2011年5月アーカイブ

今年(2011)の8月1920日に中国は天津市にある天津医科大学が主催して第3回中国内観療法学会が開催されることになりました。日本にも演題の募集があり、私が日本側の窓口を担当している関係上、研究発表用の抄録が着々と寄せられています。今回の本欄には、著者の了解が得られた抄録を紹介します。

 

生涯教育としての市民講座における内観の活用例

―NHK弘前教室の10年を振り返ってー

 

竹中 哲子

(弘前親子内観研修所)

 

【はじめに】

 内観の活用場面は、内観研修所はもとより、病院・学校・矯正施設など多彩である。最近では、カルチャーセンタなどの市民向けの講座の中に「内観」が取り上げられるようになった。私は、青森県弘前市において内観研修所を開設して約18年になるが、内観の認知度が高まったこともあって、NHKの市民講座に招かれて、現在、講師として内観の講座を担当して10年が経過した。この度、天津で第3回中国内観療法学会が開催されると知り、10年間の活動をまとめて報告することにした。

 【目的】

 日本では生涯教育として様々な文化講座(カルチャーセンター)が開講されている。今回、内観が生涯教育の一環として「市民講座の場」で活用されている例を紹介する。

【方法】

 私が担当する文化講座には、すでに集中内観を体験した人たちだけでなく、まだ一度も内観を体験したこともない人も参加している。そこで、集中内観体験者には復習として、日常内観の継続を援助するために、一方、未体験者にとっては、集中内観を体験する前の予習になることを念頭に置いてグループ内観を実施することにした。文化講座の開講日は、2週間に1度(第1、第3金曜日)の1時間半(90分)という時間帯に実施している。その他に、2ヶ月に1度は、日曜日に体験講座を行っている。面接の仕方は二通りである。一つは各自が壁に向かって座り、20分間の内観をしたあと、円陣になってグループの場で各自の内観報告を行うやり方である。つまり、集団内観という方法である。もう一つは別室で講師と1対1の場面で内観の報告を行う方法である。つまり、個別内観である。面接の時間はひとり5分程度である。受講生は、人数は610名。年齢は40代~70代。性別は女性。家族と同居している人もいるが、中には一人暮らしの人もいて、受講生同士がお互いに心の支えになっているという人もいる。孤立することなく、健康で長生きするためにも内観講座が役に立っているように思われる。

【結果】

受講生の中には、10年間、継続して参加している人もいる。定期的にこの講座に参加することによって、内観を継続出来ていると考えてよいだろう。

【考察】

吉本伊信は、「内観への招待」(1983)の中で、集中内観は基礎訓練であり、大切なことは日常内観を継続することであると述べている。人間は欲望の固まりである。内省を怠ると直ぐに汚れてしまうだろう。内観は「心の掃除」に譬えられる。日常内観を継続することによって日常的に自分の心を掃除していることになる。よりよい人間関係を築くためには、必要不可欠であり、生涯教育としても有効であると思われる。

【参考文献】

吉本伊信(1983)「内観への招待」朱鷺書房

今回も、ウーマンライフ誌上に執筆中のコラムを転載することにしました。

テーマは「怒り」です。子ども問題が持ち込まれるとき、しばしばそこには、ニホンザルの群とよく似た現象を目にすることがあります。

 

第5回【家族のこころ・子どものこころ】

 

「怒り」は伝播する

 

「メスどうしが争っている。リーダーが一方のメスをこらしめる。こらしめられたメスは、まわりのメスに向かってほえつき、横にいる自分より弱いメスに攻撃を加える。攻撃を加えられたメスは、別の自分より弱いメスにかみつく。こうして、強い者から弱い者への連鎖攻撃がつぎつぎ広がっていく」(河合雅雄著「サルの目・ヒトの目」より)

 ニホンザルの群れで観察された一場面だ。連鎖攻撃が一番弱い子ザルまできたとき、子ザルはどうするかと言えば、欲求不満が高じて自分の手を噛む。いわゆる、自傷行為だ。これは、人間にもありそうな話である。

 たとえば、不登校はもとより、チック症や爪かみなどを主訴として来談した子どもの心理療法を担当していると、怒りの連鎖がみてとれることがある。会社でボスの攻撃対象となった父親は、アルコールに溺れ、酒に酔うと妻に罵声を浴びせる。妻は、我が子に八つ当たりをする。その結果、子どもに心身症が発症してしまう。そうなると対症療法ではなく、根治治療が必要だ。先に父親のアルコール依存症の治療をしなければならない。 

 

 

 

 

先日、集中内観を体験した大学院生が体験レポートを書いてくれましたので、ご本人の了解を得て、本欄にて紹介することにしました。

 

森下 文(奈良女子大学大学院)

私は、先日67日の集中内観に参加しました。内観の有効性を知識としては持ってはいましたが、自分には必要ないものと思っていました。また、内観によって自分の内面を直視することを、怖いとも感じていました。

そんな私でしたが、3月に震災で家族や親戚が被災したことや、ずっと介護してきた姑を、同じ時期に亡くしたことなどが重なり、精神的にも肉体的にも限界といった状態になってしまいました。そんな折、真栄城先生から内観を薦められ、急に気持ちが変わって集中内観をすることを決めました。

