2011年2月アーカイブ

先日の新聞に日本が中国に抜かれ42年ぶりにGDP世界2位の看板を下ろすことになったと報じられていましたが、識者の中にはそのことを嘆く発言もありました。

GDPとは周知のようにGross Domestic Productの略であり、国内総生産と訳されています。それは社会科の教科書によれば、経済を総合的に把握する統計とされている国民経済計算の中の一指標であり、それの伸び率が経済の成長率を示すというのです。

わが国は、1968年度にGNP50兆円を突破し西独を抜いて世界2位に躍り出て以来、世界中からはエコノミックアニマルと揶揄されつつも、物質的な豊かさを追求してきましたが、その背後では、うつ病など心の病に陥る人たちが増え、自殺者もこの十数年は、3万人を越えるという状況です。経済は発展したかもしれませんが、心は貧しく、幸せな生活から遠のいてきたように思われます。

GNHとは、Gross National Happinessの略語で、日本語では「国民総幸福量」と訳されています。それを提唱したのは、世界でも貧しい国とされるブータンのジグミ・シンゲ・ワンチュク国王のようですが、それは1972年のことで、ちょうど日本が高度経済成長に突入した頃です。GNPが金銭的・物質的豊かさを示すのに対して、精神的豊かさ、すなわち幸福度の指標としてGNHが提唱され、具体的な数値として表したことは、画期的なことでした。GDPが個人消費や設備投資として示されるように、GNHは①心理的幸福、②健康、③教育、④文化、⑤環境、⑥コミュニティー、⑦良い統治、⑧生活水準、⑨自分の時間の使い方の9つの構成要素からなっている、というのです。

実際にブータンの村々を訪ねた記者によると、子どもからお年寄りまで笑顔が絶えず、豊かな生態系のなかで、自給型農業を営み、コミュニティの助け合いが残っており、そこではスローライフが健在で、人々の幸福度はかなり高いようだ、と報告していました。たしかにお金も物も大事かもしれないが、それはいろいろある「幸せのモノサシ」のひとつにすぎないはずです。お金や、物の量や、テクノロジーだけで幸せを計れないはずなのに、日本人は「金さえあれば幸せになれるはずだ」という経済優先信仰を信じて生きてきたように思います。

GDPが3位に転落した今こそ、「幸せのモノサシ」を再考するチャンスにしたいものです。

内観の創始者・吉本伊信は、人々が幸せに暮らせる心境に到達するために内観の普及に全精力を注ぎましたが、まさに内観はGNHの①心理的幸福に寄与する方法だと言えましょう。

 

 

 

以下に紹介する文章は、【家族のこころ・子どものこころ】というタイトルでウーマンライフ新聞社が発行している広告誌に6回シリーズで掲載中の第2回目のコラムです。

「子育てを応援したい」という新聞社の企画に心を動かされて、執筆を引き受けたという経緯がありますが、企画担当者は、読者からの意見や感想、および質問などにも答えてほしい、という希望もあるようです。直接、新聞社へ寄せられても良いですが、本欄の読者のなかにご意見やご感想あれば、メールでも構いませんので、ご遠慮なくお寄せください。

 

第2回【家族のこころ・子どものこころ】

赤児はお乳だけでは育たない

奈良女子大学教授 ()()(しろ)輝明

 

いまこの国で児童養護施設の小学一年生にタイガーマスクからランドセルがプレゼントされるというニュースが報じられていますが、13世紀のイタリアでは、学究肌の皇帝フリートリッヒⅡ世が乳児院を舞台にとんでもない実験をおこなっている。

 「幾人かの捨て子の新生児を対象に保母や看護婦に子ども抱いて乳を飲ますことも、風呂に入れて洗ってやることもかまわないが、その際に、決して赤児に話しかけてはいけないばかりか、笑顔を向けたり、機嫌をとったりしてはいけないと命じて育てさせた」

 実験の趣旨は、人間の言葉をいっさい聞かされることなく育てられた子どもがどんな言葉を話すかを調べようとしたのである。

果たして実験の結果、子どもたちは全員、どんな言葉も憶えなかっただけでなく、幼くして死んでしまった。つまり、子どもは、撫でられて、あやしつつ言葉をかけてやらなければ、生きられないことが判明したわけである。まさに、母親の言葉は "言霊(ことだま)"であり、笑顔をもって語るとき幼子に命吹き込まれることになるの

 

 「誕生から死まで」をテーマに取り上げてきた授業(子育て臨床特殊研究)の最終レポートが受講生から届いたので読んでいるところです。テーマは「遺書」です。自分の命が残り少なくなったと想定して、最後に残す言葉をレポートに書いてもらいました。ほとんどの学生がご両親や兄弟に宛てた遺書を認めています。学生たちのレポートを読んでいると、改めて「家族の絆の強さ」を伺わせる内容が多いことに気付かされます。本人の了解が得られましたので、本欄に紹介します。

 

土師 慈美(人間科学科2回)

 私に万一の事があったら、残った私の貯金は、お父さんとお母さんで、旅行かなにかに使ってください。服やぬいぐるみなどの小物は、どこかに寄付してください。何かほしいものがあったら、みんなで分けてください。

 お葬式は、斎場じゃなくて家でしてください。遺影は学生証の写真の写りが一番いいのでそれを使ってください。式の時に、何か私の思い出を語ることがあったら、あまり悲しい話はせずに、私に関する笑い話をしてください。なるべくしんみりした雰囲気にしないでくれると嬉しいです。遺骨は家族のお墓に入れてくれてかまいません。

