2013年8月アーカイブ

815日~17日に第4回中国内観療法学会が蘭州精神衛生中心を会場にて開催されたのを機に、大会終了後は、井上靖の小説に描かれた敦煌まで足を延ばして、ラクダに乗って砂漠を歩いてみました。わずか1週間の中国訪問でしたが、今回の訪問はこれまでになく多くを感じる旅となりました。たとえば、1961年に中華人民共和国の全国重点文物保護単位に、1987年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されたという莫高窟(ばっこうくつ)は、文化大革命時に、多くの仏像が破壊されたのは極めて残念でしたが、今なお残る仏像を目の前で拝むことができて、感無量でした。何しろそこは、「砂漠の中の大画廊」とか「オアシスの中の仏教美術館」などと形容されているように、現存する物だけで492窟、仏像は2000体以上、窟の中に描かれた壁画は面積にして4万5千㎡といわれ、実に壮大な仏教美術が堪能できました。仏教壁画の遺跡もさることながら、この中から出たという敦煌文書の現物が、偶然とはいえ発見されたことは、人類にとって貴重な財産だと思います。敦煌石窟(とんこうせっくつ)・敦煌千仏洞(とんこうせんぶつどう)を見物した後、翌日は、かつては川の底だったという雅丹公園(砂の平原)が、風と言う自然が作ったというピラミッド形の小高い砂地を見て回りましたが、なんと地表の温度が60度から70度もあるらしく、長居はできませんでした。ほんの10分から20分程度の自由時間が与えられたので、タリバンの兵士のように持参のスカーフを頭から巻き、目だけを出して歩き回ったという次第です。そうでもしないと、太陽の光と熱で体が持たないからです。恐竜時代は、ジャングルのように緑が生い茂っていたというのですが、今や到底人間がすめる環境ではないにもかかわらず、そんなところにも野兎がすんでいると聞いて驚きでした。何千年か何万年か後には、日本もこのような荒れ地になってしまうのかと思うと、何とも名状しがたい気持ちに襲われました。ここはまさに、この世の地獄と言ってもよいのではないでしょうか?すると、今われわれが住む日本は、それと比べるとき、極楽そのものではないかと思った瞬間でした。というわけで、私にとって今回の旅は、地獄を散策してきた、と言ってよいかもしれません。言葉が過ぎるかとは思いますが、地獄を見てみたいという方は、雅丹公園はお勧めです。その際には、飲み水と肌を覆う大き目のスカーフとサングラスを忘れずにご持参ください。

自然の作品・雅丹公園

雅丹公園2.jpg

SANY0178.JPG

<イソップ物語の「狼少年(狼と羊飼い)」について、いじめ問題の観点から論じる人がいますが、あなたならどのように論じますか、自説を展開してみてください。>

臨床心理学の授業では、毎回、授業内レポートを課しています。授業後のレポートとの違いは、その場で書くため自筆で書かなければならない、ということです。パソコンで作成したレポートは、均一の字体なので、個性がつかめないのですが、自筆のそれは個性丸出しなので、素顔の学生たちと出会った気分になります。毎回30余名の学生が書いたレポートを読んで次の授業を組み立てるのですが、授業の展開は教員にも予想がつかず、今年は特に、後半の授業は学生の質問に応えているうちにシラバスで示しておいた内容はいつの間にか飛躍的な展開を見せて、刺激的でさえありました。

表題の課題は、当初は予定されていませんでした。臨床心理相談センターが開設されたのを記念して毎月のように開催してセミナーに参加されていた元大学教授からいただいたテーマなので、この機会に学生にも考えてもらったという次第です。そこで、ほんの一部ですが、学生のレポートを本欄にて紹介したいと思います。

ちなみに、学生たちがレポート作成に費やした時間は、およそ15分前後でした。

 

濱瑠美

(文学部1回生)

私は、狼少年を論じるなら、アダルト・チルドレンの視点から考えたほうがよいと思います。狼が来た!!などと言動をしているが、彼はそこまで極端に幼くはないと思う。何かかまってほしいと寂しさを感じるということは、何か家庭内でトラブルがあって、愛情が欠乏した結果かなぁ、と思いました。

 

