2013年6月アーカイブ

去る62123日のことですが、日本内観学会は第36回大会を和歌山ビッグ愛にて開催しました。そこでは、一般演題が23題、講演6本、シンポジウム2本、合計31本の演題が発表されました。一般演題は同時に二つの会場で行われたためすべてを聞くことはできませんでしたが、印象に残った内容を本欄に紹介したいと思います。

まず、印象深かったのは、開会式の理事長あいさつです。

「私は昨年理事長と言う大役を仰せつかりましたので、やりくりして1週間の時間を作って、集中内観を体験してきました。改めて、いかに自分が罪深い人間であることがわかりました。」という堀井理事長の言葉を聞いて、本学会のリーダーのあるべき姿を見せていただいた気がして頭が下がりました。

メインシンポジウムの「支えあい、支援し合う関係から生まれる力」で印象的だったのは、社会福祉法人一麦会・麦の郷執行理事の伊藤静美氏の「私は博士や教授と言った偉い人から学ぶものはありません。統合失調症や精神障害者である当事者の方々からたくさんのことを学ばせてもらいました」という発言でした。氏は、元看護師であり、1977年に「麦の郷」・共同作業所にボランティアとして参加し、定年退職後の1990年に一麦会理事就任したとのこと。1999WHOWAPR(世界心理社会的リハビリテーション学会)は、「麦の郷」をベスト・プラクティスに認定したようです。和歌山県人のもつ「ほっとけやん」精神が活動の源になっているというのです。重症の精神障害になると、自立が困難なだけでなく、結婚を考えるのもタブー視されることが少なくないのですが、氏は精力的に当事者同士の縁を取りもってきたらしく、これまでに10組以上のカップルが誕生しているとのことでした。当日は、結婚して6年目のカップルを登壇させて、堂々と実名で体験発表をさせていましたが、参加者に大きな感動を与えていました。

今年の8月には、第4回中国内観療法学会が中国は蘭州精神衛生中心にて開催されることになっていますが、その開催日をめぐって、一寸した波瀾がありました。

 ちょうど一年前に講演依頼があり、その時に聞かされた日程は、823日~25日というので、スケジュールに入れていました。ところが、今年に入って、確か4月頃だったと記憶しているのですが、大会日程の変更を知らせてきました。大会が815日~18日に変更されたといってきたのです。その日は既に別の予定を入れてありましたが、やむなく変更せざるを得ません。私のスケジュールもそれに合わせて変更しました。まぁ、そう言うことは中国ではよくあることなので、航空チケットの手配は、もう少し後にしようと思っていました。日本の慣習からすれば、まじかに迫って学会の日程を変更するということはまず考えられませんが、彼国ではそういうこともあり得るのです。しかし、いったん変更したその日程をまた変更すると言ってきたのです。5月のことですから、大会がおよそ3か月後に迫ってからのことです。この変更によって、既に航空チケットを予約してあったA氏は、それをキャンセルして再予約をせざるを得なくなりました。もちろんキャンセル料(15千円)は自前で払わざるを得ません。日本では、すでに決まった学会の日程は、よほどのことがない限り3度も変更されることはないので、3か月前に航空チケットを予約することは、普通かも知れませんが、これまで中国を行き来しているとこの国では考えられないことが少なくないので、私としてはぎりぎりまで予約を待っていました。以前のことですが、帰国の日に予約してあった飛行機に乗る寸前に、飛行延期になったと言われ、バスで空港の近くのホテルに停泊させられたことがありました。しかも、部屋は相部屋で、列に並んだ順に同室に二人ずつ押しこめられました。私の場合は、日本人の男性同士ではありましたが、まったくの他人との相部屋は、やや緊張を強いられました。それでも、私はまだよいほうで、ある若い女性は異国の中年男性との相部屋を強いられたことに、強く抗議をしていましたが、航空会社の人は聞く耳を持たないというふうで、かなり高圧的な態度で応じていました。これは文化の問題を超えて、人権の問題だと思うのですが、彼国ではその女性の人権は守ってもらえませんでした。

