2013年12月アーカイブ

 先に「かぐや姫の犯した罪」について学生たちのレポートを本欄に掲載したところ、読者の方が貴重なコメントを寄せてくれました。そこで、そのコメントを授業の中で学生たちに紹介してみました。すると、その影響を受けて日本最古の歴史書である「古事記」を読みだす者まで現れました。大学と社会がつながった瞬間でした。学生たちに代わって先の投稿者(佐藤章世様)には厚く御礼申し上げます。

ところで、内観もそうですが、心理療法とはクライエントの語りに耳を傾ける仕事です。筆者はこれまでいろいろな「物語」を聴いてきました。その中に、「かぐや姫」を連想させる「ストーリー」が幾度となくありました。もちろんそのクライエントは女性です。桃太郎は、おばあさんが川で拾ってきた「桃」から生まれていますが、かぐや姫は、翁(おじいさん)が竹林の中で見つけた竹の中から生まれました。つまり、彼女は「父の娘」なのです。父が生んで育てたといってもよいでしょう。ものの本によれば、当時(奈良時代)は、庶民はほとんどが農業や漁業によって生活しており、竹で家の壁や家財道具はもとより、人を乗せる駕籠(かご)や荷物を運ぶ籠を作るという竹細工の技術は、最先端のハイテクであったらしく、今でいうITInformation Technology・情報技術)を職業にしていたのが竹取の翁だったわけです。おそらく、世界長者番付で、1994年から2006年まで13年連続の世界一となったビル・ゲイツのような人物をイメージするとよいでしょうか、竹の中には金貨が埋もれていたというわけで、高額所得者として世間に知られていたに違いありません。かぐや姫は、そういう父親に育てられた見目麗しい乙女でした。母に溺愛された男の子(桃太郎)は、自立するために鬼退治に出かけなければなりませんでした。

では、父に溺愛された乙女の自立はどうすればよいのか。当時の女性は初潮を迎える頃には玉の輿に乗って、父親も納得せざるを得ないような高位の男性のもとに嫁入りすることによって親離れ(自立)を成し遂げる時代でした。

ところが、かぐや姫の場合は、父親の溺愛は尋常ではありませんでした。かぐや姫はその異常なほどに密着する父親から逃れるために月から地上へ家出をしてきたと考えてみてはどうでしょうか。地上の父である翁は、月の父が姿を変えて地上まで娘を追ってきたというストーリーとして読んでみたというわけです。カウンセリングや内観にやってくる女性の中に「父親に溺愛された娘(父親と密着した娘)」たちがいます。過保護な父は、進学や就職はもとより、配偶者選択においてまでも口出しをしてきます。かぐや姫は、ある意味で個性の強い、自立志向の女性だったのでしよう。5人の貴族だけでなく、たとえ帝であっても父親の押し付ける男性を断って、妻子ある男性(映画では"捨丸兄ちゃん"として登場)との恋に走るのですが、流石に父の反対を押し切ることはできずに、月に帰っていかざるを得ませんでした。筆者は、これまでそういう「かぐや姫の物語」を生きる女性たちとお会いしてきました。月に帰った「かぐや姫」がどうなったか、それこそいろいろな物語がありますが、それについてはブログではなく、別の形で述べてみたいと考えています。

128日 臨床心理相談センター開設記念企画

「カウンセリングに学ぶ 相手の話を聴く技術」を受講して  

 

 「人の話を聞くのに技術がいるんですか?」

卒論のためにインタビュー(Interview)調査をするという学生にその方法について助言したときに、返ってきたのがその言葉です。23年前のことですが、いまだに同じ発言を学生から聞くことがあり、表題のセミナーを開催しました。以下は、それに参加した学生から寄せられた感想です。ご本人の了解を得て本欄に紹介しました。当日はテーマの性質上、参加人数を50名に制限していたのですが、希望者が多く、60名まで増やすことにしました。それでもお断りせざるを得ないほどでした。学生だけでなく一般にも公開したこともあって、参加者は主婦やOLに交じって働き盛りの男性方もいて、大いに盛り上がりました。

 

 奈良鹿子

(子ども臨床学コース3回生)

 

 「最近、学校に来ていても、全然授業に集中できないんです。先生の話を聞いていても、なかなか理解できず、すぐに他のことを考えてしまうんです......。」と、私は目の前のご婦人に悩みを打ち明けた。しかし、婦人は全くの無反応だ。相槌も合いの手も何もない。私は次第に話すのが嫌になってくる。自分の話した言葉が、誰にも受け止められずに宙ぶらりんになることが、これほども虚しいこととは...。

 

