2011年1月アーカイブ

先週の本欄には,多文化精神医学大会におけるシンポジウムの座長の抄録を掲載しましたが,今回は私自身もシンポジストとして参加を予定しておりますので,すでに提出を済ませた抄録原稿を載せることにしました。内容は以下の通りです。

 

【二つの国際学会の誕生】

内観界には二つの学会が設立されている。1978年に設立された日本内観学会と1998年に設立された日本内観医学会である。そして,それぞれの学会を母胎として二つの国際学会が生まれている。前者を母胎として発足したのが国際内観会議(のちに国際内観学会と改称)であり,後者が母胎となって発足したのは国際内観療法学会である。前者は学際的な,後者の国際内観療法学会は,内観療法に関する臨床家の研究発表の場となっている。

 

【各国の内観(療法)の実情】

三木善彦(2007)によれば、外国で最初に集中内観研修会が行われたのは,1980年のシャイプス・セミナーハウス(オーストリア)であり,その6年後にウィーンの森の近くに「プーカースドルフ内観研修所」(フランツリッター所長)が開設されたという。現在,オーストリアには4か所,ドイツには2か所の内観研修所が設立されているようだ。当日は,1992年以降,私自身が積極的に関わってきた中国と韓国の内観(療法)の実情を中心に紹介することになる。

 

【国際化における課題と展望】

内観の国際化にあたって,すぐに直面させられるのは文化差の問題であろう。形式的な側面でいえば,内観では治療の場をしつらえるために日本文化で生まれた畳,屏風,座布団,襖あるいは障子などの小道具が使われ,面接は対面正座で行われるのがふつうであるが,外国ではいったいどのような工夫がされているのだろうか。

また,内観の内容的側面について,対象人物を選定する際,日本では母親が優先されることが多いが,欧米や中国からやってくる内観者のなかに母親よりも父親を優先するひとも少なくない。  

その他,内観には3項目だけでなく,「嘘と盗み」という課題がある。罪悪感をテーマにしているが,"中国人にはそのテーマは難しいので,課題から外している"と彼国の精神科医は言う。 

このように,内観が諸外国で実施されるようになって,文化差の問題があぶり出されてこよう。中国では,内観の発展が目覚ましく,上海では2010年に保険診療の適用が認められたと聞く。これがもし,日本に逆輸入されることになれば,まさに国際化の効用と言ってよいだろう。

 

 

 今年の3月1819日の両日に第18回多文化精神医学会学術総会が海外からの参加者も加わって、箱根で開催されることになっています。およそ20本のシンポジウムが予定されているようですが、5番目には表題のテーマのシンポジウムが組まれているようです。そのシンポジウムの企画責任者(手塚千鶴子教授)から抄録が送られてきましたので、ご本人の了解を得て、本欄に紹介しようと思います。

 

手塚 千鶴子(慶應義塾大学)

 

現在、仏教心理学やヨガ、瞑想などアジアから生まれ世界で展開されているものは多い。そして日本発の心理療法で海外展開中のものには、森田正馬の起こした森田療法、吉本伊信の内観、成瀬悟策の臨床動作法などがある。その形は違っても身体性の高い心理療法といえる。森田療法は東アジア特に中国で実践され、外来森田療法の研修がカナダで行われ、森田の治療原理に近い多様な心理療法が世界で展開されている。内観は、ドイツ、オーストリア、イタリア、アメリカ、フィリピン、中国、韓国など広範囲に広がりをみせ、中国では治療法としてだけでなく教育の場にももちこまれている。上海には、内観と森田療法の専門の治療室が、上海精神衛生中心におかれている。臨床動作法は興味深いことにイラン、インド、韓国に展開中と聞いている。

 

こうした文化を越えた日本発の心理療法の海外展開には、グローバリゼーション下の経済、社会、文化活動の相互依存性、相互影響性の増大、その帰結としての家族や共同体、職場を巻き込む大きな社会変動、それに伴うきずなの解体や競争の激化等による多大なストレスがある。これは、そうした共通課題に立ち向かうため、人々や臨床家たちは今まで自分達の知らなかった世界観や、治療原理、手法にもとづく心理療法を広く、自分達の文化を超え探求する真摯な姿勢を生んだ結果ともいえる。

 