というわけで、念には念を入れたつもりで、昨日やっとチケットの予約をしたのですが、それでもまだ甘かったらしく、大会終了後に大会事務局が計画している敦煌への旅行日程や交通手段およびその費用の件で行き違いが発生してしまいました。ひょっとしたら、我々も予約した飛行便をキャンセルせざるを得なくなるかもしれないのです。

目下、大会事務局や先方の旅行会社と連絡を取っている最中です。電車や飛行機などが定刻で運行されるのは、平和なこの国でのことであり、彼国では必ずしも普通ではない、というのです。つまり、彼国の人たちにとって人生は、思い通りにいかなくて普通なのです。果たして、生きる力はどちらがたくましくなるのでしょうか?

 

 

臨床心理学の授業で「怒り」がテーマになり、その解消法についてみんなで考えました。

そんな折、臨床心理相談センターの開所記念講演会の場で、フロアーから「怒り」を込めた発言がありました。その発言を聞いていた学生もその一人ですが、何人かの参加者が笑い声を発したのを機に怒りが収まっていきました。そこで、「怒り」の解消法として「笑い」が有効ではないかということになり、試みに、受講生全員で「川柳」を作ってみることにしました。

最低でも一人一本の川柳を作って提出したところ、全部で57個の川柳が産声を上げたのです。その中から、ベスト10が選ばれましたので、本欄に掲載することにしました。ちなみに投票は全員で行いました。

 

 

 

1、奈良女です 私立じゃないよ 覚えてね(谷口あや)

 これは大学に入ってから切実に感じることなのですが、同年代~30代ぐらいまでの人にたいして「奈良女」は驚くほど知名度がありません。勝手に私大だと思われています。ある私立女子大学に通っている子二人と話したときに、完全に無名私大だと思われて、見下されたような態度をとられたことがあります。女子大=私立、奈良=田舎というイメージあるようです。

 

2、だいがくで 身につけたのは 腹のにく

 

3、下からの 写真はNG 二重あご (小幡祥子)

この川柳は、写真を撮ってもらうときに、私は立っていたのですが、写真を撮ってくれる人は座っていたことがきっかけでできました。下からとられた指針は見事に二重あごになっていました。この写真は他人には見られたくないのでNGです。

 

4、ねむくない 暗示をかけるが やはりねる

 

5、お財布で 怪奇現象 カネ消える

 いつもなんだかんだで、お金を使ってしまって、気が付けば「財布の中の全財産がこれだけ・・・?」という状況を考えてみた。

 

6、ネット上 あなたの私情 どうでもいい(谷口あや)

 半分は自分に向けて書きました。

 

7、シカよりも 奈良女に来たら目立つよ 男子学生

 

8、トイレの紙 なくなって気づく 一人だと (野上沙希)

 最近一人暮らしを始めてトイレに入った後、トイレットペーパーがないことに気付いて、「おかぁーさーん、トイレットペーパー」と言ったけど何のお返事もない。そういえば、ひとり暮らししているんだと改めて思って、少し寂しくなりました。

 

9、来てく服 なかなか 決まらず 常(つね)遅刻(岩田紗恵子)

 

10、もう少し 届かぬリモコン 足で押す

 

 

 

「せいりゅう」とは奈良県断酒連合会が発行している機関紙の名称です。今回の本欄は、その機関誌へ寄せた文章です。

 

【はじめに】

先日、奈良県断酒連合会の新旧会長と事務局長の来訪を受けて、およそ1時間近く懇談した際のことですが、帰り際に「せいりゅう」への原稿を依頼されました。「内容も字数もご自由にどうぞ。奈良女子大学の臨床心理相談センター開設のお知らせでも構いませんよ」との言葉をそのまま素直に受け取って、以下の文章をしたためてみました。

 

