2012年7月アーカイブ

本文は、第35回日本内観学会大会(堀井茂男大会長)に中国から参加した精神科医による大会参加印象記です。元々は内観研究誌への寄稿されたものですが、本欄にも紹介しておきます。

 

陳 青

(上海市嘉定区精神衛生中心)

 

 六月の岡山は快晴に恵まれ、とてもいい天気でした。上海交通大学医学院附属精神衛生中心の王祖承教授を筆頭に、中国内観療法学会の会員が中国全国から集まって、総勢32名の代表団を組んで岡山で開催された第35回日本内観学会大会に参加ました。

私たち32名は、日本内観学会の会員の熱烈な歓迎を受けて、忘れられない楽しい日を過ごしました。ここで過ごしたひと時は、私たちに中日友好のよしみを感じさせてくれましたので、本欄を借りまして、改めて、日本内観学会の学者の真剣な取り組みに感動させられたことをご報告したいと思います。

 623日に、中日の内観関係の学者たちは、岡山市衛生会館(三木記念ホール)で、日本内観学会大会の開幕式に参加しました。そこで、大会長の堀井先生はまず中国から参加した学者を紹介してくれました。開幕式の後、私たちは日本内観学会会員による研究発表の一部分を聞いた後、中国の参加者のために用意された会場に移動しました。奈良女子大学教授の真栄城輝明先生と大阪内観研修所所長の榛木美恵子先生は、一緒に中国会場に移動されて、活発な討論に参加し、私たちとの交流を図っていただきました。王祖承教授の「内観療法が中国で発展する現状」、陳俊医師の「うつ病残留症状に対する内観療法の対比研究」、孟玉栄心理士の「内観療法と心理士の体験力」、何蕊芳医師の「内観療法と家族」、白雪医師の「内観療法は人生を幸せに感じさせる」、趙朋医師の「和―内観療法と日本伝統文化の関係」という六つのテーマの研究発表が行われました。

 研究発表を終えて、昼食をとった後、中国からの参加者は、日本の奈良女子大学に留学中の大学院生(2名)も一緒に、日本の精神科医療施設を見学しました。総勢34名は2班に分かれて、それぞれ二つの医療施設(病院)を見学することになりました。一つのグループは岡山県精神医療センターであり、もうひとつのグループは慈圭病院を見学しました。私たちは、精神科医療に従事する日本の同業者と交流したうえに、岡山の特産品をお土産にいただきました。

王祖承教授によれば、現在、日本で起こっている精神衛生にまつわる諸問題は、近い将来の中国が直面する問題かもしれないと解説していました。そこで印象に残ったことは、日本の精神病院の清潔な環境と患者を大切に見守る理念は、私たち中国の精神医療にかかわる者に強いインパクトを与えました。

 岡山の夜景はとてもきれいだと思いました。私たちは三光荘で開催された懇親会に招かれて、ピアノや筝の合奏を聞きながら、おいしい料理をいただきました。本当に楽しいひと時を過ごすことができました。特に、太鼓の演奏は参加者の心を震憾させ、日本人のメンバー同士が呼吸を合わせて一致協力して素晴らしい太鼓の音を聞かせてくれました。そこに日本人の団結心や不撓不屈な精神を感じた次第です。

 前学会長の巽先生は32名の中国からの参加者に対する歓迎の言葉の中で、内観が今後ますます中国で発展していくこと祈ります、と話されました。王祖承教授は「第35回日本内観学会大会の成功を祝いつつ、来年は、中国において第4回中国内観療法学会大会が開催される予定です。ぜひ日本からもぜひたくさんの方が参加いただきますようお願いします。」と述べた後、用意してきた横断幕を広げて来年の中国で開催される中国内観療法学会大会を書画によってPRしていました。そのほか内モンゴルの精神科医たちは、ミルクティーをお土産として、参加者に振る舞い、内観の発展を祈りつつ、中日の友好関係が永遠に続くことを訴えていました。

 そして、榛木先生は私たちに果物や粽を持ってきて、今日は中国の粽を食べる日だと言って、一緒にそれをいただきました。

 日本癌協会に所属しているという学者が、「ひとは誰でも、どんな年齢でも、自分が癌になったことを知ったら、自分も家族も崩壊寸前になります。そんな時こそ内観は、患者に生活の希望や幸せを与えてくれます。」と言った言葉も印象に残りました。

