2014年4月アーカイブ

真栄城先生へ

先日、長崎大学精神科の小澤教授より、21回多文化間精神医学会長崎大会(平成26年5月25日)で、内観療法のシンポジウムセッション(15時30分~17時)を行いたいとのご相談がありました。シンポジストには、国際的に内観の普及に携わっておられる真栄城先生、内観学会会員でもある慶応大学の手塚先生、それから私・塚崎の3人でのシンポを考えております。シンポジウムタイトルはどのようにしましょうか。たとえば、「異文化への内観療法の可能性」などどうでしょうか。私の発表では内観の各国への内観普及の現状など話したいと考えております。真栄城先生には中国文化圏での内観の取り組みや内観に対する文化差や内観の普遍性などにつきましてお話し頂くことはいかがでしょうか。慶応大学の手塚先生には以前内観学会でもご発表頂いたことのある「異文化コミュニケーション」授業の中での内観の取り組みなどをお話しいただければと思っております。他にいろいろと内観についてのよい内容があるかと思いますが、期日がせまっておりますので思い当たる点を書いてみました。大変お忙しい中、どうぞよろしくお願い申し上げます。

三和中央病院・院長 塚崎稔

 

以上のような依頼を受けて、下記の抄録原稿を作成して提出したところです。

 

 

日中の文化差考

―内観の実践から見えてきたものー

真栄城輝明(奈良女子大学・大和内観研修所)

【序】

演者が中国の精神医学会大会(第7回華東地区精神医学大会)に招かれて内観療法を紹介したのは、1992年のことである。翌年の1993年には、上海市政府の承認により、上海市衛生局に属する「上海市中日医療護理友好交流協会」の下に「中日連合内観療法研究会」が発足している。以来、1995年に上海市精神衛生中心で内観療法研修会が開催されたのを皮切りに、張家界、天津市、天水市など、中国国内で内観の研修会が次々と開催されてきた結果、20104月には、上海市において内観療法に医療保険の適用が認定されている。このように、中国での内観の普及は目覚ましいものがあり、発祥の地である我が国を遥かに凌ぐ勢いである。

【中国の内観】

1993年に上海精神衛生中心に中国で初めての内観療法室が設置されたが、同年には日中内観療法研究会が発足し、早くも本格的な内観の臨床と研究が始まっている。2007年に中国内観療法学会が発会し、第1回大会が甘粛省の天水市精神衛生中心を会場に開催されたのを皮切りに、2009年には山東省の淄博市精神衛生中心にて第2回大会が開催されている。その後2011年には天津市精神衛生中心の主催で第3回大会が、さらに2013年には、甘粛省の蘭州市精神衛生中心において第4回中国内観学会が開催されている。それだけでなく、上海では毎年のように心理療法の講習会が開催されており、内観療法は森田療法と並んで講習プログラムの常連になっている。2012年に上海精神衛生中心を会場に講習会が開催された際に、演者は講師として招待されて参加した。その折に講習会の合間を縫って上海精神衛生中心の内観病棟を見学して、少なからず衝撃を受けた。中国の内観は島国の日本と比べて、何もかもが大陸的で大胆に感じられた。

【文化差】

たとえば、内観療法における三項目(貰・返・迷惑)について、文化差の視点から考えてみる必要がある。と言うのは、日本人は、子どもの頃から他者に迷惑をかけないように躾けられてきたが、中国人は親しい人への迷惑は平気で、お世話したり、されたりすることは当然なことである (相原2007・李1999) 。また、中国人は、迷惑をかけても罪悪感が生じず、お互いに迷惑をかけながら人間関係を築くものであるという考えを持っている。内観において重要な項目とされている「迷惑をかけたこと」は、中国人の「迷惑」観とはだいぶ違うようである。中国人の考える「迷惑」は、日本人の考える「迷惑」に比べて重いものがあり、たとえば犯罪などのように普通の人にとってはあり得ないことなので、想起すること自体が困難である。

<文献> 相原茂:感謝と謝罪―初めて聞く日中"異文化"の話、講談社、2007

李素楨:日中文化比較研究、文化書房博文社、1999

「内観と精神分析の共通点は、無意識の中から言いたいことを引き出すところ。

もちろん、無意識論にはフロイトとユングやアドラーの闘争がある。私も他の学派を一方的に批判してきた。内観したことで、批判してきた学派が、いかに素晴らしいかを見落としていたことに気付いた。内観は私に感謝の心を引き出し、安定させてくれた。」

 これは、ドイツのユング派分析家であるアルミン・モーリッヒ氏のことばである。

また、オーストリアで内観研修所を主宰して多くの悩める人々を救ってこられたフランツ・リッター氏が来日されたとき、内観の意義が話題になったことがあり、氏が発した次のような言葉が印象に残っている。

