2011年12月アーカイブ

表題のタイトルの本(生活書院 201111,1)が著者の谷口輝世子氏より本学(奈良女子大学)の子ども学プロジェクトあてに送られてきたので、プロジェクトの代表者としては返事を書くために目を通してみた。

著者は二人の男の子をミシガン州で育てている日本生れの女性である。

 その本によれば、アメリカの公園には「18歳以下の子どもは、大人の付き添いが必要です」という看板が立てられているというのだ。驚いたことに、州によっては、それに違反すると法律によって育児放棄とみなされて、親が逮捕されて罰則があるというのである。今の日本では考えられないことであるが、1973年にアメリカで生まれた著者の夫が子ども時代には親に付き添われて遊んだことはなかったらしく、アメリカの今の状況は最近になってのことだという。

ということは、日本も近い将来、同じような看板が公園のあちこちに立つようになるのだろうか。これまでの歴史を振り返るとアメリカで起こったことが数年後には日本でも起こってきたからである。

 日本との比較で興味を引いたのは、たとえば,彼女の子どもたちが通う小学校について紹介している箇所があり、こう述べている。

「担任の先生は教室のなかだけでしか子どもたちと付き合わない(私は先生方が授業の指導に専念できるので悪いことではないと思っている)。休み時間の外遊びや昼食の時間には、専門の職員が子どもたちの面倒を見る。休み時間には『お昼のスーパーバイザー』と呼ばれる人たちが校庭に立って、外部からの人に目を配ると同時に、子どもが危険な遊びをしていないか注意する。」というだけでなく、「登校時と下校時は、校長先生や親がボランテイア活動で、校門の車寄せにずらりと並んだ保護者の車のドアを開け、子どもを車から乗り降りさせる光景は私にVIP待遇とかセレブとかいう言葉を連想させる。」というくだりを読んでいると、違和感を覚えてしまうが、これも訴訟の国の行きつくところなのかもしれない。日本も弁護士を増やしていこうとしているが、常識よりも法律が優先される社会を推し進めてよいのだろうか、気になるところだ。本書には笑うに笑えないエピソードが紹介されている。

 「ある学級では、先生も含め、子ども同士でも他人の体に本人の許しなしに触ることを禁じていた。性的嫌がらせなどの問題を避けるためである。ある日、小学校二年生の子どもがかんしゃくを起こして、教室内で激しく泣き出した。本来なら先生が抱きかかえて他の部屋で落ち着かせるところだが、子どもに触ってはいけないという規則があるため、泣き叫ぶ子を、親が迎えに来るまで、そのままにせざるを得なかったという。」

 そういえば、この国でも奈良県では、「子どもを犯罪の被害から守る条例」が平成17年7月1日に発布されて以来、道路でやんちゃをした子に他人が注意を与えたり、泣いている子に声をかけたりすると警察に通報されて逮捕されてしまうのだ。

すでにこの国もアメリカとなんら変わらない状況になっているようだ。

村井久晃

(大和内観研修所研修生)

 

(前号よりの続き)

シンポジウムの最後に登壇したのは、奈良女子大学文学部教授、真栄城輝明先生であり、「サイコセラピーとしての内観」についてと題して話された。真栄城教授はご自身と内観の出会いから話し始めました。教授の話によれば、アルコール依存症のチーム医療を行っている病院で勤務をされていた頃、臨床心理士としてアルコール依存症のカウンセリングを行ったところ、たちまち暗礁に乗り上げたらしく、それを打開するために参加した研究会の場で内観のことを知ったようです。そこでご自身も集中内観を体験されたらしく、その体験をもとに病院の中に内観を持ち込んだとのことでした。初めはしかし、集中内観ではなく、分散内観(記録内観)を導入され、2つ目の病院で集中内観を取り入れることができたとのことでした。

私も集中内観を二回体験したが、記憶の奥底を、まるで井戸の中を素手で掘っていくような感じで、自分の過去を調べていたが、途中、自分の問題を直視することが辛くなって、観ないように避けていた。ところが、繰り返し調べていくうちに、隠していたものまで出て来て、我ながら驚きであった。何しろ素手で掘っているようなものなので、手は腫れて、怪我をした手で掘っているような辛い内観であった。

それでもお世話になったことを思い出すうちに、不思議と自分の心が満たされ強くなっていくように感じられた。これまでは考えないようにしてきた迷惑をかけたことが次から次に思い出されて、罪悪感を正面から受け止めることができるようになった。そして、自分は相手(親)からしてもらうことばかりで、して返せたことはほとんどないということにも気付くことができた。それら全てを事実として受け入れるようになったとき、心の底から湧き出てくるような暖かい気持がこみ上げてきた。人が今生きているということは、誰かに生かされてきた、お世話になったということがあるからであって、人は一人では生きられないということが実感できたのである。その実感は自分にとって驚きであった。