 ―以上の場面は、今日私が受講した講義の様子の一部である。今回の講義では、『相手が語りやすくなるような聴き方』を身につけるためのカウンセリング技術を、臨床心理相談センターのスタッフの方々がとても分かりやすく説いてくださった。かねてより今日の講義の受講を楽しみにしていたが、まさに期待以上の内容であったと思う。

冒頭に採り上げた場面は3,4名のグループに分かれて、グループワーク(話し手・聴き手・観察者役をローテーションで体験する)を行ったときの様子である。その内容とは、話し手が悩み(予め指定されたもの)を聴き手に話すのだが、そのさい聴き手はいっさいのレスポンス(相槌・合いの手)を行わないというものだった。

 私は話し手の役を体験したのだが、自分の「話したい」という思いの強さが、これほどまでに聴き手の態度に影響を受けるとは思っていなかった。無反応の相手に対して語ることほどやるせないものはない。相槌も合いの手も、私たちは日常的に意識しないでやっていることだ。だが、これらが語り手に及ぼす効果は大きいのだ。適度な相槌・合いの手は、話し手の語りを支え、話し手に確かに受容感を与える。この受容感こそ、聴き手と話し手の関係を深めて、両者の間で交わされるコミュニケーションをより密度の高いものに変えるのだろう。自分が「やるせなさ」を体験することで、改めて『相槌・合いの手』の重要性を再認識した次第である。また今回のワークでは実施しなかったが、相槌を見当違いなタイミングで打たれてしまうことも、話し手は嫌だろうと思う。聴き手はむやみに「うんうん」と言えばいいのではない。相手の呼吸に合わせて、相槌1つにも心を込めることが大切なのだと思った。

 また『開かれた質問/閉ざされた質問』に関しても大変勉強になった。私は少しだけこの二つの質問の仕方について前知識があったので、「とにかく開かれた質問をすることがいい!」と思い込んでいた。だが大事なのは、閉ざされた質問と開かれた質問を、相手に合わせてバランスよく行うことだと今回の講義で分かった。今後、私はゼミの研究でインタビューを実施していく予定である。インタビュー対象者が自ずと話したくなるような聴き手になれる様に努力したい。つくづく会話というのは、自分主体でマニュアル的に行うのではなく、相手と呼吸を合わせて創造していく営みなのだと感じた。

前回の本欄を読んだという読者の方から貴重なご意見をいただきましたので、ご本人の了解を得たうえで掲載することにしました。学生たちにも参考になると思われますので、今週、木曜日に開講している授業でも紹介することにしました。人間関係が希薄になっているといわれるこの時代、心の専門家(臨床心理士・カウンセラー・内観面接師など)の役割は、人と人をつなぐことだと考えます。今回は、社会人と学生、つまり大学と社会をつなぐことになるわけですが、果たしてどうなるでしょうか、楽しみです。

 

佐藤章世

かぐや姫の罪についてのブログを読んで、姫の罪についてあれこれ考えるうち、学生さんたちの末席に加えていただきたくなりました。ご迷惑でしょうが、少しお付き合い頂ければ幸いです。

神話好き昔話好きの私は、月の世界に住むかぐや姫の対極の存在として、アマテラスが思い起こされる。かぐや姫は月読命の末裔で、その本性は祈りであったに違いない。

太陽神として清濁ひっくるめて全て産みだす動のアマテラス。清浄な月は清浄ゆえなにも産まない、育まない、静のかぐや姫。その姫が月の世界から追放される。

追放される程の罪。侵してはならない重大な禁とは何か。

ここで連想したのは楽園追放のイブ。禁を破った罰として子を産み、育て、労働し、苦しみながら生きて死ぬ。アダムとイブは罪を引っさげ、人間となった。

祈りは祈る者に純粋であることを要求する。純粋であろうとする者は自然な行為として内観する。月が地球の一部が分離しできた衛星であるなら、ツクヨミがアマテラスの弟であるなら、月の世界の人の奥底にも、同じ人間の情動が潜んでいる。純粋であろうとするがゆえに、姫は自分の中の人間なるものを知ってしまった。尚且つ、憧れさえも抱いてしまった。知ってしまう事が罪だった。

地上に降ろされた姫には、償いの時間が過ぎれば、人間として生きてもよいという選択の余地も与えられたのではないかと想像する。

翁と嫗は地上の暖かさ、素晴らしさ、幸せを姫に味あわせようとした。姫を人間として迎えたかった。嫗も(もしかしたら二人とも)罪を犯した月の人だったかもしれない。

姫は地上で純粋な愛を求め、それを男たちの心に求められないと知ると月の世界へ帰る道を選んだ。人間にはならなかった。地球の人間に月の世界の純粋を求めたことは、新たに犯した姫の罪だったかもしれない。学ぶべきものに気づけなかった。