そのため「母子関係」、「甘え」や「恩」を大事にする日本文化生まれの内観や、文化特殊的ともいえる森田神経質に有効とみられてきた森田療法が、海外で普遍的な効用性を持ち始め、またそれらに対する海外での関心や理解も進んでいる。そこで本シンポジウムでは、主としてこれら二つの海外展開の現状、課題、今後の展望を明らかにし、さらにこの展開を可能にした内観と森田のそれぞれの文化特殊性と文化普遍性の問題を議論し、多文化間精神医学、多文化間心理学の視点からこうした展開の意味を、フロアをふくめ縦横に議論することをめざす。

 

シンポジストには森田療法の海外での理解や展開に現場だけでなく理論的にもお詳しい北西憲二先生、中国と韓国への活発な内観の導入に多大な貢献をされてきた真栄城輝明先生をお迎えし、またアジア、欧米からの留学生に授業の一環としてミニ内観を導入した実践経験をもつ手塚千鶴子がつとめる。北西先生には、時間が許す限り、他の日本発心理療法の海外展開についても議論を広げられればと願っている。

去る年1 9 日(日)は、和歌山市勤労者総合センターにおいて表題のワークショップが開催されたので参加してきました。講師には、NPO 法人こころのリエゾン理事長の保坂 隆氏(聖路加病院・医師)を迎えて、「 自殺予防におけるゲートキーパーの重要性について」と題する基調講演(当日は、招待講演と称していた)が行われました。講演に引き続き、「その命自ら絶たせないために 今和歌山で出来ること」と言うテーマでワークショップが行われました。パネラーの東 睦広氏 (日本赤十字社和歌山医療センター・精神科医 )と厚坊浩史氏(南和歌山医療センター・臨床心理士)は、ワークショップのテーマに沿って、「今和歌山で出来ること」について話されました。王 紅欣氏(中国無錫市精神衛生中心・ 精神科医)は、中国の自殺事情について話題を提供してくれました。会場には医療関係者や福祉関係者のほかにゲートキーパーとして活動している方に混じって一般参加者もいて、一人の主婦の質問とそれに応えた保坂先生の言葉が印象に残りましたので、本欄に紹介しておきます。

 

主婦:私の自宅の電話番号と「いのちの電話」の電話番号がよく似ているらしく、ときどき夜中に間違えて電話がかかってくるんです。話しを聞いていると「死にたい」と言い出す人がいて、びっくりして、「電話番号が違いますよ」と電話を切っていました。初めのうちはそれほど気にしていなかったのですが、最近、電話を切って後、自分の気持ちが落ち着かないんです。気になって眠れない日もあります。それで、新聞にワークショップのことが出ていたので、何か私にできることがあれば、勉強したいなぁと思って参加しました。

 

保坂:私たちはあなたのような人を待っていたのです。歓迎したいと思います。自殺をしようとする人たちは、死にたくて死んでいくわけではありません。出来れば生きていたいと思っている人たちが多いのです。なぜそう言えるのか、私が医者になりたての頃ですが、自分が担当する患者さんが自殺を図りました。救命治療を施し、回復した時にその患者さんが言った言葉が、私に自殺予防に取り組むきっかけを与えてくれたのです。それは、「本当は死にたくはありませんでした。自分でも分かりませんが、急に死にたくなって自殺を図ってしまいました。魔が差したとしか言いようがありません。生き返ることができて本当によかったです。今は生かしてくれた方々に感謝しています。」という言葉です。今死のうとしている人に立ちはだかって、それを止めてくれる人、すなわち、ゲートキーパーがいれば死ななくて済む人が大勢いるはずです。ゲートキーパーには資格なんか要りません。ただ、全くの素人ではどうしてよいか分からず、不安なので、研修会やワークショップを開催しているのです。あなたのような人の為に作った「こころの安全パトロール隊養成講座」と題する冊子がありますので、どうぞ今日それをお土産にお持ち帰りください。研究費で作った貴重な資料です。今後もこういったワークショップを開催していきますので、ご参加ください。参加費は、無料です。

 

 その他にも会場からは、いくつかの質問が出され、パネリストはそれに真剣に応えていました。和歌山は全国でも自殺者が多い県だと言われていますが、それは和歌山県出身者に自殺者が多いというわけではなく、隣県はもとより、県外からやってくる人も含めての数字です。奈良県は自殺者少ない県として知られていますが、和歌山のように自殺しやすい場所がないというだけであり、ひょっとしたら和歌山へ行って自殺する人の中に奈良県出身者がいるかもしれません。その和歌山で自殺予防のワークショップが開催されたことの意義は大きいと感じました。

