【遺書】

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 「誕生から死まで」をテーマに取り上げてきた授業(子育て臨床特殊研究)の最終レポートが受講生から届いたので読んでいるところです。テーマは「遺書」です。自分の命が残り少なくなったと想定して、最後に残す言葉をレポートに書いてもらいました。ほとんどの学生がご両親や兄弟に宛てた遺書を認めています。学生たちのレポートを読んでいると、改めて「家族の絆の強さ」を伺わせる内容が多いことに気付かされます。本人の了解が得られましたので、本欄に紹介します。

 

土師 慈美(人間科学科2回)

 私に万一の事があったら、残った私の貯金は、お父さんとお母さんで、旅行かなにかに使ってください。服やぬいぐるみなどの小物は、どこかに寄付してください。何かほしいものがあったら、みんなで分けてください。

 お葬式は、斎場じゃなくて家でしてください。遺影は学生証の写真の写りが一番いいのでそれを使ってください。式の時に、何か私の思い出を語ることがあったら、あまり悲しい話はせずに、私に関する笑い話をしてください。なるべくしんみりした雰囲気にしないでくれると嬉しいです。遺骨は家族のお墓に入れてくれてかまいません。

 お父さんとお母さん、大学まで行かせてくれてありがとう。家も継げず、大した親孝行もしてこられなかったので、せめて残った私の貯金で、お互いの行きたいところに行ってきてください。お姉ちゃんたちは、私の本とか服とか、何か気に入ったものがあったらもらってください。たった二人の姉妹だから、仲良く、困った時は助け合って生きていってください。お父さんとお母さんをよろしく。

 

・遺書を書いてみて

 実際に、自分が死んだ時にどうしてもらうかを考えてみると、難しかったです。私には大きな遺産もないし、周りの人に残せるものも少ないからです。ただ、感謝の気持ちならたくさん持っているので、今ここに書いただけではなく、他の人11人に手紙を残したいくらいです。ただ、両親のことを書いていると、どうしても両親よりも先に死んではいけないという思いが強くなりました。私は、自分の葬式のときには、みんなに泣いてほしい、というよりは、何か私に関する笑い話を語り合って、笑って送り出してほしいと思いますが、両親には無理だと思います。親が泣いていることを想像するのは、本当に苦しいです。笑って送り出してほしい、というのは、以前、どこかの国では、人が亡くなった時に、盛大にパレードをして送り出すということを聞いたことがあって、それがすごく素敵だと思えたからです。その国では、「死は、新たな旅立ちであり、再生である」と考えられているから、ということでした。幼い頃に、祖母と叔母の葬式に出席し、それから私にとって死はとても重く、暗く、恐ろしいものであり、今でもそうですが、「死は新たな旅立ち」であり、変化のひとつなのだと考えると、いくらか怖くなくなるように思えるからです。また、「life~天国で君に逢えたら~」という映画を観たのも大きく影響しています。これは末期がんで亡くなったプロサーファーの方の実話で、その役を俳優の大沢たかおさんが演じてらっしゃったのですが、自分が死ぬときに、妻と子供たちに「自分が死んでも笑っていてほしい」と言い残すのです。なぜなら、自分がこれから行く天国では、みんなきっと笑顔だから。自分の大切に思っている人の泣き顔を見るのはとても苦しいし、笑って送り出してくれるのであれば、死が全ての終わりだとは感じなくなるような気がします。

 遺書を書くのは、とても難しく、今の私には、それだけ死を身近に感じることがないのだ、と実感しました。しかし、書いてみて、「まだ死ぬわけにはいかないな」と思えたし、今、自分が生きていることがとてもうれしくなりました。

 若い子どもたちの自殺が増えていますが、なぜ、その子たちは、遺書を書きながら、もう一度生という存在に気づくことが出来なくなっているのでしょうか。両親の顔を思い浮かべても、それよりも勝る苦痛を受けているのだとしたら、子どもたちの置かれている状況はあまりにも深刻です。

 私にとって、今回の授業は、自分の生について見つめなおすいい機会になりましたし、中学生や、小学生にも、この手の授業は、難しいかもしれないけれど、必要ではないのか、と感じました。この授業のレポートは、かなり難しいときもありましたが、親に普段聞かない話や、普段考えないことを、文章に起こして、発表するという機会をいただけたので、とても良い経験がたくさん出来たと思います。半年間、ありがとうございました。

 

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