月に帰った姫は人間の心を忘れてしまうわけだが、その心には、もののあはれが刻みこまれ祈り続けていて欲しいと願わずにいられない。

公開直後、大学生の娘と一緒に映画も観ました。月は自分を映す鏡のようでした。

たいへん失礼しました。読んで頂いてありがとうございました。

 1122日(いい夫婦の日)の翌日のことですが、久しぶりに夕方に時間を作ることができたので、夫婦で映画館まで足を運びました。夏であればウォーキングを兼ねて行ける距離ですが、夜は冷え込むのでわずか数分ですが、車で行きました。

「今は昔、竹取の翁(おきな)といふ者有りけり。野山にまじりて、竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。名をば讃岐造(さぬきのみやっこ)となむ言ひける。」で始まる竹取物語を映画化した「かぐや姫の物語」を観るためです。

それを鑑賞した理由は、後期に開講している「家族臨床学研究演習(臨床心理学特論)」の授業の教材として使っており、内観療法の理論化を考える際にもヒントが得られると思ったからです。さて、受付で切符を購入しようとしたらどこかで見覚えのある若い女性が視線を送ってきました。よく見ると私の授業を受講している学生でした。「いつからここでバイトしているの?」と尋ねたところ「6月からです」という。大学近くならよく学生と顔を合わせるのですが、まさかこんな遠いところ(車で40分)まで来てバイトをしているとは驚きでした。

さて、次の週の授業では、授業内でレポートを課してみました。それは、目下、私自身が関心のあるテーマであり、つぎの質問です。

 『かぐや姫は月で犯した罪のために追放されているが、その罪とは何か?』

 すると実に色々な面白い答えが返ってきました。以下に列挙するとこうです。

 ①かぐや姫は美貌ゆえにたくさんの男の人たちを不幸にしてしまった。たくさんの男を惑わせた罪で地球へ送られてきた。

 ②かぐや姫は、月で父親を殺した。

 ③かぐや姫は月で婚約者(いいなずけ)以外の人と関係を持ってしまい、流刑にされた。だから地球では、多くの男に求婚されても無理難題を与えて拒んだ。

 ④かぐや姫は家柄の都合で結婚相手は生まれた時から決まっていたが、好きな男性ができてSEXをしてしまった。

 ⑤身分違いの恋をしてしまい親から勘当された。

 ⑥月から来た天女たちは、皆一様に穏やかで感情がないようであった、と書かれた本を読んだことがあるが、かぐや姫は感情を持ってしまった。感情は汚れであり、心である。月の世界には汚れはないが、地球は汚れている。

 ⑦中学生の時教科書でかぐや姫を読んで、ずっとかぐや姫が犯した罪を考えていた。かぐや姫は月で婚前交渉をしたのだと思います。

 ⑧かぐや姫は求婚を迫られた人全員と関係を持ったということです。

 ⑨かぐや姫は月ではとても醜い女性で男性からあまり好かれていなかった。しかし、男性に恋をして、その男性を自分のものにしたいという強い思いのあまり、その男性を殺してしまった。

 ⑩かぐや姫は月で不義密通をしてしまい、月を追い出された。地球で求婚してくる男性たちは月で監視する何者かが送り込んだ使者であって、輝夜姫に試練を与えるために、求婚されても目がくらまないかを試していた。

⑪月で親を裏切るような行為をした。月で犯した罪を地球でも繰り返してしまうほどかぐや姫には悪い癖があった。結局、地球で更生できずに月へ帰ってしまった。

⑫月にいたころからかぐや姫の美貌は有名で、そのために男たちが争い、世の中が機能しなくなったので、元の世に戻すために流刑となった。

⑬かぐや姫はこの世にないものを求めたり、月にあるものをいっぱい消費したり、本当はないものを探させたり周囲を困らせたから流刑になった。

⑭かぐや姫の罪は傲慢だったことだと思います。

⑮愛してはいけない男性(罪人?敵?)を愛してしまった罪

⑯生まれてきたこと自体が罪

⑰かぐや姫は月であまり愛情を注いでもらえなかったので、寂しさから万引きをした。

⑱恵まれすぎているという罪

⑲かぐや姫の場合、容姿はとびぬけてよかったが、性格が問題だった。わがまま、他者を下に見るなど姫にふさわしくないということで追い出された。

⑳両親が争いに負けて殺されて、かぐや姫はあまりに美しいので殺せなかった。置いておくと周囲の人が固まって再び争いが起こるので、島流しにした。

㉑月の世界にいたころ、実は美貌を持っていなくて、自分に仕えているとても美しい女性のものを盗んだり、殺したりしたことだと思う。

 以上、受講生60名が考えた「かぐや姫の罪」ですが、色恋沙汰を罪にあげた学生が大半でした。授業では私の考えも述べましたが、紙面の都合で次回に譲ることにします。

2016年5月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

カテゴリ