 さて、シンポジウムで印象深かったのはディスカッションだった。森田療法と内観療法は共通点があるというイメージがもともとあったのだが、具体的な部分が今回のシンポジウムで垣間見えた。森田正馬が9歳の頃に「死の問題」に直面したことと内観の吉本伊信が9歳の時、妹が夭折したために、「死の問題」と向き合ったことがあまりにも共通していて印象に残った。「死の問題」は、森田療法、内観療法共に重要なテーマだと感じた。

 しかし、共通点ばかりではまったく同じ療法になってしまう。相違点として感じた部分は、最後の質疑応答に対するときの回答を聞いたときであった。

森田療法は、欲望は自然に発せられるもので、否定されるものではないという考えであり、内観療法は意識を総動員して、徹底して事実を見つめることを重視しているという。

森田療法、生活臨床、内観療法の第一人者である先生方のお話をお聞きすることができ、本からは得られない臨場感を味わいつつ、直接、肌で感じることにより学ばせてもらったことの意義は大きいように思った。

とくに私のような臨床心理の初心者にとっては、本を読むより実際に目の前で講師の話を聞くほうがよく理解できた。シンポジストの方々の事例(体験談)や話し方の強弱、身振りなどで何が重要なのかが伝わってきたからである。

最後に、今回のシンポジストによる一冊の本がこれから出版されるらしい。司会の秋田巌先生がシンポジウムの始めと終わりに繰り返しそのことを話しておられた。発行されるのは、来年になるようだが、その日が待ち遠しい。当日は、13時から17時までの4時間という長時間のシンポジウムであったが、興味深い内容に聞き入っているうちに、つい日が暮れているのも気づかないほどであった。今後の私自身の課題としては、今回は聞き手として受け身の参加であったが、次回には知識を蓄え話の内容を様々な観点から捉えられるようになり、質疑応答に参加できるようになりたいと思った。今後、精進を重ねるつもりあるが、この度は私の教育のためにシンポジウムへお誘い下さり、そのうえ印象記を書く機会まで与えて下さった真栄城先生に対して深く感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

 

たしか2002年頃からだと記憶しているのですが、当研修所が研修生を受け入れるようにしたのも、若手の育成こそ内観界には必要なことだと感じてのことでした。研修を終えた研修生のなかには、独立開業した人や、研修で身につけた技量をそれぞれの職場で活かしている人などさまざまですが、研修プログラムはいまだ試行錯誤の最中であり、発展途上の段階といってよいでしょう。研修生の力量を考慮しつつ、学びの場を外に求めることもしています。今回は、新入生ということもあり、京都文教大学で開催されたシンポジウムに参加してもらい、そこで学んだことをレポートさせてみました。学ぶ力を見たかったからです。結局、人の学びというのは、その人の力量のぶんしか学べないように思います。このことは大学で学生たちのレポートを読んでいると痛感させられることです。今回のレポートはメモを手掛かりに記したようですが、ポイントはうまく抑えてあるようです。実際のレポートは長文なので、本欄用に短縮してもらいました。以下には、研修生のレポートの一部を掲載しますが、紙幅の都合で2回に分けての連載になります。

 

村井久晃

(大和内観研修所研修生)

 

去る2011124日に、この国で唯一の臨床心理学部を開設しているという京都文教大学に於いて開催されたシンポジウムに参加してきた。

私にとってシンポジウムというものへの参加は初めての体験であった。予備知識を得るために辞書でシンポジウムについて調べたところ、「討論会」「研究発表会」とあった。

今回のシンポジウムを企画したのは司会を担当した京都文教大学の秋田巌教授であり、テーマは、「日本の心理療法 思想編」となっていた。どうやらシンポジウム後にはそのテーマを冠したタイトルの本が出版されるようであった。

さて、シンポジストには「日本」の心理療法に携わる第一人者の先生方(3名)が登壇された。最初のシンポジストは森田療法研究所・北西クリニック院長、北西憲二先生で「東洋における人間理解と森田療法」について講演された。演題には「東洋における人間理解」というキーワードが示されていた。講演を拝聴して、北西先生が伝えたいことは、日本人には日本で生まれた心理療法が最適であるということだと思った。

