2014年10月アーカイブ

<本文は、前号からの続きです。>

 

また、科学の発展は西洋からですが、それが世界にもたらした影響を今日私たちはどのようにして対処しているのか、ということも見つめなおす必要があります。世界規模で見れば、現代社会に起こっている戦争、内戦、経済格差、テロなどは欧米化、西洋化、資本主義化され、その土地それぞれの民族、人々のルーツが奪われ、憎しみ恨みを抱いた心の叫びなのではないでしょうか。日本国内においても子供達のイジメ、自殺者、うつ病発症者、凶悪化する犯罪等の増加は日常生活を送れている私たちの心の叫びの身代わりとなって体現化されているものであると思います。常に苦しみ辛い思いをしているのは、学会中栗本藤基先生が述べられた「社会の矛盾の体現者」なのです。しかし現在「社会の矛盾の体現者」達の加害者側は、法的、経済的、武力的に社会から制圧され、被害者側も日常生活を送ることが困難な状況におかれ、どちらとも社会から見えない壁で隔離されているのです。社会はそれ自身に責任を負わず、各個人に責任転嫁をしているのです。社会を構成している私たち一人ひとりの心の在り方の歪がこのような結果を生み出しているのにもかかわらず、このシステムを良しとしているのです。

日本では今宗教は毛嫌いされその代わりに資本主義が浸透し効率、成果が重視されています。物が豊かになった反面、人を思いやる心、家族のあり方が軽視されその板挟みとなった人々が傷つき精神を病んでいるのではないでしょうか。変わってはいけない心までもが社会の変化とともに変わってしまっています。この変化の中で、単なる病理を治療する西洋的考え方ではなくて、人間全体を見るという考え方に医学界、心理学界においても見直されつつあります。その中においても、社会の変化によって歪んでしまった人々の心それ自体を内観療法は元のあるべき姿に戻す効果がある、だから内観療法は注目される存在なのではないでしょうか。歪んだシステムから心を自由にし、平等に捉え、愛に満ちた本来あるべき姿に戻す役割を担っているのではないかと私は思います。昔、近代市民革命期にフランス国民が革命を起し立ち上がりそれらを自らのもとに奪還したように、一人一人が既存社会に問題意識を持ち、訴えることが「社会の矛盾の体現者」達を救い、よりよい社会を構築することにつながるのではないでしょうか。そして、その訴える手段を銃や爆弾など武力による攻撃的なものではなく、内観療法による悲哀、自己の罪悪感という内省的なものに変えたら、世界はどんなに温かく、平和で愛に満ちたものになるでしょう。

今回の学会を通して私は内観療法の理論について考えさせられました。そして学会ではそのヒントも先生方が教えて下さいました。内観療法の在り方を栗本藤基先生が「自分の拠り所はなんであるか」と、また学会の記念対談で心温まる詩を朗読された谷川俊太郎氏が「詩は何でもない日常から生まれてくるのだ」と述べられたその二つが象徴していたと感じました。

宗教でもなくスピリチュアルなものでもない、心理療法という近代科学の生み出した産物を側面として持つ内観療法が世に広まることの可能性を、その重要さを今回の学会を通じて再度確認することができました。そして内観療法の理論化は既存社会の尺度をそのまま当てはめるのではなく、新たな(あるべき)尺度を持ってして証明することなのではないかと思いました。

最後になりましたが、私にこのように感じ、考えさせられる先生方の研究の一つ一つ、そして大会テーマでもある「内観療法の可能性を探る」を様々な角度からとらえられた構成を計画された真栄城先生をはじめ奈良大会の委員の方々、また大会を縁の下の力持ちとして支えていらしたスタッフの方々、それぞれに感謝、尊敬の意を表したいと思います。

「学会」というものはどんな本や論文冊子よりもリアリティーがあり五感を刺激する情報媒体であるのだなと感じました。このような縁を取り持って下さった真栄城先生に感謝申し上げます。ありがとうございました。(奈良女子大学研究生・佐藤静佳)

佐藤静佳

(奈良女子大学研究生)

 