「欧米の心理療法では解答が与えられていないものがある。20世紀初頭、フロイトは、ヒステリー、鬱などの精神的症状の背後にある心理的要因を観察し、近代的心理療法の礎を築いた。その後、様々な心理療法が生まれたが、いまだに、〝人生の意義とは何か″について具体的な解答は見出してはいない。内観にはそれが期待できる。」

今朝は4時前に起きて、41819日に上海精神衛生中心と上海海洋大学にて開催される「内観療法の講習会」と「国際カウンセリング会議」における講演原稿を準備しているが、ふたりのヨーロッパ人の言葉を紹介しつつ、「内観の意義」について「比較文化論」の視点も交え、日頃考えていることを話してみるつもりである。おそらく、これまでの経験からして、中国はもとより、欧米の精神医学者や臨床心理学者からは活発な質問を浴びせられると思うが、この国では得られない知的刺激を与えてもらえるので、今から楽しみである。2014417日午前7時記

 

真栄城ゼミ中間研究発表会に参加して

奈良鹿子

(放送大学)

「侏儒のことば」に掲載された小木曽学さんの印象記を読ませてもらったら、自分も書きたくなりました。私は昨年の10月から放送大学で心理学を学び始めております。12月の面接授業で真栄城先生の担当する「心理臨床学入門」を受講して、内観を知り興味を持ちました。そして、今年の2月に集中内観を体験しました。そういった流れの中で、今回の真栄城ゼミ中間研究発表会に参加するご縁をいただきました。はじめは参加して皆さんの発表を聞くつもりでしたが、発表会の数日前になって「発表会の参加資格は、発表することです」と真栄城先生に言われました。卒論についてはまだ何も準備はしていないし、私にできることといえば、「内観の体験発表」しかない。しかし、自分のプライベートなことを皆の前で話すことにはかなりの抵抗がありました。我が家のゴタゴタした恥の部分をこのような場で話して良いのだろうか?原稿をまとめながら複雑な思いがよぎりました。

 私の体験談が誰かの役に立つとも、人の心を快適な気持ちにするとも考えられない、という気持ちもありました。勇気を振り絞って発表するしかないと思い、発表会に臨みました。当時は、発表者13人中、私は2番目でした。ドキドキしながら自分の番を待っておりました。最初の発表者Tさんの発表を聞いていると、それこそ自分自身をさらけ出して、いわゆるカミングアウトを堂々とされていました。私の発表もカミングアウトなのか、そうか、そういう風にすればいいんだと思い、心がきまりました。

 それでも、まだ皆さんの発表のような研究発表にはなっていない自分の発表内容に引け目がありました。ところが、ただ必死に原稿を読むだけの発表にもかかわらず、質疑応答の時間になったとき、参加者から「感動しました」と言って、涙まで交えて私の発表に感想を述べていただき、私の心は震えました。

愚痴にしか聞こえないと思っていた私の体験談が、私を全く知らない人に聞いてもらい、それも若い学生さんたちの感動を呼ぶなんて、予想もしておりませんでした。

皆さんの温かい反応に私の心は強い衝撃を受けて、変化していきました。私の過去の嫌な経験を語る事は単なる愚痴にしかならず、相手を不愉快にさせるのではないかと危惧しておりましたが、「感動しました」と言って頂きホッとしました。

そうして愚痴と愚痴でない物の違いについてのそれぞれ人の感じた意見も聞く事が出来ました。皆さんの意見を最後に栄城先生がまとめて下さり、「愚痴は話者自信がビデオカメラの撮影者になっていて自分の姿はその中にはない、愚痴でない物は話者もフィルムに写っていて、その撮影された画面を見て話している、と言う違いがあります。」と分かりやすい例で説明してくださった。

発表後は、心理学を学ぶ仲間として受け入れて頂いたような気持で、年齢差があるにも関わらず皆さんと打ち解けられて嬉しく思いました。

奈良女子大の食堂か図書館に行った時に彼女達とばったり会ったなら懐かしく挨拶出来ればいいなと思いました。

 皆さんの発表を聞いて、それぞれの研究テーマが個性的で、自分の体験から研究テーマが選定されているため、興味深く感じられました。日常の何気ない体験が研究テーマになることを教えてもらいました。これまで私が苦しんできたことも、他に似たことで苦しんでいる人がいるはずだと思い、私が知りたいと思った心の問題を研究テーマにして学ぶことはひょっとして意義のある学びになるのかもしれない、と思いました。学びの原点といいますか、心構えに触れたようで意義のある一日になりました。