 日本内観学会の評議員を務める長田先生は軽快な音楽のリズムに乗って、心臓マーサジでもするかのような仕草で踊り、一人一人に声をかけ、中国からの参加者をステージの中央まで誘い、みんなと一緒に心臓マーサジの仕草をして、親指でお互いに"good .very good"と掛け声をかけあって参加者全員の心を一つにしてくれました。

 閉会の辞は、真栄城副理事長が行いました。真栄城先生は、閉会式の挨拶の中で、「現在、政府のレベルでは日中両国の関係が困難な事態に直面しているようですが、民間レベルでの交流は、今夜の懇親会が示してくれたように、今まで通り、否、このような情勢だからこそ、よりいっそう連帯を深めていく必要があります。日中両国はもとよりですが、世界の平和のために内観は必ずや役に立つと思います。内観を通して、私たちはお互いにしてもらったことやして返したこと、さらに迷惑をかけたことをしっかりと認識して、お互いを認め合い、お互いに感謝できるようみんなで一緒に精進していきましょう。」と述べて、参加者から大きな拍手が沸き起こりました。

最後に、第36回の日本内観学会大会が和歌山で開催されることがアナウンスされました。確かに、永遠の平和と友好は、中日の共通する願いだと思います。懇親会は二時間余に及んで繰り広げられました。中日両国の参加者は、おいしい料理を食べながら、なかには学術に関する問題についても話し合っていました。今回、日本内観学会大会に参加して、私たちは日本の学者が中日の友好関係を重視していることを知りました。そして、これまで以上に日本の文化や精神の中身を感じることができました。ありがとうございました。

 

               (翻訳:奈良女子大学博士前期課程 立群)

 

今回紹介する一文は、別の意図で書かれた原稿から一部を抜粋したものであり、著者は最近、内観を体験された法科大学院の院生です。前文を省略したために、読者にとっては不自然な書き出しのように思われるかもしれませんが、ご了承ください。

 

土橋義範

(甲南大学法科大学院院生)

 

 

最後に私の前職の学習塾業界の実状を紹介させていただきたいと思います。

みなさんの最寄り駅であたりを見回してちょっと学習塾を探してみていただきたいと思うのです。意外に多くの塾があることに驚かれると思います。

そしてその塾の多くが一部有名塾を除いて個別指導塾であることに気づかれると思います。

今塾業界は集団授業をする集団塾と個別型にわかれており、学校の勉強をフォローすることが目的の補習塾はほぼすべてが個別型になります。

 この個別塾にはもう一つの特徴があります。昔ながらの塾長が自宅の一部を改築して教室にするといったタイプは見られず、そのほとんどがチェーン店やフランチャイズ教室として運営されていることです。

 これらの教室は社員が室長として教室に常駐して学生講師をアルバイトとして雇い教室をマネージメントします。

 社員は基本的にはマネージャーであり、自らが教務をすることは経費の節約として推奨されることはありますが、保護者対応や全体管理の都合があり仮に教える意欲があったとしても自由に教えることはできません。

 そもそも塾業界は教員に引けをとらぬ熱意を持つ人も多くいるものですが、主にマネージメント能力を求められる個別指導塾は彼らに人気の業態とは言えないのが実状です。

 他業種からの転職組みも多く子どもを教える仕事は初めてという人材がいきなり室長になるということもよくあることなのですが、研修制度は極めて不十分です。

 理由は、実は個別指導塾が講師人権費がかかることから利益率が低く教室の多くは社員が1人で教室をまわす厳しい環境です。

畢竟、ノウハウは1人で身につけていくことになり、とてもじゃありませんが勉強に苦手意識を持った子どもを観察して押し付けずに対処していける人材は育ちにくいのです。

 私は社員時代通産で3000回ほど授業をしていたのですがその経験を通じて気づいたことがあります。

 子ども(特に小学生で)勉強に関心がないという子は実は少ないということです。どんな子でもできるようになりたいと思っています。勉強ができないのでなく興味、過度の苦手意識、不安、緊張、ストレスによる意欲の低減などなど。勉強に集中できない事情があるのだという理解が正しいように感じていました。勉強がねっから嫌いなのでなく、注射に痛みしか連想しないように勉強に苦痛しか連想しない習慣が塾や家庭で形成されているのが実状なのです。

