2013年11月アーカイブ

 先に「鼎談」の感想を本欄にて報告したところ、読者の方から「"鼎談"という字が読めませんが、なんと読むのですか?」という声が寄せられました。そこで、第二報の掲載にあたって、漢字の解説から始めることにしました。

 世界大百科事典第2版によれば、「〈かなえ〉とも読む。中国古代に,魚,肉,ときには穀物を煮るために使った器」のことだと記されており、その脚が3本であったことから転じて、三者が向き合って並ぶことを「鼎談」と呼んでいるようです。

 さて、その鼎談のもうお一方は、加藤メソッドという独自の呼吸法を開発し、東京を拠点に全国各地で講演会や研修会を活発に展開している呼吸法のトレーナー・加藤俊朗さんです。谷川俊太郎さんも生徒の一人としてそこで学んでいるようですが、お二人に共通しているのは「ことば」を大切にするという点です。ただし、詩人とトレーナーの発することばには趣の違いがあって、詩人は言葉を丁寧に吟味選択したうえで慎重に使うが、呼吸法の達人はまさに呼吸をするように装飾抜きでストレートな物言いが新鮮でした。

 たとえば、鼎談を控えて加藤氏と初対面の挨拶を交わしておよそ20分が経ったころに、氏が私に向かって発したことばですが、「あなたの心は開いていませんね。扉が閉まったままですよ。」と宣ったのです。言われて自分の心を顧みたところ、たしかに氏に指摘されたように、私はといえば、初対面の人にすぐに打ち解けるわけにはいかず、畏まった状態の自分がいました。まったく加藤氏の言うとおりでした。

ことほど左様に、加藤氏は直球をズバリ投げ込んでくる投手のようでした。

その他、氏が発したことばを思いつくままに並べてみました。

「若い人、働き盛りの人、魂の波動が高い人、悟りかけている人は、徳を立ててください。志を大きく持って、目指すはマザー・テレサです。」といった後、「それが無理な人は、僕と同じなので、一緒に善いことばを残しましょう。」と呼びかけます。

 そして、氏は善いことばについて次のように解説しています。

 「それは、まず品質に優れており、上等であることです。何が上等かといえば、その人の人格です。はっきり言えば心がきれいな人、したがって、品質を良くするには日々の精進、努力が不可欠です。」

 氏によれば、そのためにこそ正しい呼吸法を身に付けることが肝要だ、という。鼎談の第二部では、参加した人たちに呼吸法の実際をやって見せたたうえで、やり方を伝授してくれました。

 氏の直球を示す好例を紹介するとこうです。

参加者のなかには偉い先生も交じっていましたが、加藤氏は肩書きで人を区別したりする方ではなく、偉い先生に向かって「先生の呼吸の仕方は間違っています。これは欲張りの人の呼吸ですね。吸う息が強すぎます。呼吸は文字通り"呼"が大切で、吐く息が大事です。吸ってから吐くのではなく、吐いてから吸うのです。」と歯に衣を着せない直截な言い方がかえってすがすがしさを感じさせました。つまり、氏のことばは、それこそ呼吸をするように自然に出てくるようです。正しい呼吸法が身に付くと、すぐに善いことばが出てくるらしく、氏はそれを体現して見せてくれました。

とりわけ、「善いことばは、必要な時に出てこなければ意味がないですよね」ということばが強く印象に残りました。 

 25回内観療法ワークショップ(門屋隆司 実行委員長)が119日~10日の両日に秋田県仙北市の<たざわこ芸術村温泉ゆぽぽ>にて開催されました。

初日の土曜日は、シンポジウムの後、特別ゲストに詩人の谷川俊太郎氏と呼吸法のインストラクターである加藤俊朗氏を迎えて、鼎談がありました。二人でやるのが対談ですが、鼎談は3人(それ以上になると座談会)によるセッションです。打ち合わせなしの出たとこ勝負の鼎談は、私の質問に谷川氏と加藤氏が答えるというやり方で始まりました。控室でお茶を飲みながらの雑談で82歳の詩人が目下ゲーテに親しんでいることを知りました。背筋をピッと伸ばして座る姿勢はもとより言葉の端々から伝わってくる気配は、若々しく感じられました。67歳の呼吸法のインストラクターも年下の私に比べて動作の一つひとつがはるかに若々しく、まるで年の差が逆転したようにも感じられました。谷川氏によれば「真栄城さんは落ち着いた雰囲気だし、話し方もゆったりしているので同年代だと思いましたよ」とのこと、そんなわけで鼎談では、お互いに「さん付け」で呼び合いました。

 今回の鼎談において、私は長年抱いてきた谷川さんへ感謝の気持ちを伝えることができました。というのは、心理臨床家として駆け出したころ、アルコール臨床のスタッフとしてカウンセリングを始めたのですが、なかなかうまくいきませんでした。アルコール依存症の患者さんは、まず家族(配偶者や親)が先に相談に来られ、ご本人は後から、しかもいやいや登場することが少なくありません。カウンセラーは、前もって家族から酒害の話(暴言暴力の数々)を共感的に聞いてしまったために、家族の悲しみや怒りが胸を通過して、時にはハラワタにまで浸みこんでしまうことがあり、目の前に現れた酒害者本人を冷静に迎えることができなかったのです。言葉には出さないのですが、カウンセラーの態度や表情に怒りが表明されていたのでしょう、ことごとくカウンセリングが暗礁に乗り上げてしまったのです。つまり、患者さんから私のカウンセリングを拒否されるという事態が続きました。苦境に立たされていたとき、目にしたのが谷川さんの「みみをすます」という詩でした。かなり長い詩ですが、そのなかにご丁寧にもかっこを付した一節があり、まるで当時の私には、自分のために作られた詩だと思うほどでした。その一節を紹介するとこうです。

 

 (ひとつのおとに ひとつのこえに

  みみをすますことが もうひとつのおとに

  もうひとつのこえに みみをふさぐことに ならないように)

 

つまり、妻や母親の話に耳すましていると酒害者である夫(息子)の声が聞こえなくなるのです。それではいけない。妻の話に耳をすましながらも夫の胸の内が聞けるようにならなければカウンセラーではないぞ、という風に谷川さんは私に語り掛けているように感じたのです。

 当日は、会場の座席数を超える参加人数になったようで、立ち見が出る状況でした。熱気に包まれた聴衆の前で、谷川さん本人を前に、直接、お礼が言えたことが今回の鼎談の何よりの収穫でした。このような機会を与えていただいた実行委員長の門屋さん、事務局長の高橋さんはもとより、準備委員の皆様に改めて御礼申し上げます。20131113

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