 私はまだ心理学の入口に立ったばかりだけれど、今後長く続けて行く勉強にしたいと思った次第です。深く掘り下げる為にも、今は浅くても色々学ぼう、そうして、何処が深く掘り下げる部分で、それをどのように掘り下げればよいのかを学んで行こうと思いました。

 これまで人前で話す機会の少なかった私は、大勢を前にした自己紹介も出来ればしたくない、ましてや体験談等とんでもないことと思っていました。

最後の懇親会で皆さんと歓談しながら、これまで自信無く生きてきた私に、今回の発表会はショック療法だったように思います。 若くて可愛い学生さんたちと楽しく過ごしパワーを頂いたことに感謝しております。

 

 表題のタイトルのレポートがメールにて送られてきました。発表会に参加予定をしていたにもかかわらず、当日になって急遽欠席したゼミ生がいましたので、発表会の雰囲気が伝わればと思い、ご本人の了解を得て、本欄に掲載することにしました。発表会終了後は、全員がテーブルを囲んで、夕食を食べながら懇親会が21時まで続き盛り上がりました。名古屋は新幹線があるのでよいですが、滋賀県から参加した院生は、終電を気にしながらも最後まで研究にまつわるよもやまを熱く語ってくれて、学部生にとっては大きな刺激になったようです。

小木曽学

(放送大学 心理と教育コース)

 

「随分と若い子だなぁ、スーツときれいなネクタイで・・・」と思って、「あぁ」と気がついた。今日は41日、入社式の日だよね。ただ今、午前858分。「そう言えば、一昨日の中間研究発表会の大学4回生の方々、大学院進学はほとんどいない、ほとんど就職するって言ってたっけ。あの子たちも、来年の4月には、こうやって真新しいスーツで社会への第一歩を踏み出すんだよね。あぁ、そうだ。僕は仕事を辞めて大学院に進むつもりなので、僕にとっても一年後の今日は新しい時間のスタートか・・・」

329日に、真栄城ゼミの中間研究発表会が行われた。奈良女子大4回生6名、奈良女子大大学院3名、帝塚山大学大学院2名、放送大学2名の計13名。「豪華」というよりは「豊かだなぁ」というのが私の印象。

  13時から始まった研究発表は一人の持ち時間30分で、全員発表。19時半まで短いトイレ休憩を挟んだだけで、ぶっ続けで行われた。6時間半もの長時間だったが、一瞬も飽きたとか疲れたとか思わず、あっという間に時間が経ってしまった。そう言えば、子どもの頃って、楽しい時間は疲れたとかなくて、あっという間に時間が経っちゃったけど、それと似たような感じです。

 帰りの新幹線の中で、皆さん一人ひとりの発表されている姿を思い出していた。素晴らしい時間だったなぁ、って。

「感じたことを言葉にするのって難しいですよね」というのは、私の今回の研究でインタビューをさせていただいた方がおっしゃられていた言葉。その通りだなぁ、と思う。でも、私が中間発表会で感じたことを言葉にしてみたい。なぜ、あっという間に時間が経ってしまうほど、素晴らしい時間だったのか。

それは・・・それぞれお一人おひとりが、それぞれの課題、研究、人生に精一杯取り組んでおられ(「さぼっていた」としても、「さぼっている」という人生の時間を精一杯生きていらっしゃるのですよね、伝わりますでしょうか、この感じ・・・)、それが、なんと言うか、あたたかくて、切なくて、繊細で、でも力強くて・・・そして、同じ時間と同じ空間を一緒に過ごす仲間がいて・・・生きている意味そのもののような感じというのか・・・無人島で一人で生きているのとは、違うように思える・・・

そして、時間がある。6時間半という、今回皆さんとご一緒できた時間。真栄城ゼミで皆さんとご一緒できるのは、今年1年間。一年後には、それぞれ別の道を歩みはじめる。過ぎ去っていく時間というもの。

集中内観という7日間の時間。人生という平均80年ほどの時間。

そういう、少しばかりの時間を、それぞれ一人ひとりが自分なりに精一杯生きていて、そして、出会いと別れとに挟まれた、共有できる時間。

生と、死とに挟まれた、生きている時間。

その人生すべてが凝縮された感じがしたのかな、今回の真栄城ゼミ中間研究発表会では。

そう思うと、何に対して、誰に対してとかはよくわからない、何だか切ない、静かな感謝の気持ちみたいなものが湧いてきます。透明な感じです。

 「子どもの頃って、楽しい時間は疲れたとかなくて、あっという間に時間が経っちゃったよね」。死ぬときって、人生に対して、そんな感じかもしれない。そうであってほしいと願う、今の自分がいます。来年の3月までの限られた時間、先生、皆さま、よろしくお願いします。ありがとうございました。201443

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