 しかし、意欲ばかりで人の心への理解や洞察の低い大人がこれらの子を指導するとどうなるでしょう?きっと純粋な親切心と誤ったアプローチで無理にやらせたささいな結果を指導の成果と考え、勉強にも他のことにも消極的で受動的な子どもを量産していくのです。

 内観面接の有資格者は内観面接に対応できるスキルと人格を有するだけでなく、人の心を深く理解する心理のプロとして、またコミュニケーションのプロとして社会に広く活躍できる可能性があると信じます。

 「こんな面白いことやめられまっかいな」

そんな独り言をいいながら対人援助(内観面接)をする人材が本会(日本内観学会)からたくさん出たら楽しいと思うんですね?いかがでしょう。

以上、生意気なことを申し上げて失礼いたしました。ありがとうございました。

 

713日の金曜日のことですが、表題の本が私の手元にやってきました。著者は林草布子さんという岩手県出身の元教師です。長く特別支援学級の担任をされた方で、その時の体験をもとに生まれた作品のようです。2009年と2010年にも著書を贈呈していただきましたが、その2冊は詩集でした。本書は3冊目の著作になりますが、前2冊とは趣を変え、童話として出版されたようです。全文で44頁という薄さも手伝って、扉を開くと夢中にさせられ、一気に最終章の出口まで来てしまいました。息子の視点からアスペルガーの母親を描写するというユニークな筋立てになっており、アスペルガーの特徴を分かりやすく描き出しています。アスペルガーに関心のある方には、是非一読していただきたい本です。本欄には、小学校一年生の息子が母親あてに書いた手紙の部分を抜き出して紹介したいと思います。

 

ぼくからママへ

ママ、これは、夏休みの宿題の手紙です。ぼく、こんなに楽しくてまちきれないって思った宿題ははじめてです。ぼくね、おばあちゃんたちやパパからママの話を聞いて、しあわせな気分になったよ。ぼくが生まれたことをみんなよろこんでくれたんだなあってとてもうれしかったんだ。ママがぼくに会いたいって思ってくれたおかげだね。ありがとう。一このありがとうじゃたりません。ありがとうの百こ分、ありがとう、ママ!

ママは英語の天さいだけど、ほかにもいっぱい天さいなところがあります。世界中の時こくを知っていて、風子おばあちゃんが「今、こうすけおじいちゃんのところへ電話しようかしら」って言うと「今、アメリカのボストンは夜の十時半だから、まだおきているでしょう」ってすぐ言えるところ。ぼくが、勉強どうぐをそろえようとすると、なにも見なくても、すぐ明日の時間わりを言ってくれるところ。パパが出かける時、かさをもっていくかまよっていると、「今日のこの地いきのこう水かくりつは二十パーセント」って教えるところ。夜のさん歩の時、月と星の話をいっぱいしてくれるところ。ママは本当にやくに立つ天さいです。ママはぼくの自まんです。ぼく、しょう来のゆめがきまりました。アメリカの大学へ行って何かをけんきゅうします。でも、ぼく、英語がぺらぺらじゃないから、ママに一しょに行ってもらってつうやくをしてもらいたいです。でも、ママはパパが一しょだと安心だから、パパもつれていこうね。

ママ、仕事をやりすぎて、病気にならないでください。この前、パパもぼくもいない時、ごはんを食べるのをわすれて仕事をしていて、だっ水しょうじょうをおこしたね。ぼく、心配でたまりませんでした。ぼく、びんぼうでもいいから、ママ、仕事、やりすぎないでね。

もう宿題プリントがなくなりそうなので、さいごです。

笹野友寿

(川崎医療福祉大学教授)

 

 平成24年6月22日(金)~24日(日)岡山衛生会館・三木記念ホールにて、堀井茂男大会長のもとで第35回日本内観学会大会が開催された。

 数日前から強い雨が降り続いていたが、大会開始時刻に合わせたかのように雲の合間から陽がさしてきた。岡山県のキャッチフレーズは「晴れの国・岡山」。岡山はたしかに晴れの日が多い。ただし"ハレ"の国とはいうものの、質素を重んじる県民性ゆえに"祭り"マインドにはやや欠ける。夜の歓楽街がこれほど静かな県庁所在地は、日本中で岡山ぐらいなものであろう。ちなみに筆者は岡山生まれの岡山育ちである。さて、旭川に架かる相生橋を渡って大会会場に向かったが、昭和50年代の岡山を舞台にした青春小説、原田マハ著「でーれーガールズ」に出てくる鶴見橋は、ここから800メートルほど上流にある。