黒瀬那智

(教育学・人間コース2回生)

狼少年の話は深く考えたことがありませんでしたが、たしかに考えてみると残酷な話でもあるなぁと感じました。私が興味深いのは、その少年は何故「何回も嘘をついたのか」と言うことです。何回も嘘をついた少年の心のありように耳をすまし、寄り添ってあげる人はいなかったのでしょうか。少年は、人間の仲間にも、羊の仲間にも、もちろん狼にまじって仲良くできなくて一人ぼっちです。ウソをつき続けているときからずっと、少年は寂しかったのだろうと思います。私はこの話は「いじめ」というような意図的に相手を攻撃するというよりも誰もがその少年に対して深入りせず、一歩踏み出して手を差し伸べてあげない、その必要性に誰も気づいていない、そんな情景なのかなぁと感じました。

 

田島千聖

(文学部2回生)

 昔、この少年の話を聞いたときに「嘘をつくと、みんなから信用されなくなって、嫌われてしまう」(教訓として)と思っていました。確かに、そうだと思うし、嘘はよくないことだと思います。でも、「なぜ少年は何度も嘘をついたのか」を考えなくてはいけないのではないかと、今は思っています。この少年がなぜ嘘をついたのか、あくまでも私の想像ですが、彼はみんなに注目してほしかったのではないかと思います。彼は心が満たされていなくて、誰かに自分のことを気にしてほしいと願っていて、わざと嘘をついていたとしたら・・・。「自業自得だ」と片付けるのではなく、その少年がどうして嘘をついたのかを考えてあげる必要があったと思います。人の心はよくわからないし、たびたび誤解することもありますが・・・。

 

 表題の学会が開催されるということで、大会事務局に提出した抄録原稿を本欄に掲載することにしました。関心のある方はぜひご参加ください。

 

①分科会の名称

内観への誘い―これまでの内観とこれからの内観を考える―

②紹介文 

 元々は精神修養法であった内観を「内観療法」と称して最初に病院臨床に導入したのは、アルコール依存症の専門病院であった。その後、大学の精神科に導入されたこともあるが、そのほとんどは原法の「集中内観」であった。ところが、いまや内観は「集中内観」だけでなく、「内観カウンセリング」「分散内観」「記録内観」「内観ワーク」などと称されてメンタルヘルをはじめ、学校教育や企業の社員教育としても実施されるようになっている。また、国内だけでなく、海外でも活用されており、たとえば、中国の上海市では医療保険の対象として認められるまでになっている。今回の分科会では、これら内観のトピックスを中心に紹介する予定である。

 

③司会者(コーデイネイター)

真栄城 輝明(奈良女子大学 研究院 生活環境科学系教授、臨床心理士)

 

④話題提供者

1)森下 文(聖母学院中学・高等学校、奈良女子大学大学院博士後期課程、学校カウンセラー):集中内観と内観ワークの比較検討からみえてきたもの

2)胡桃沢 伸(ナカノ花クリニック、精神科医)

:スーパーヴァイズとしての内観の活用

3)蘆 立群(奈良女子大学大学院博士前期課程)

:中国の内観療法の紹介

4)溝部宏二(追手門学院大学心理学部 教授、精神科医、臨床心理士)

 :サイコセラピーとしての内観の活用

 

コーデイネイターより講師(演者)各位へ

 第20回関西アルコール関連学会(植松直道大会長)が、今年の121日に奈良文化会館を会場に開催されることになりました。分科会の時間は、午前中に3時間枠で行われる予定です。まずは一人30分で口演をお願いします。その際に、前置きとして自分の内観体験あるいは内観との出会いを5分程度挿入してください。

参加者は、関西アルコール関連学会の会員で、精神科医・臨床心理士・ケースワーカー・看護師の方々です。内観体験者は少ないと思いますが、内観のことはある程度知っている方が多いと考えてください。関西地区は、以前、内観を導入しているところもあったようですが、現在、内観を導入している医療機関はほとんどないとのことです。内観が臨床の場で有効であることを知ってもらいたくて、大会長からの依頼に応えて、企画しました。 そのことを念頭に、当日は、よろしくお願いします。

2016年5月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

カテゴリ