【臨床心理相談センターの開設】

2013512日のことですが、国立大学法人・奈良女子大学に臨床心理相談センターが開設されることになり、開所式が執り行われました。当日は「心の健康」に関心を寄せる方々のご列席を賜って、主催者側のあいさつや来賓祝辞のあと、テープカットが行われました。列席者の中には、貴会を代表して新井会長の姿がありましたので、この場を借りて、改めて、御礼申し上げます。

当センターは、本学の大学教育組織見直し(改組計画)の一環として新しく設置されることになったわけですが、センター開設の第一の目的は、地域社会の心の健康のためにお役に立つことであり、そのためにはそれを担う人材を育てることが要請されます。これまで文学部の人間科学科では、自閉症児のプレイセラピーを中心とした援助活動が行われてきましたが、臨床心理士の養成には至っておりませんでした。それがこのたび、生活環境学部に新しく臨床心理学コースが設置されることになり、それに先立って臨床心理相談センターが開設されたというわけです。

ご存知の方もおられると思いますが、この国ではすでに6校の専門職大学院を含んだ167の大学で臨床心理士を育成しておりますが、本学は遅ればせながら、168番目の臨床心理士養成を行う指定校の認可を目指すことになりました。現在、国立大学は86校あると言われておりますが、そのうちの34校が指定を受けていますので、おそらく、国立大学としては、35番目となるはずです。やや時流に乗り遅れた感は否めませんが、鹿が行きかうキャンパスで過ごし、いまだに奈良公園あたりに人力車が走っているというスローテンポな奈良の文化がそうさせたのかもしれません。

「ウサギとカメ」に譬えれば、本学は亀の如き、スローではありますが、自分たちのペースを守って着実に歩んでまいりたいと思います。

さて、一口に臨床心理士と言いましても、専門分野は多岐にわたっております。当センターに着任された教員スタッフは、みなそれぞれ得意とする領域が違うので、守備範囲が広いというのが本学の特徴だといってよいでしょう。

ところで、臨床心理学の中から生まれたカウンセリングは、アメリカにおいて、二つの世界大戦を通して発展してきましたが、わが国では1950年代にアメリカの講師団によるカウンセリング研修会が開催されたことに始まります。あれから半世紀余、大学の一部の研究者しか知らなかった臨床心理学(カウンセリング)が、今や、社会の脚光を浴びる時代になりました。70年代後半から増加してきた不登校や80年前後の校内暴力、そして、それに続くいじめ問題がカウンセリングブームの背景をなしていることは言うまでもありません。しかし、この事態を喜ぶわけにはいきません。ことは学校に限らず、社会全体が病んでいることになるからです。高度経済成長は人間の欲望を増大させ、その陰で「心の病」が生み出されてきました。「心の病」のひとつにアルコール依存症があり、それによってもたらされる酒害は子ども(家族)を巻き込んでしまうことがあります。

 

【子どもとアルコール問題】

とある小学校での一場面。新しく赴任してきたスクールカウンセラーは朝礼が始まる前の校庭で、走り回っている生徒に声をかけました。

「ねえ、きみ、カウンセラーって知ってる?」

立ち止まったのは六年生の男の子です。すると、一緒に遊んでいた仲間たちも振り返って、すぐに集まってきました。子どもはいつでもみんな、好奇心が旺盛なのです。

「知ってるよ!」

直接声をかけられた男の子が答えました。そして、その子が次を話す前に、別の子が口を挾んできました。

「だってゲームに出てくるもん」

「そう、そう」と、他の子どもたちが口を揃えました。そして、カウンセラーが何たるかを見事に説明してくれたのは、はじめに立ち止まった背の高い少年でした。

「元気がないとき、そいつのところへ行くとパワーアップするんだ」

今や、カウンセラーは、子どもたちのゲームの世界にまで登場するようになったというのです。カウンセラーは、その日の朝礼で自己紹介をすることになっていましたので、子どもたちの了解をもらって、その話を使わせてもらうことにしました。

「みなさん、はじめまして、私はみなさんのゲームに出てくるカウンセラーです。さっき六年生に聞いたのですが、カウンセラーは元気のない子にパワーを与えることができます。パワーがほしい子がいたらカウンセリングルームへ来てくださいね。」

