2013年4月アーカイブ

2013427日付の朝日新聞によれば、昨年の4月から1月の間に全国の公立小中学校で体罰をした教員が840人にのぼったようです。大阪市立桜宮高校のバスケット部顧問による体罰が原因で生徒が自殺した問題をきっかけに学校や教員の申告が増えたためだと記事は伝えています。つまり今回のデータは、学校や教員による申告に基づいたものであり、生徒や保護者から得られたものではないようです。生徒や保護者にアンケートした結果は、6月に公表されるとのことですが、おそらく体罰の件数はもっと増えるのではないだでしょうか。

ところで、体罰が発生する状況をみてみると、小学校が授業中が52%で最多なのに比べ、中学と高校は部活動が多く、前者が33%で、後者は43%と最も多かったという結果になっているようです。このように社会問題化した「体罰問題」について、日本文化というか、日本人の心という視点から考えてみようというわけで、宗教学者として高名な山折哲雄先生に奈良女子大学の記念館を会場に記念講演をお願いすることができました。

何の記念かというと、臨床心理相談センタが開設された記念です。

各界の専門家(教育界や対人援助職)はもとよりですが、一般市民の参加も歓迎していますので、どうぞふるってご参加ください。

参加費は無料ですが、定員(200名)に限りがありますので、事前に申し込みいただきますようお願いいたします。

お申し込みは下記へ

メールもしくはFAXにて。「氏名(ふりがな)・住所・本講演を知ったきっかけ」を明記のうえ「記念講演参加申込」係(メールの場合は件名に記入)まで。

 ▼場所=奈良女子大学記念館2F講堂(近鉄奈良駅下車、北へ徒歩約5分)

(電話)FAX 0742(20)3584(臨床心理相談センター)

 kokoro-center@cc. nara-wu.ac.jp

 

「奈良女子大学 臨床心理相談センター」が、2013512日に開設される運びとなりましたことを、まずもってご報告させていただきます。

本学の前身である「奈良女子高等師範学校」が開校されたのは、明治41331日のことでした。それについて、現在の今岡学長は「1907年(明治40年)の帝国会議で、第二女子高等師範学校を関西のどこに置くかの議案についての投票結果は、京都と奈良で131131の同数で、議長裁決で奈良に決まりました。東京女高師は都会で首都に置かれたのですが、奈良女高師は古都に置かれたのです。とても運命的な役割を感じます。」と就任の挨拶の中でひときわ強い感慨を込めて記しておられますが、その歴史と伝統のある本学にこのたび「臨床心理相談センター」が誕生することになったことに、スタッフ一同、何とも名状しがたい運命的な役割を感じて、身の引き締まる思いを致しております。

 と言いますのは、世の中に心の時代が到来したころ、この国の大学に同様のセンターが次々と設置されてきた経緯の中で、本学においては幾度となく計画だけは持ち上がるものの、どういうわけか機は熟することなく立ち消えになってしまう状況が続いておりました。それがこのたび、関係各位が相当な営為を結集した結果、難産ではありましたが、ようやく誕生する日がやってきたからです。

 当センターは、地域社会への貢献を念頭に、幼児期から児童・青年期を経て老年期に至るまでの、この時代の人々が抱える心の諸問題に対して、可能な限り様々な臨床心理学的援助を行ってまいる所存です。周知のように、臨床心理学は応用科学の一つでありますが、諸科学の中では最も若い学問です。基礎心理学(実験心理学、認知心理学、生理心理学など)をはじめ、隣接する医学(精神医学、精神病理学、心身医学、精神薬理学など)で得られた知見を取り入れるだけでなく、他分野(哲学、人類学、社会学、言語学、歴史学、文学など)からも多くを学びつつ、人々の健康と福祉に役立つことを目的とした学際的分野の学問として位置づけられております。

 そこで、当センターは生活環境学部に新設される予定の「心身健康学専攻・臨床心理学コース」の教員(臨床心理士有資格者)が中心となって、この分野における有用な臨床心理士を育てると同時に、地域社会の心の健康に寄与することを目的として、スタッフ一同、力を尽くしてまいりたいと考えておりますゆえ、今後とも学内の関係各位はもとよりですが、学外の関係機関並びに関係者からもより一層のご指導ご鞭撻をお願い申し上げる次第です。

 

 臨床心理相談センター長 真栄城輝明

2013414日記

 表題のフレーズは、熱心な内観者であった森川りう(吉本伊信の妻・キヌ子の母)が生前に残したことばであり、内観界ではつとによく知られている金言です。

 さて、前回の本欄に紹介した「勘七湯」には被災者だけでなく、ボランティアの人たちもやってきたようですが、某大学の学生たちが震災復興のボランティアにやってきたときのエピソードから表題のことばを連想したので紹介します。

勘七湯にお世話になっている被災者の中に高齢の女性がいて、孫のような若い学生たちが訪ねてきてくれて献身的に活動してくれたことがうれしくて、学生たちが帰るという前日に、感謝の気持ちから手元にあった食料品を土産としてほとんど全部持たせてやったというのです。学生たちは、それを断ることもせず、もらって帰ってきたらしく、そのエピソードをある学生がレポートに書いたところ、それを読んだ学長は学生たちを学長室に呼んで苦言を呈した。

「君たちはボランティアをなんだと思っているんだ。震災で困っている人たちを助けに行ったはずじゃないのか。それなのに被災者の方から食料という大切なものをもらってくるなんて、なんと情けないことをしたんだ!」

今回、私たちもまた高橋聖也氏の紹介で、その高齢の女性を訪ねる機会がありました。

わずか小一時間ほどでしたが、家屋が流され、夫や親せきを失った話を聞いて、そのあまりの悲惨さに共に涙すると同時に、たくましく生き延びたエピソードには、安堵と喜びを感じつつ、茶菓子とコーヒーをいただきながら、話しは佳境を迎えてはいたのですが、涙と笑いがごちゃ混ぜのひと時も帰る時間がきておいとますることになりました。すると、件の女性が名残惜しそうに「今度来たら、こごさ泊まって、いがいんちゃ」と初対面の私たちに土地のことばそのままに別れを惜しんで、南三陸町の海で採れたというワカメを土産に持たせてくれたのです。

おそらく学生たちもそう感じたと思うのですが、その高齢の女性が土産を持たせるときに見せた表情には、表題の「豊かだから与えるのではない、与えるから豊かになる」という言葉がぴったりとくるような麗しさが漂っていたのです。彼女は与えることの喜びを熟知していて、私がその姿から連想した人物は、マザー・テレサでした。

〝貧しさは人を美しくする"と語っていたのは、マザー・テレサですが、今回、震災によって家屋を流されほとんどの財産を失ってしまった被災者の方々にお会いして、改めて、森川りうが内観で到達した心境とマザー・テレサの姿が連想され、両者は酷似していることが痛感されたというわけです。