 

昨年の暮れのことですが、関西地区を対象に配布されている「ウーマンライフ」という広告紙の奈良県版にコラムを執筆するよう依頼がありました。奈良県民共済がスポンサーになっているとのことで「子育支援」が目的だというので応諾しました。

今年の1月から第6回シリーズで掲載が予定されていて、第1回目のコラムが一昨日に掲載されましたので、本欄に紹介したいと思います。

紙面の都合で、450文字しか与えられていません。果たして何が書けるのか、心もとないのですが、引き受けた以上は何とかしないといけないと思い、乳児期の発達課題について記したのが以下の文章です。編集部によれば、読者からの感想や質問も受け付けているようです。

もとより、直接、筆者(naikan3@nifty.com)へ送っても構いませんが、ウーマンライフ新聞社{家族のこころ 子どものこころ}係(edit@womanlife.co.jp)までお寄せいただければ、幸いです。ちなみに、FAXは、0742-35-5190 です。

 

【家族のこころ・子どものこころ】

基本的信頼感

奈良女子大学教授 ()()(しろ)輝明

 

 「子育て中の方を応援したいので、乳児期から思春期までのこころについてコラムの執筆をお願いします。」

 本欄の企画者・N氏は、原稿の依頼にやってきてそう言った。そこで、六回シリーズの初回は、乳児期の発達課題について述べる。

 「人生のスタートで身につけるべきことは、基本的信頼感である」と指摘したのはエリクソンだ。アメリカ国籍をもつユダヤ系デンマーク人の心理学者である。人種のるつぼと言われるアメリカで多くの民族のライフサイクルを観察してきた結果の言葉である。人間の乳児は不完全のまま生まれてくるために周囲の世話がなければ育たない。親から無条件で愛されることが必要だ。極端に聞こえるかもしれないが、乳児が望むことはすべて叶えてやることが理想なのだ。それによって、乳児は基本的信頼感を培うからである。親を信頼できる子は、世界を信頼するようになる。世界を信頼するこころ、すなわち基本的信頼感を身につけた子どもは、たとえ困難に遭遇してもそれを乗り越えて、豊かな人生を歩むことができよう。

 

新年明けましておめでとうございます。

多難な寅年を見送って、新しく兎年を迎えました。今年こそ多幸な年になってほしいと願わざるを得ません。さて、私事になりますが、今年はライフワークの「内観入門書」を上梓したいと考えております。国際学会に出席するたびに「内観の理論」について問われてきましたので、なんとかそれを実現したいと思うからです。最近、「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一著・講談社現代新書)を読んで、理論の重要性を再認識させられました。その一文を以下に紹介しておきます。

 

「訓練をつんだ医者は、胸部X線写真を眺めただけで、そこにわずかな結核の手がかりやあるいは早期ガンを疑うに足る陰影を認めることができる。私たちが同じものを手にしても、そこにはぼんやりとした雲や霞のような白い広がりが見えるだけだ。

実は、医者がX線写真をライトにかざすとき、彼が診ているものは、胸の映像というよりはむしろ彼らの心の内にあらかじめ用意されている『理論』なのである。もし、結核であれば、左右の肺下部のくさび状先端にわずかに水の線が見えるはずであり、もしそれがガンであれば普通とは違った毛細血管の走行が現れるはずだ、彼らの目にはそのような『理論』が前もって負荷されている。数値、図表、顕微鏡写真、X線フィルム・・・・確かに、科学データは客観的に見える。しかし、データAを目にしているすべての観察者が、まったく同じ客観的事実A'を見てとっているわけではない。一見は、百聞に勝るかもしれない。が、その一見がもたらすものは異なる。そしてその異なり方、つまりデータが一体何を意味しているかという最終的なアウトプットは常に言葉として現れる。その言葉を作り出すものが理論負荷性というフィルターなのである。」

 

 熟練した面接者であれば、内観者の報告を聞くとき、内観者の語りの内容を聞くだけでなく、それと同時に面接者の中にこれまで蓄積されたきた『内観の理論』を聞くということになります。ところが、内観ではその理論がいまだ十分に構築されているわけではありません。

 今年の抱負としては、内観の理論化に微力を尽くそうと考えている次第です。