カウンセラーの自己紹介を、母親と二人して教室の中で聞いていたのは、登校を渋っていた一年生の女の子でした。集団生活になじめず登園も渋っていたらしく、小学校に入っても母親の付き添いは毎朝続いていました。その日も、朝礼には出てこれず、教室のスーピーカーを通してカウンセラーの自己紹介を聞いていたのです。その女の子が朝礼後に、ひとりでカウンセリングルームに駆け込んできました。

「ウサギさんが元気ないの、悲しそうなの、先生、一緒にきて!」

カウンセラーが行けば、ウサギもパワーアップすると思ったのでしょうか、女の子の表情が必死なので、カウンセラーは、女の子に手を引かれて飼育小屋に向かいました。行ってみると、確かにウサギは真っ赤な眼をしていました。

「ウサギさん、何がそんなに悲しいの?」と、女の子はウサギ小屋の片隅にうずくまっている子ウサギに声をかけたのです。赤い眼をした子ウサギがひとりぽっちなので、悲しそうに見えたのでしょう。そして、こう続けたのです。

「昨日もまた、お父さんとお母さんが喧嘩でもしたの?」

そして、黙っている子ウサギに、昨夜、子ウサギの父親が酒に酔って暴れたのではないか、母親は殴られてけがをしたのではないか、などと心配そうに問いかけているのです。その子が子ウサギに自分を重ねて励ましていることを察知したカウンセラーは、担任の教師に頼んで母親との面談を設定してもらいました。母親面談の結果、父親がアルコール依存症であることが判明しました。そこで、カウンセラーは専門病院で家族ぐるみの治療を受けることを勧めたのです。母親は夫の酒害とわが子の登校不安が関係していると知らされ、夫の両親に協力してもらって、夫の説得に動きました。最初は抵抗していた夫がそれを受け入れるまでにそう長くはかかりませんでした。それを可能にしたのは、当のスクールカウンセラーが「臨床心理士」としての専門知識とアルコール関連問題に対する臨床経験を有していたことが大きかったようです。父親が専門病院で治療を受けるようになって間もなく、例の女の子が母親の付き添いなしで登校していると聞いたカウンセラーは、休憩時間に教室を訪ねました。女の子はすぐにカウンセラーの姿を見つけて寄ってきました。

そこで、「うさぎさん、元気になったかな?」とカウンセラーが聞くと、「うん、ウサギさんのお父さんも元気になったみたい」と嬉しそうに言ったのです。

 

【新しい時代の「せいりゅう」へ】

時代の変遷は、活字文化においても目覚ましく、今や文書の電子化が珍しくありません。奈良県断酒連合会が発行している本紙も第39号の発行の際に、時流に乗って、創刊号にさかのぼって電子化されたおかげで、パソコンのキーをたたくだけで一気に目当ての時代にアクセスできるようになりました。何とも便利な時代になりました。

そこで、早速、創刊号の扉をノックしてみたところ、「家族の誓い」の文面が目に留まりました。書き出しは「私の主人、息子が断酒会に入会しました」で始まっていました。昭和48年のことです。それが平成7年に発行された第22号からは、「私は、夫(息子、妻)の酒害に巻き込まれて悩み、苦しみました」という書き出しに改まっています。昭和48年から平成6年までは、酒害者といえば、夫である男性と決まっていたのでしょうか。それが平成7年になると、女性である妻の酒害者も出現するようになったので、実状にあわせて文面が書き換えられたように思われますが、この時代を見回すと「女子会」と称して独身女性だけでの飲み会が頻繁になってきたように思われます。独身女性がアルコール依存症になった場合は、家族(親)の協力はないというのでしょうか?

平成22年には、第3次男女共同参画基本計画が閣議決定されました。ますます女性の社会進出が増大していく新しい時代の「せいりゅう」には、「息子」に加えて、そろそろ「娘」という言葉が追加されてもよいと思うのですが、いかがでしょうか?

 

2016年5月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

カテゴリ