 抄録集を見ると、大会の総合テーマが「不安多き時代に内観のさらなる普及・発展を!」と打たれていた。筆者は、人間には"反省本能"があると思っているのであるが、内観の普及・発展によってはじめて、その本能は満たされることになるであろう。

 第1日目は会員限定で、夕方からパネルディスカッション「日本内観学会認定内観指導者について考える」があった。認定制度については容認する意見が多かったが、新たなヒエラルギーを作り出すだけではないのかといった意見もあった。吉本伊信は「集中内観を体験した人は面接者になれる」と言っていたが、今はそのようなことが通用しない社会情勢なのであろうか。橋口勇信が見よう見まねで独居房で内観をはじめたような時代は、もう過ぎ去ったのであろうか。それはともかくとして、認定制度ができた暁には、内観の定義を内外にはっきり示すことが何よりも重要だと思った。

 第2日目の特別講演Ⅰ「支持的精神療法と内観・内観療法」の講師は、青木省三川崎医科大学教授である。「どん底療法」という言葉を交えつつ、若い精神科医を指導された経験などをもとに話された。今までわかっていたつもりの支持的精神療法であるが、実は筆者の考えの及ばないほど深いものであることが思い知らされた。患者さんの気持ちに寄り添うとはこういうことだったのか、と気付かせてもらったことは大きな収穫であった。

 特別講演Ⅱ「統合的アプローチから内観療法の特質と可能性を考える」の講師は、村瀬嘉代子北翔大学大学院教授・大正大学教授である。過去にひどく心的ダメージを受けた内観者が、スイスで行われた内観セミナーにおいて、氏との交流によって回復していく姿が紹介された。村瀬氏のきめ細やかな心遣いを知って「そこまでするのか!」と感心させられ、筆者のごとき俗物には到底真似できない芸当に思われた。しかし、治療の基本は人と人との心の通い合いであり、専門家にはそれを実現するだけの実行力が求められることを教えられた思いがした。

 シンポジウム「精神療法としての内観・内観療法」のパネリストは、下山晴彦東京大学教授、中村敬東京慈恵会医科大学教授、長田清長田クリニック院長、真栄城輝明奈良女子大学教授である。それぞれ、認知行動療法の「マインドフルネス(気付き、注意集中)」、森田療法の「とらわれからの脱却」、ポジティブ心理学の「レジリアンス(回復能力)」などの概念を用いて、内観との関連について解説してくださった。真栄城輝明氏は「仏教カウンセリング」について紹介し、東洋の心理療法は自我を表現するのではなく自我を滅却することに主眼を置いており、つながりの中で人は人としてはぐくまれているのだと述べられた。さて、全体を通しての印象は、それぞれの療法はまるで生き物のように自らの理論体系を発展させており、他の療法理論を取り込もうとするどん欲さを感じた。

 長かった第2日目が終わり、会場の隅に目をやると、目立たないようにして三木行治元岡山県知事の遺品が展示してあった。三木は臨床医であったが、厚生省局長を経て岡山県知事となった。生涯独身で清貧を貫き、「私なき献身」という言葉で象徴される滅私奉公の姿が認められ、昭和39年急逝する20日前、アジアのノーベル賞といわれるラモン・マグサイサイ賞を日本人ではじめて受賞した。県民からは桃太郎知事の愛称で今なお親しまれている。さて、展示コーナーの感慨を胸に、夜の懇親会会場である三光荘まで川沿いを移動した。懇親会は、チベットや中国など外国からの参加者も大勢みられ、言葉はうまく伝わらなかったがなぜか大いに盛り上がった。

 第3日目の教育講演「内観研修所が伝えていく内観」の講師は、清水康弘瞑想の森内観研修所所長である。瞑想の森で集中内観した、プロ野球福岡ソフトバンクホークスの小久保裕紀選手、同倉野信次コーチ、女性漫画家ひぐちアサさんの話などが紹介された。人が乗り越えなけらばならない最後の壁は、それを突き詰めていくと心のあり方の問題に帰結し、内観こそがその答えに導いてくれるものであると確信した。