今や400種類を数えるまでになった心理療法は、そのほとんどが欧米で生れたものだという。それらがこの国にまで輸入されてきたが、北西先生は森田療法を「原始仏教(仏陀)、浄土真宗(親鸞聖人)、禅」という日本文化に内包されてきた自然論として捉えておられるようであった。森田療法が日本人の文化に合わせた心理療法であり、まさに「東洋の人間理解」を可能にする心理療法であるということを知ることができた。

お話を伺っていて、森田療法の特徴として挙げられたことは、「あるがまま」ということであった。欲求があるから恐怖があると先生は話される。「死は恐れざるを得ない、怖いモノは怖い。欲望はあきらめることはできない、あきらめきれない。苦悩は苦悩として、現実は現実として(あるがまま)不安を受け入れる」ということが必要だといわれた。

不安にずっと意識が集中し、それを受け入れられない状態が「とらわれ」であるという。「こうあるべき、こうでないといけない」と自分を縛ってしまう人に対して、森田療法では、人をコントロールすることを断念し、価値づけを否定し、症状を受容し、現実の自己を受け入れることが大切なことだという説明であった。

 二人目のシンポジストは高知大学医学部神経精神科学教室教授、井上新平先生であり、「生活臨床の時代」というテーマで話された。統合失調症患者が昨今、社会復帰に促され、病院から地域へと移りつつある中、そのような時代背景も含めこの題目にされたのだと思った。井上教授によると生活臨床は昭30年代に分裂病再発予防計画の間にできたそうだ。

まず、統合失調症患者を理解することが大切であることを述べた後、彼らの生活類型には二つあり、能動型は「生活に不満をあらわして、飽きっぽくて、人に任せることができなくて、現状に安住せず、変化と拡大を作りだそうとする」というタイプだそうだ。能動型には生活を拡大させすぎないように、具体的な課題をはっきりさせて、現実に立ち直らせてあげるということを重視されているとのことであった。もうひとつの、受動型は「変化することをきらい、すべてを人任せにしてしまう」というタイプだという。このタイプには、急な変化を避けて周りの人が支援してあげることが肝心であると解説された。そして、どちらも再発を最小限に抑えるために細心の注意を払う必要があるとのことだった。

さらに、井上教授はこうも話された。治療戦略として「言葉は信用しない(本人も自分自身がわからないから)、精神症状よりも生活を重視して、なるべく薬に頼らないで生きていけるようにすることが大切だ」と。また、そのうえで父母世代と患者世代が課題を共有し、仲間・集団を基軸とすることについても言及されたのが印象に残った。(次号に続く)

前回の本欄に、次回は学生のレポートを紹介すると予告しましたので、今回は了解の得られた大学院生のレポートを掲載したいと思います。院生の中には、社会人学生もいて、すでに援助職のプロとして活躍中の人たちがおります。したがって、授業では内容の深い話題が提供されることが少なくありません。今回のレポートはそのひとつです。

 

志野 泰子

(人間文化研究科生活健康 M1)

 

前回の授業の中で、先生が説明された「嗜癖問題に対応するときのキーワードは、家族問題という視点である。」という言葉から、果たして今まで私は、嗜癖問題に苦しむ地域で暮らす家族や患者本人に対して、その視点を見失うことなく対応できていたのだろうかと考えさせられた。嗜癖問題をかかえた事例の中で、再発した事例、つまり当時の支援がうまくいかなかった事例をふり返ることで家族問題という視点がいかに大切であったかを考えたいと思う。その事例の一つは、警察からの通報で関わることになった事例である。大声で叫びながらつじつまの合わない言動で隣の家の玄関ドアをたたき、その家に押し入ろうとしている男性を、その家人が警察に電話して発見された無職の男性だった。男性との面会から、精神疾患ではなく薬物依存の可能性が出てきたため尿検査の結果、やはり薬物反応が検出された。その家族は、父親は単親赴任、母とその連れ子(弟)の3人で暮らしていた。母親は、はれ物に触るように接してきたという。今回の事件は、来るべき時期が来たという捉え方だった。父親には連絡したが遠方なので、すぐには家には帰って来れないため、継母だけが警察に来ていた。この事例に対して、私は、父親に会うこともなく、結局このケースは、これだけの対応で終了した。

そして、事件は再発した、薬物依存という嗜癖問題に家族問題を掘り下げ、根本的な問題に対応していかなければ対症療法をしているだけでは、同じことが繰り返され、ますます重症化してしまうのだ。なぜ、彼が薬物依存になってしまったのかを家族問題として深く入り込む必要があったと悔やまれる。

