鼎談を終えて

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 25回内観療法ワークショップ(門屋隆司 実行委員長)が119日~10日の両日に秋田県仙北市の<たざわこ芸術村温泉ゆぽぽ>にて開催されました。

初日の土曜日は、シンポジウムの後、特別ゲストに詩人の谷川俊太郎氏と呼吸法のインストラクターである加藤俊朗氏を迎えて、鼎談がありました。二人でやるのが対談ですが、鼎談は3人(それ以上になると座談会)によるセッションです。打ち合わせなしの出たとこ勝負の鼎談は、私の質問に谷川氏と加藤氏が答えるというやり方で始まりました。控室でお茶を飲みながらの雑談で82歳の詩人が目下ゲーテに親しんでいることを知りました。背筋をピッと伸ばして座る姿勢はもとより言葉の端々から伝わってくる気配は、若々しく感じられました。67歳の呼吸法のインストラクターも年下の私に比べて動作の一つひとつがはるかに若々しく、まるで年の差が逆転したようにも感じられました。谷川氏によれば「真栄城さんは落ち着いた雰囲気だし、話し方もゆったりしているので同年代だと思いましたよ」とのこと、そんなわけで鼎談では、お互いに「さん付け」で呼び合いました。

 今回の鼎談において、私は長年抱いてきた谷川さんへ感謝の気持ちを伝えることができました。というのは、心理臨床家として駆け出したころ、アルコール臨床のスタッフとしてカウンセリングを始めたのですが、なかなかうまくいきませんでした。アルコール依存症の患者さんは、まず家族(配偶者や親)が先に相談に来られ、ご本人は後から、しかもいやいや登場することが少なくありません。カウンセラーは、前もって家族から酒害の話(暴言暴力の数々)を共感的に聞いてしまったために、家族の悲しみや怒りが胸を通過して、時にはハラワタにまで浸みこんでしまうことがあり、目の前に現れた酒害者本人を冷静に迎えることができなかったのです。言葉には出さないのですが、カウンセラーの態度や表情に怒りが表明されていたのでしょう、ことごとくカウンセリングが暗礁に乗り上げてしまったのです。つまり、患者さんから私のカウンセリングを拒否されるという事態が続きました。苦境に立たされていたとき、目にしたのが谷川さんの「みみをすます」という詩でした。かなり長い詩ですが、そのなかにご丁寧にもかっこを付した一節があり、まるで当時の私には、自分のために作られた詩だと思うほどでした。その一節を紹介するとこうです。

 

 (ひとつのおとに ひとつのこえに

  みみをすますことが もうひとつのおとに

  もうひとつのこえに みみをふさぐことに ならないように)

 

つまり、妻や母親の話に耳すましていると酒害者である夫(息子)の声が聞こえなくなるのです。それではいけない。妻の話に耳をすましながらも夫の胸の内が聞けるようにならなければカウンセラーではないぞ、という風に谷川さんは私に語り掛けているように感じたのです。

 当日は、会場の座席数を超える参加人数になったようで、立ち見が出る状況でした。熱気に包まれた聴衆の前で、谷川さん本人を前に、直接、お礼が言えたことが今回の鼎談の何よりの収穫でした。このような機会を与えていただいた実行委員長の門屋さん、事務局長の高橋さんはもとより、準備委員の皆様に改めて御礼申し上げます。20131113

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