2013年7月アーカイブ

<「時間の流れは幻想で、過去、現在、未来、いずれも等しく現実として存在する」という仮説について、あなたはどう思いますか?賛成か、反対か、根拠を示して自説を述べなさい。>

 

 上記の課題を臨床心理学の授業で学生に問うてみました。結果は、賛成は8名、反対は19名、どちらとも言えず、保留(わからない)と答えたのが6名でした。

 まず、保留にした学生のレポートには、以下のように記されていました。

「過去、現在、未来というのは、一連の流れとしてはっきり区別できるものだとぼんやり考えていましたが、よく考えてみると現在(今)だと思ったときには、今はもう過ぎ去っていて、未来だと思っていたことがすぐ近くにいてすぎていく、と言うように考えていくと現在とは何を指すのかわからなくなってしまいました。来週、ほかの人の考えを聞くのが楽しみです。」

 そこで、次の週は賛成、反対の立場の両方の意見を紹介しました。

 反対の意見は、例えば次のようです。

 「私は、時間の流れが幻想だという考えには反対です。タイムマシンが発明されて、未来に行けるようになれば、とても面白いとは思います。しかし私たちが暮らしている土地には、これまでいろんな人が生きてきたという証がたくさんあります。博物館に行くと大昔の土器があったり、発掘すると確かに昔、そこに生きていたという証があります。文献を読んでいても、今実際に残っている者のことが記載されていたり、時間はつながっているんだということを感じます。このように、現在身の回りにたくさんの過去の人が生きた証がたくさんあるので、私はこの仮説には反対です。」

 一方、賛成の意見について紹介するとこうです。

 「私は、過去、現在、未来は現在にあるという意見に賛成です。過去のことも、現在のことも、未来のことも今考えることができるからです。」

 最近話題の村上春樹の著作・「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」のなかにもこの課題に参考になる箇所があったので、抜粋して紹介しておきます。

 「つくるは何も言わず、エリの身体をただ強く抱きしめた。<中略>

 二人はもう一言も口をきかなかった。言葉はそこでは力を持たなかった。動くことをやめてしまった踊り手たちのように、彼らはただひっそりと抱き合い、時間の流れに身をゆだねた。それは過去と現在と、そしておそらくは未来がいくらか混じり合った時間だった。二人の身体の間には隙間がなく、彼女の温かい息は規則正しい間隔をとって彼の首筋にかかっていた。」(p309)

 本欄をお読みの皆さんはどう考えますか?

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