また、アルコール依存症患者の若い女性の対応についてもそうだった。彼女は、当時、お酒しか受け付けず、他の食物は一切取れない状態であったときに相談に母親が来所した。彼女の生育歴は、幼児期から両親の喧嘩が絶えない中で育った。父親は酒をのむと母親に暴力をふるい、やがて両親は離婚、彼女は自分の感情を抑え、いい子でいようとしたという。幼少期に「ありのままの自分自身を受け入れる」という、本来人間に必要な健全な自尊心を十分に育むことができないまま大人になったのである。社会の中でいきづらさを背負ったまま彼女は、やがてアルコールで心の葛藤をごまかしてきた。だのに私は、この事例を家族問題として取り上げ対応することを、十分できていなかった。家族問題が解決していない状況のまま、この事例へのかかわりは終了した。根本的な家族問題に入り込まなかったことでアルコール依存は、男性友達との再会で再発した。 

今回の授業で「嗜癖問題を扱う者は、嗜癖家庭を扱うのだという視点が必要だ」ということを確信した。とくにその家庭の弱者(このケースは、本当の弱者が誰かを見極めないままだったが。)をみつけ家族そのものを支援していく大切さを再確認できた。嗜癖問題は、家族の機能不全の歪みの中で生まれ、家庭内のある種の悪循環のコミュニケーションを媒介にして進行しているということなのかもしれない。嗜癖問題の本質を理解し、嗜癖者本人や家族の苦しみを理解し家族関係に介入することを地域の支援者としてきっちり対応するべきだったのである。

結論をのべると家族全体としての回復を目標としていたならば、本当の問題が見えたのだろう。アルコール依存症を薬や本人だけの強固な意志だけで治癒することは、ありえないと言葉でわかっていながら正しく理解していなかった。彼女は、機能不全家族で子ども時代を送らなければいけなかった。子どもらしく親を信頼したり、甘えたりする事が出来ず、いつも親の顔色を窺って恐怖に怯えながら生活していた。だからこそ健全な精神の発達をすることが難しく、未成熟な精神と身体で、大人になっていったのである。彼女自身の考えや気持ちを言葉に出して訴えたりしたことが多分なかったのだろうと今なら想像できる。彼女はやせ細り、お酒以外は口にしない状態で、男友達との外泊を繰り返していた。「このままでは、死んでしまう」確かにこの時は、命を守ることが優先されたが、退院後からが本当の支援であることを今回の授業から学べる機会を得た。今後は、嗜癖問題をかかえる地域の人々への対応は、家族をひとかたまりとしてみながら本当の問題がなにであるのかを見極められる支援者として研鑽していきたいと思う。

 

 

「嗜癖問題」を考える

 

<嗜癖とは何か、手元のデジタル大辞林によれば「あるものを特別に好む性癖」とある。嗜癖は英語にすると『Addiction』である。ところが、英語の『Addiction』は、日本語の嗜癖よりも幾分強い意味を感じさせるものがあり、『嗜癖問題』というふうに『問題』をくっつけて呼ぶほうがふさわしいように思われる。臨床の場で遭遇する『嗜癖問題(Addiction)』は、単なる嗜好とは違って、嗜癖者本人はもとよりであるが、それは家族や周囲の人をも巻き込んで、困った事態が発生している場合が少なくない。より適切な日本語を探せば、むしろ『耽溺』と言ったほうがよいだろう。いったんその耽溺状態に陥ってしまうと容易には抜け出せない。「わかっちゃいるけどやめられない」という事態である。そこまでくると『依存症(Dependence)』という診断が下されよう。そして、回復するためには様々な援助が必要になる。内観療法も有効な治療技法のひとつになっている。>

以上の前置きで先々週の「臨床心理学」の授業で「嗜癖問題」について講じたところ、思いのほか学生の反応がよく、先週のレポートには様々な嗜癖問題が綴られて、なかには匿名ではあるが、自分の問題を開示してくれる人まであらわれた。

これまで内観研修所を訪れる『依存症(Dependence)』と言えば、アルコール、各種薬物、有機溶剤などの〔物質嗜癖〕やギャンブル、摂食障害、買い物依存、窃盗、放火などの〔行為嗜癖(プロセス嗜癖)〕が多かったのであるが、情報化社会の時代なってからというものは「携帯依存」「ゲーム依存」「恋愛依存」「セックス依存」「共依存」などの〔関係依存〕と言われる方々が増えてきたことと相まって、若い学生たちには自分たちの問題として受け止めて、熱気ある授業になった。もし、受講生の了解が得られれば、次号には学生のレポートを紹介しようと思う。