 午後からの市民公開講演Ⅰ「吉本伊信と内観」の講師は、本山陽一白金台内観研修所所長である。内観の創始者吉本伊信は、すべてを内観者に捧げた人生であった。毎週数10人が内観研修所で内観していた頃、吉本伊信は最後のドロドロに汚れた湯船につかったそうである。また、内観者の食べ残しも食べたとのこと。世間には様々な療法があり、それぞれ時代の要請に合わせて変貌を遂げているようであるが、内観は吉本伊信によって完成され、たとえ世の中が変わろうとも悩める人々を十分に救うことができるものであろう。

 市民公開講演Ⅱ「内観で心も体も晴れやかに」の講師は、三木善彦帝塚山大学名誉教授・大阪大学名誉教授である。どうしても内観できないと言う女性の事例を紹介された。最初はまったく内観にならず不平不満を語り続けたが、氏は辛抱強く聞き役に徹したとのこと。そして、1週間目にしてようやく正しく内観を始めることができた。それからは内観が一気に深まり、深い内省と喜びに包まれて帰って行かれたそうである。内観への導入が困難を要する事例においては、氏の取られた対応がその手本となるであろう。

 内観体験発表では2人の女性が体験談を披露してくださった。虐待を受けて育った女性と乳がんと共生している女性であったが、2人ともはつらつとしてユーモアに富んでいた。内観前の姿は知らないが、おそらく内観によってそのようなたくましさが身についたのであろうと想像した。

 3日間の大会を終え、疲弊して腫れぼったくなった体を会場の外の旭川の風に晒してみた。さまざまな反省を込めて。

「心とは何か」を「子ども教育臨床学」の授業で受講生に考えてもらったところ、じつに様々な考えが出された。ここにはその中から二人の受講生の意見を紹介しよう。

 

石野日香里(教育人間学コース・3回生)

 

「心」というものを取り出して扱うこと自体、最近、違和感を持つようになった。別の授業で心身二元論が登場し、「身体」とは別に「心」というものが想定されている。今この瞬間、私の「心」は何をしているのか?与えられた課題について考えているのが「心」の働きなのか?窓から入ってきた風を感じ、涼しいなと感じているのが「心」の働きなのか?今日これからの友だちとの約束を楽しみにしているのが「心」の働きなのか?「心」の正体は分からないままに「心」は様々なことを考えている。しかし、ここで私が今、感じ、考えていることは全て外部からの刺激に対しての身体の反応とも言えるのではないだろうか?与えられた課題に対して「脳」が活発に活動している。入ってきた風も教室内の熱気も「皮膚」が感覚し、「暑い」「涼しい」と反応を返す。夜の友人との約束に備えお昼ご飯の量を減らしたことからくる「空腹感」が夜の約束を想起させる。「心」という一つの器官だけがこうしたことを全て管轄しているとは思えないのである。私は全身のあらゆる器官を使って「感じている」。したがって、「心」はある一つの機能を持ったものではないと言えるだろう。 では、一体何なのか?答えは正直、心なんて存在しているのか怪しい。もし私が何かの病気で皮膚・眼・耳・口・(鼻)など身体の持つ感覚がなければ、「思考」することすらできないであろう。もし、外部からの刺激を感じることがなければ、何かを考える「きっかけ」がなくなっても「心」というものが残っているだろうか?疑問である。  

 

松本愛弓(子ども臨床学コース・3回生)

 

今の私にとって祖父母の心に触れることが一番元気をもらう。地域のつながりを大切にしている祖父母は何でもおすそわけをしたがる。畑で採れたものは、良いものからお隣に食べてもらっている。トマトが好きな私は、「せっかく家で採れたものだからきれいなものが食べたい」と訴えたことがある。祖父は「せっかくきれいなトマトができたんやからお隣さんに食べてもらいたいと思わんか?」と優しく笑って答えてくれたのを覚えている。その時はあまり深く考えていなかったが、この祖父の言葉にこそ「心」があると思う。祖父の心がたくさん詰まったトマトは、お隣さんにとってもとびきりおいしい味だったのではないだろうか。祖父母が温かい心を持っているのは、触れた手や笑った顔、その雰囲気からひしひしと感じることができる。そして、私たち家族の心もそのエネルギーで満たしてくれている。きっとそんな「心」を育てるためには、たくさん悩んだり苦しんだりしなければならないだろうが、そのぶん芯の強さと温かさも増していくのだろう。

 

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