2014年7月アーカイブ

松本愛弓

(大学院生)

 

720日に奈良女子大学にて開催された第3回セミナーでは、涙を能動的に流すことによって心のデトックスを図ることを目的とした「涙活」の発案者である寺井広樹氏をお招きし、涙が流れる仕組みやその効果について脳生理学的な視点を交えながらお話をして頂いた。赤ちゃんの頃はストレスによって泣いていたものが、思春期・青年期になると悔しさによる泣きに変わり、成人では感動泣きに変わるという涙の生後発達や、涙が流れることによって副交感神経優位の状態が強まり、それがストレス緩和に寄与しているという効用などについて学ぶことができた。また、実際に涙活で使用されている泣ける動画の上映会もしていただき、一瞬にして会場の空気がしっとりとしたものに変わっていったように感じた。

後半は、本来であれば涙をテーマに据えて真栄城先生と寺井さんによる対談を行う予定だったものを、僭越ながら私もその場に参加させて頂き、「鼎談」という形をとらせて頂くことになった。鼎談とは、3名による座談会のことである。私は昨年、真栄城先生のご指導のもと涙をテーマにした卒業論文を執筆し、その際に寺井さんにインタビューをさせて頂く機会があった。修士論文でもその研究を発展させていきたいという背景もあって、今回このような場を提供していただいた次第である。鼎談中は、参加者の方からの質問や意見、感想等もたくさん聞くことができ、それが本当にうれしく、またいろいろなことを考えるきっかけにもなった。また、寺井さんは涙活だけではなく「離婚式」のプロデューサーもされているということもあり、話題がそちらの方に及ぶと、みなさん新鮮さを感じながらお話を聞いていらっしゃった様子であった。私が特に印象に残っているのは、うれし涙と悲し涙の違いについての話題である。うれし涙の方は、参加者の方に手を挙げて頂いたのを見た限りでは流した経験のある人は少なかったように思うのだが、子どもよりは大人の方が流しやすいのではないかと考える。また、悲し涙の場合、だいたいのものが他者と共有できる性質を持っているが、うれし涙の方はどちらかというと個人的な性質を持っているようにも思われる。前半に上映されていた動画も、大切な人の死を扱ったものが多く、どうしようもなさやせつなさといった、悲しさにつながる感情を抱きやすいものになっていた。うれし涙は、たとえば大切な人から贈り物をもらったときや子どもが産まれたときなど、個人の経験に根差したものでその人の感性によって流れるところが大きいのではないだろうか。この点においては、私が関心のある不意に流れる涙と共通点があるように感じる。ただ、スポーツの試合などを大勢で観戦していて、応援していたチームが勝利を収めた瞬間にうれし涙が流れるということもあると思うので、一概には言えないのかもしれないが...。このあたりは、今後の研究で考えていきたい課題である。

最後に、これは私の勝手な印象かもしれないが、鼎談中に前から参加者の方の様子を拝見させて頂いていて、会場全体の雰囲気がとてもやわらかかったのを感じていた。前半の動画上映で涙活を行い、涙を共有した場であったということが影響しているのかなと思う。涙はやさしさと結びついているのかもしれない。すべてが初めての経験ばかりで反省点も頭に浮かんでくるが、非常に貴重な時間を過ごさせて頂くことができた。また、改めて涙の神秘さや魅力も感じ、今後の研究に一層力を入れていきたい思いが強まった。セミナーの講師を快く引き受けてくださった寺井さん、アンケートへのご協力も合わせて私の勝手な要望を広い心で受け入れてくださった参加者の方々を始め、先生方や院生のみなさんに心から感謝致します。ありがとうございました。

金にはならないが、心を救う「内観療法」

真栄城輝明

(奈良女子大学)

 Ⅰ はじめに

 月刊「精神科」が「認知行動療法とその周辺」というテーマで特集を組むことになり、編集委員会より内観療法にも執筆の依頼があった。「精神科入門者にも分かりますように、また、最新の知見をも含めてご解説下さい」という依頼状の文面を見ながらパソコンに向かったところ、まず、思い出したのは、以下の一文である。

