祈りをささげる姿は美しい。以前に授業で先生が紹介されたこの話を、家で母に話してみた。母は、「本当にそうだね。でも今までそのような見方したことがなかったからいいこと聞いたなぁ。」と言っていた。自分は無宗教だから、宗教とはかかわりがないと思っていたけれど、神様にお願いごとをすることはあるし、信仰するという宗教的な側面は持ち合わせていると思う。そのように考えると、無宗教でも宗教と関わりのない人などほとんどいないと感じる。誰しもどこかで、宗教と結びついているのではないだろうか。

 本当にみなさんの体験に基づいたたくさんのお話はとても興味深く、自分の視野や考えを広げ、深めてくれた。人は体験を通して自分を成長させていくのだと改めて気付かされたように思う。体験し、頭で考え、自分のものとなっていく。この精神を忘れずに、今回この授業で学んだことを生かしていけるよう頑張っていきたい。

この授業で、今までの自分を振り返り、考え直せたことで、気づきがたくさんあり、その発見がとても楽しく感じられた。家族や友達を大切にし、自分も大切にされる存在でありたいと思う。

この授業で出会えた先生、受講生のみなさんも、出会うべくして出会った人たちだと思っている。まさになにかの『縁』だと思う。

本当に楽しい授業でした。ありがとうございました。

山下陽子(文学部 子ども臨床学コース 3回生)

 

 今回の授業が最後の授業で、「宗教と人間」についてのシンポジウムをしました。授業の前日の水曜日に、1回生2人と私のグループ全員で話し合いの機会を作り、たくさん話し合いました。はじめは「宗教と人間」という大きなタイトルに、何から話し合えばよいのかわからず、宗教にどのようなイメージがあるか、なぜ家に仏壇があっても違和感がないのか、などと言った話から始まりました。すると、昔こんなことがあったと話してくれたり、こんなことを聴いたことがある、と言った話しになり、気が付くと何時間も話し合っていました。

 シンポジウムでは、いろいろな視点から宗教について話を聞くことができました。私たちのグループでは出てこなかった意見も出てきて、とても興味深かったです。

 <中略>

 この授業を受けて、レポート発表を通して、同世代の人たちがどのようなことを考えているかということを知ることができました。普段なら人に話さないようなことも、この授業なら話せる雰囲気ができていたのかなと思います。私は、今まで過去を振り返ることをあまりしたことがありませんでした。けれど、みなさんが自分の過去にあったことを話していらっしゃるのを聴いて、すごく勉強になりましたし、思い出すことで変わることもあるのだと感じました。

 この授業は終わったけれど、徐々に意見が言えるようになれればと思います。

 

 

「子ども臨床学概論」の授業も7月29日が最後でした。そして、8月3日から大学は夏期休暇に入りましたが、昨日、出勤したらなんと学生のレポートが私の研究室のボックスに入っていました。中には、メールでレポートを送ってきた学生もいました。今回は、その中から3名のレポートを掲載しますが、紙幅の都合もあり、一部を省略しての紹介になります。

 

和田佳美(文学部1回生)

 ついにやってきてしまったフィナーレ、「子ども臨床心理学概論」の最終授業でした。共に授業を進めて行った受講生のみなさん、たとえ直接お話ししたことがないとしても、私は彼女たちに確かな信頼感を持つようになりました。この授業が大学4年間ずっと続けばいいなんて考えていました。しかし、やはりそんな風にはいきません。大学の制度のもとなので、この授業にも終わりが来るのだなぁ、とシンポジウムを行うために机を動かしながらしみじみと考えていました。

 さて、今回のシンポジウム、テーマは「人間と宗教」です。偶然か、私は2週間前から、宗教学者の島田裕己氏が著した『無宗教こそ日本人の宗教である』という本を読んでいました。私は、チャンスがあれば今回のシンポジウムでその本から得たことを話そう、と意気込んでいましたが、結局、うまく話しに織り込む機会もなく、授業は終わってしまいました。

 <中略>

 今回のシンポジウムは、みなさんの意見を伺うことができて大変面白かったです。みなさんはそれぞれが自分にとっての宗教体験や意見を持っておられました。レポート発表でもシンポジウムでも、この授業は一貫して、「他者の意見を聞き、自分のものにしていく」というテーマが感じられました。その考えを聞くことで、私の中にまた一つ新たな観点が芽生えましたし、それはきっと他の観点と共生して長い長い蔓を、上に上にまいていくだろうと思います。