 お父さんとお母さん、大学まで行かせてくれてありがとう。家も継げず、大した親孝行もしてこられなかったので、せめて残った私の貯金で、お互いの行きたいところに行ってきてください。お姉ちゃんたちは、私の本とか服とか、何か気に入ったものがあったらもらってください。たった二人の姉妹だから、仲良く、困った時は助け合って生きていってください。お父さんとお母さんをよろしく。

 

・遺書を書いてみて

 実際に、自分が死んだ時にどうしてもらうかを考えてみると、難しかったです。私には大きな遺産もないし、周りの人に残せるものも少ないからです。ただ、感謝の気持ちならたくさん持っているので、今ここに書いただけではなく、他の人11人に手紙を残したいくらいです。ただ、両親のことを書いていると、どうしても両親よりも先に死んではいけないという思いが強くなりました。私は、自分の葬式のときには、みんなに泣いてほしい、というよりは、何か私に関する笑い話を語り合って、笑って送り出してほしいと思いますが、両親には無理だと思います。親が泣いていることを想像するのは、本当に苦しいです。笑って送り出してほしい、というのは、以前、どこかの国では、人が亡くなった時に、盛大にパレードをして送り出すということを聞いたことがあって、それがすごく素敵だと思えたからです。その国では、「死は、新たな旅立ちであり、再生である」と考えられているから、ということでした。幼い頃に、祖母と叔母の葬式に出席し、それから私にとって死はとても重く、暗く、恐ろしいものであり、今でもそうですが、「死は新たな旅立ち」であり、変化のひとつなのだと考えると、いくらか怖くなくなるように思えるからです。また、「life~天国で君に逢えたら~」という映画を観たのも大きく影響しています。これは末期がんで亡くなったプロサーファーの方の実話で、その役を俳優の大沢たかおさんが演じてらっしゃったのですが、自分が死ぬときに、妻と子供たちに「自分が死んでも笑っていてほしい」と言い残すのです。なぜなら、自分がこれから行く天国では、みんなきっと笑顔だから。自分の大切に思っている人の泣き顔を見るのはとても苦しいし、笑って送り出してくれるのであれば、死が全ての終わりだとは感じなくなるような気がします。

 遺書を書くのは、とても難しく、今の私には、それだけ死を身近に感じることがないのだ、と実感しました。しかし、書いてみて、「まだ死ぬわけにはいかないな」と思えたし、今、自分が生きていることがとてもうれしくなりました。

 若い子どもたちの自殺が増えていますが、なぜ、その子たちは、遺書を書きながら、もう一度生という存在に気づくことが出来なくなっているのでしょうか。両親の顔を思い浮かべても、それよりも勝る苦痛を受けているのだとしたら、子どもたちの置かれている状況はあまりにも深刻です。

 私にとって、今回の授業は、自分の生について見つめなおすいい機会になりましたし、中学生や、小学生にも、この手の授業は、難しいかもしれないけれど、必要ではないのか、と感じました。この授業のレポートは、かなり難しいときもありましたが、親に普段聞かない話や、普段考えないことを、文章に起こして、発表するという機会をいただけたので、とても良い経験がたくさん出来たと思います。半年間、ありがとうございました。

 

雑誌や新聞の編集後記に目を通していると社内の雰囲気が伝わってくることがあります。2週間前のことですが、奈良市に本社を構えている小さな新聞社が発行している広告紙の編集後記が目にとまりました。読後、なんとも名状しがたいのですが、ホンワカとした気持ちにさせられました。きっとアットホームな和やかな会社なのでしょう。もし就職が決まっていない学生がいたら、大企業を狙うよりも、そういう会社を探して就職活動をしてほしいものです。長く勤めるには、なんといっても人間関係が肝心だからです。

ところで、それを読んだその日に、偶然、ニコニコ顔で社用車を運転しているひとりの男を見かけました。車に記されていた社名は間違いありません。が、呼び止めて確認したわけではないので、その男がMさんかどうかは分かりません。もしMさんでなければ、その会社は、全員一人ひとりがにこやかに仕事をしていることになるのでしょう。

さて、本欄に掲載させてもらうために、編集部の承諾を得るために連絡を取ったところ、ご快諾いただいた上に、以下のような「追記」が認められていました。

「私事で恐縮ですが、叔母が卒業生なので、勝手ながら、奈良女子大は身近に感じております。これからも、宜しくお願い致します。ウーマンライフ新聞社 編集・松尾英隆」

 そして、掲載を許可してもらった編集後記とは、以下のごとくです。

 

 

<本日1月20日と言えば、名俳優・三國連太郎の誕生日に、通年の大寒の入り、アメリカではケネディ、ブッシュ、そしてオバマなど大統領が就任した日である▼そして当社では、今日が本社営業部Mの第1子誕生の予定日だそうだ。普段から仕事熱心なMは、子育てやしつけの本を読むなど、パパになるための準備も念入りで抜かりがない。しかもそれらの本の大切な部分には付箋がぎっしりと貼られている。さすがである▼産まれてくるのは女の子と分かっていて、かわいらしい名前もばっちり決めているそうだ。Mの親バカぶりが今から目に浮かぶ。普段から子ども好きのMのことだから、わが子となればなおいっそうであろう。その成長も、当社の女性陣のように強くたくましく育つのか、おしとやかな女性に育つのか。先が楽しみである▼最近ではMの日々の努力が実を結び、営業マンとしてもさらなる成長を遂げ月間MVPを獲得、公私共々順調なようだ。とにもかくにもめでたい話である▼そんなMをはじめ社員一丸となり、読者の皆様に楽しんでいただける紙面にしようと日々頑張っている。社用車をにやけながら運転しているであろう営業マンMを見かけたら、本紙共々よろしくお願い申し上げます。(増田知久)>