「主に精神科医が集まる精神療法に関するある学会に出席していて驚いたことがある。発表される演題のほとんどが認知療法に関するものばかりである。平氏にあらずんば人にあらずという迷言があるが,まさに認知療法にあらずんば,精神療法にあらずの観である。出てくる一般演題のみならず,特別講演も,シンポジウムもすべて認知療法の影が落ちているかの感である。そして,最後になされた「内観療法」の実践と体験談を中心にした教育講演が醸し出す人間的触れ合いの安らぎに心救われる思いがしたのもまた事実であった。」

これは、牛島定信(2012)が「精神療法」誌の巻頭言に「金にならない精神療法もある」と題して述べたものである。ある学会とは、日本サイコセラピー学会のことである。第13回大会(木下利彦大会長)に、牛島が学会理事長として臨席していたときの感想を述べたもののようである。確かに、今やあまたあるサイコセラピーのなかでも認知療法・認知行動療法の勢いは他を圧倒しているように思われる。「認知行動療法とその周辺」というタイトルにそれがよく表れていよう。牛島のいう「金にならない精神療法」の一つである内観療法について「金になる精神療法」の代表選手とされる「認知行動療法」の軒先を借りて紹介させていただくことにした。

 

「内観療法を体験して」

 

 今年も「フィールド調査法実習」という授業で、半日だけですが、内観を体験してもらいました。710日の木曜日のことです。すると、早速その日のうちにレポートの提出がありました。授業後に一気に書いたように思われますが、おそらく書きながらも涙を浮かべていたに違いありません。720日には離婚式プランナー寺井広樹氏を招いて、奈良女子大学にて「涙活」の講演会と対談を企画していますが、内観中に涙を流す人は少なくありません。対談での話題にしたいと考えていますが、ご本人の了解が得られましたので、本欄にも紹介しておきます。

 

文学部人間科学科2回生 山内薫子

 

 先週の授業で内観療法の内容やその歴史について話を聞き、今回の授業では内観を実際に体験してみるということでしたが、なんとなく内観を体験してみるのは不安でした。自分のどんな面が表に出てくるのか、どんなことを話すのか、また、逆に内観をするにあたってカウンセラーとの距離が近い分圧迫感のようなものを感じて本当のことをなかなか言えないのではないか、などと感じることが様々にあったからです。

 内観を始める前に、まず目を閉じて、瞼の裏に、自分が小学校1年生の頃に住んでいた家のドアを開けて、お母さんの姿を想像しました。最初に家を想像して、次にドアを想像して、そしてドアを開けて家の中に入ってお母さんの姿を探す...まではすぐにできました。自分の中で何の変化もありませんでした。でも、お母さんが台所でご飯を作りながら「おかえり。」と言ってくれるところが私の頭に浮かんだのですが、そこで涙がにじみました。台所にいるお母さんに「おかえり。」と言われているところを想像するだけで涙がにじんで、まだ内観は始まってもいないのに何で泣くのか、自分でも驚きました。

後で考えてみたのですが、私が小学生の頃お母さんは専業主婦で、学校から帰るといつも家にお母さんがいました。家に帰るといつも「おかえり。」と私に言ってくれました。今私は一人暮らしをしていて、学校やバイトで忙しくてなかなか帰省することができておらず、家族のいる家に帰れないのはとても寂しいです。下宿先の部屋に帰っても、「おかえり。」と言ってくれる人は誰もいないし、ご飯を作って待ってくれているお母さんもいません。去年から一人暮らしを続けてきて、泣きたいほど寂しいと感じたことはなかったのですが、今回お母さんの姿を想像してにじんだ涙のことを考えると、私の中で少しずつ寂しさはたまってきていたのかなと思います。

次に、小学校1年生から3年生の間でお母さんにしてもらったこと、自分がお母さんにしてあげたこと、お母さんに迷惑をかけたことを思い返しました。(内観では「調べる」という言葉を使っていました。)調べたことはレポート用紙に書き込みましたが、「お母さんにしてもらったこと」では、小学2年生の時に友だちに一方的に友だちをやめると言われたことを母に相談すると、優しい言葉をかけてもらったことを書きました。言われたことを思い出しながらレポート用紙に書いていると、また涙がにじんできました。当時もお母さんの言葉を泣きながら聞いていたことを思い出しました。まるで、2年生の頃の自分に戻ったようでした。この友だちとの出来事は時々思い出すのですが、涙が出そうになることはありませんでした。今まではお母さんに言葉をかけてもらったことまでを思い返すことはなかったのですが、今回お母さんに焦点を当てて考えてみると鮮明に思い出しました。