集中内観の一週間は、長いようで短く感じられた不思議な時間でした。屏風の中という、外界から遮断された空間に身をおくと、とても気持が落ち着きます。どんどん思いは深まり、今まですっかり忘れていた様々な光景が甦り、涙が止まらなくなりました。それは感謝の涙でもあり、自分に傲慢さに対する、情けない涙でした。そして、両親や祖母や姉に対して流す涙でもありました。私は、家族に愛され大切に育てられて来たにも関わらず、自分の受けてきた恩は当たり前のこととして、すっかり忘れていました。感謝の気持も持たずに、家族の問題点ばかりを指摘し、自分の不幸を誇張して嘆き、不平不満を抱きながら生きていたことに気づかされました。

内観3日目から、鮮明で暗示性のある夢を何度も見るようになりましたが、その中でも一生忘れられない夢は「毒虫だらけ」と題した夢です。

夢の内容:自分の手や服に何かが付いています。指輪や時計やアクセサリーだろうと思い、平気で過ごしてしました。しかし、ふと気になって目を凝らしてみると、それはゲジゲジやゴキブリや毛虫といった、気持の悪い虫達だったのです。私は悲鳴をあげながら、必死になってそれらの虫たちを払い落とそうとしているところで、夢から目が覚めました。

この夢は、内観によって気づかされた自分の浅ましさや邪悪さを表しているのだと感じました。このような自分の問題に気づいたからこそ、必死になって、払い落とそうとするのです。もし、内観をしなかったら、何も気づかず、疑問も抱かず生活を続けたはずです。それを想像すると、恐ろしさでぞっとしました。

この夢をきっかけに内観が深まり、自分の問題を直視することが出来るようになりました。自分にとって辛い作業でしたが、自分の中に溜まっていた毒が、次々と表面に浮かび上がり、それを面接で語ることによって、少し取り除かれるものの、次の面接までに再び毒が浮き上がってくるような感じでした。内観5日目は、このような状態で気分が落ち込み、体調まで悪くなり、屏風の中でぐったりしていました。

最終日に、再び、母親に対する自分について振り返りをしていると、不思議なことが起こりました。今まですっかり忘れていた母との楽しい思い出が次々と甦り、どういうわけか体がホカホカしてきて、沈んでいた気持が癒されてくるのです。それは、傲慢でどうしようもない私でも、すべてを包み込んで赦して貰えるというような感覚です。母親に対する自分を内観したことで、体調も回復し、非常に穏やかな気持で集中内観を終えることが出来ました。

集中内観は、私にとって毒を出す手術の期間だったのかも知れません。その後、今までの痛みや苦しみから解放され、自然体の安らぎが得られたという気持がします。内観後の変化として、一番の実感は「生きるのが楽になった」ということです。「肩ひじを張らず生きても大丈夫だよ」と誰かが言ってくれている気がします。家族や同僚や友人に対して、一人一人丁寧に大切に接することが出来るようになりました。自分が変われば、相手も変わり、人間関係が楽になったような気がします。熟睡して、すっきり早起きが出来るようになりました。内観をしている夢をみたり、自分が生まれ変わるような夢も見ました。それも、夢からのメッセージとして、素直に受けとめています。なぜか、お酒も飲みたくなくなりました。体調が良くなり、仕事の能率が上がり、家事も効率よくこなせるようになりました。家では、何気なくつけていたTVを消して、静かな時間が流れるようになりました。内観によって生じた、このような変化の全てが「楽になった」という、私の実感につながるのだと思います。

 内観の素晴らしさは、実際に集中内観を体験してみないと伝わりにくいかも知れません。それでも、色々なことで悩んだり苦しんだりしている人たちに、私が体験した内観のよさを伝え、少しでも楽になって欲しいと思っています。そして、私自身が内観によって得られた啓示を忘れず、自分の生活に日常内観を取り入れて行きたいと思っています。

集中内観を終えてから十日経ちましたが、黄色いライトの灯った屏風の中の雰囲気が懐かしくて堪りません。また、必ず内観しに行きたいと思っています。

 

 今回は、ウーマンライフ社の第4回【家族のこころ・子どものこころ】のコラムに掲載された文章を紹介したいと思います。本文に登場する少年たちの名前は仮名ですが、ストーリーは全くの創作というわけではなく、実際に筆者がスクールカウンセラーとして体験した出来事がヒントになっています。

 

 

 「カレーライスをおいしく食べるには、どうしたらよいでしょうか?」

 小学2年生のクラスで、給食のカレーライスを前に担任の直子先生が子どもたちに聞いた。「カレーの上にご飯をかける!」と大きな声はサッカー少年の元気君。「それよりもご飯にカレーをかけたほうが食べやすいです」と答えたのは、学級委員の美羽さん。他にも「卵を入れる」「トマトを一緒に煮込む」などいろんな意見が続出。そこで、先生はクラスでいちばん大人しく体の小さい静夫君を指名した。

「カレーライスはみんなで食べるといちばんおいしいです」と静夫君が答えた。小さい声ではあったが、クラス中がシーンとなった。彼は一人っ子である。生まれる前に両親が離婚したので父親の顔は知らない。母親は女手一つなので朝も早くから仕事へ出掛け、夜も遅い。家では、いつも一人だけの食事が多く、学校の給食だけがみんなと食べる唯一の時間なのだ。大家族から核家族になって久しいと思っていたら、いつのまにか「孤族」の時代が到来。いま、この国でもっとも必要とされる栄養は、「人間関係」なのかもしれない。