「何かつらいことがあって、お母さんに力になってもらった」ということを調べたのは小学校1年生から3年生の間だけではなく、中学生の母に対する自分の姿を調べたのですが、そのときも涙が出そうになりました。自分の中ではもう解決したこと・終わったこととして心の中にしまっていたと思っていたのですが、こうやって思い返したときに涙が出てきてしまうというのは、まだつらかったこととして自分の中に残り続けているからなのだろうかと思いました。嬉しい経験でもつらい経験でも、経験というものはそう簡単に忘れられるものではないのだと強く感じました。

内観体験が始まって、屏風の中で先生方が回ってくるのをじっと待っていました。どのような感じで話すのだろうか、上手く話せるのだろうか、などといろいろ考えながら待っていました。1回目の内観のときで、外から「よろしくお願いいたします。」という声が聞こえたときは、少し緊張しました。小学1年生から3年生の間で調べたことを話しましたが、母にしてもらったことをレポート用紙に書いたまま詳しく言ってしまうと泣いてしまいそうな気がしたので、省略して簡単に話してしまいました。1回目が終わってから、「これで良かったのだろうか...。」と少し不安になりましたが、屏風が閉じられて狭い空間に戻ると、少し落ち着いた気持ちになりました。

2回目は小学4年生から6年生の頃を調べたのですが、このときは思い出して泣くようなことはありませんでした。順番が回ってきて、話しているときに、面と向かって人の目を見て話すのが少し苦手で、最初は目を合わせられなかったのですが、ちょっと合わせてみようと森下さんの目を見たとき、優しい目で頷きながら私の話を聞いていただいていて、「私の話を聞いてくれている。」と安心感のようなものを感じました。安心しすぎたからなのか、少し泣きそうになってしまいました。自分の話をしっかり受け止めてくれていると感じられるカウンセラーならば、「あれも話してみようかな。」「これも言ってみようかな。」と、安心して自分のことをいろいろ話すことができそうな気がします。

3回目は中学生の頃を調べていたのですが、私自身、中学生の頃は悩むことが多く、つらいこともたくさんありました。その中でも、部活の先輩からのいじめを受けて一番つらかったときに、母がどうにかしようと学校の先生に働きかけてくれたことが強く思い出されました。調べているときは涙が出そうになっただけだったのですが、3回目の面接で真栄城先生が回ってこられて、その出来事を話そうとすると、涙があふれてきてしまいました。この出来事は、高校生になってからや大学に入ってから友だちに話すとき、自分では笑い話として話すことができていました。自分でももう終わったことだからつらいことじゃないと思っていました。でも違ったようでした。真栄城先生は相槌を打ちながら私の話を聞いてくださっていました。「私の話を聞いてくれる。」と心の奥で感じて安心したのか、当時のつらかった思いがそのまま表に引き出されて出てきたようでした。真栄城先生との面接が終わったあとは、なんだか少しすっとした気持ちになりました。つらい気持ちが涙と一緒に少し流れていったような気がしました。

私は今回の内観では、母にしてもらったことを調べたとき・話したときに2回泣いてしまいました。普段友だちに話すときは絶対に泣かなかったのに、泣きました。それは、屏風の中の、自分しかいない狭い空間の中で、自分の心の奥の奥まで見つめ直すことができたからではないかと思います。また、先生方が「話を聞いてくれている」、「自分を受け止めてくれている」と感じられることによって、見つめ直したことを話すこと(表に出すこと)ができたのだと思います。今回の内観の体験を通して、内観をすることによって起こるのは、自分の心の奥にずっと残っている経験や感情が、自分を調べることによって見つけられ、カウンセラーと話すことによってそれらが表に出されることなのかな、と感じました。まさに「内を観る」ことだと思いました。他のカウンセリングの方法にはない、内観だからこそ引き出せることがあるのではないかなと思います。

今回はとても貴重な体験をさせていただいて、自分では分からなかった自分の心の奥を見つめることができました。内観を受けに来ていた方々がどのように回復していったのか、また知ってみたいと思いました。貴重な体験をありがとうございました。

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