17回日本内観医学会奈良大会が奈良女子大学の佐保会館を会場に開催されました。

大学在学中、ゼミの先生が開く小規模な講演会は何度か出席したことはあったものの、学会というものは今回が初めての参加でした。どんな雰囲気でどのような形式で行われるのだろうかと、プログラムを見ながら内容よりもその形式ばかりに気を取られていました。緊張のしたまま会場に着くと佐保会館のもつ独特な雰囲気に気が少し落ち着くことができました。歴史の持つ重厚感がわたしの緊張を解してくれたように感じました。もし佐保会館ではなく普通の会議室・大教室のような会場だったら、参加していらっしゃる諸先生方の雰囲気にもまれ逃げ出していたかもしれません。今回この学会が奈良女子大学で行われたことに感謝しなければなりません。

案の定、午前中はなんだか落ち着かず先生方のお話を聞くだけで精一杯でした。

しかし、お昼ご飯を食べながらのランチョンセミナーで意識が変わりました。このセミナーの中で「吉本は死んだ」という衝撃的な言葉を聞いたからです。内観中に流れるテープや内観に関しての本を通じてしか知らない吉本伊信先生ですが、こんな私ですらその言葉に衝撃を受けたのです、他の先生方はどう思われたのでしょうか。私はこの言葉で「今内観は革命期にあるのかもしれないな」と感じました。その後のシンポジウムAは革命期にある内観療法の躍進を見ているかのようでした。日本国内だけでなく中国、韓国、ハワイと海をも渡り発展しようとする内観療法、その効果はどの地域にあっても発揮され次々と攻略しているかのようでした。ところが、「理論化、エビデンスを示す必要がある」とか「そうしなければ、完全に内観療法が社会に認められているわけではない」と皆さん口を揃えてこう言うのです。

この午前・午後の部までに各地域、各国での内観療法の様々なあり方が報告されていました。屏風がカーテンになり、合掌は省略され、個室で行われていたり、はたまたまるで学習塾の自習室のようなブースで内観療法が行われていたり、それは私が思う内観療法とは全く違うものでもありました。しかしそれらも全てを内観療法といわれているのです。途中三木善彦先生がこう仰いました。「作法等は二次的なものでそれらは柔軟にしていくことが大切である」と。また、小澤寛樹先生のグローバル化とグローカル化の関係の話にもあったように、人々に受け入れられるものに変化していくことは自然なことである、とも思いました。その一方で私はこう思いました。「内観療法が変わりゆく中で変わってはいけないものは何か、内観療法の根底にあるもっとも大切な普遍的な精神はなんなのか」と。ある先生がシンポジウムAの中で「いまひとつ内観療法の理論としては表面的である」とも述べられていたように、いま一歩内観療法の神髄に踏み入れる時なのではないかなと感じました。秋田巌先生が「日本発の心理療法の素晴らしい点は症状不問であることだ」と述べられていたように、内観療法には従来の心理療法にはない新たな可能性が多く秘められており、今回の学会でも諸先生方によってそのことが報告されていました。だからこそ理論化、エビデンスが重要視されているのでしょうが、果たして内観療法が科学的に全て証明されることが成し得るのでしょうか。

午前中は専門的な方法を使い内観療法の効果を測定する報告が中心でありました。

しかし、最も内観療法による変化を報告したのは奈良鹿子さんのパワーポイントによる体験発表であったように思いました。またシンポジウムBの栗本藤基先生が「何に基づく実証かが問題である」と述べられていたように、単に科学的統計的な結果だけでは内観療法を説明することはできないのではないかと感じました。それだけでは内観療法は図り知り得ないのではと考えます。何故ならば、内観療法が西洋的考えではなく、日本的、東洋的、強いては仏教の考えにルーツがあるからであると思います。科学よりも歴史があり人の心に根ざしている宗教が内観療法の発想に取り入れられているならば、科学というものさしでは尺が足りないのではないかと思います。<後半は次号に紹介します>

    17回日本内観医学会奈良大会が20141018日(土)に開催されます。

シンポジウムが2本予定されており、最初のAでは、「内観療法の国際化にあたって直面する諸問題をどう乗り越えるか」について討論することになっています。本欄には韓国から迎えた李博士の抄録原稿を紹介しておきます。

 

韓国内観協会長 李大云(相談心理学博士)

 

韓国では2002年、内観の研究及普及のために韓国内観学会が設立された。それ以来今年12年経っているが、内観に対する認知度はまだいと言わざるを得ない。

これまで内観のための国際シンポジウムは3回行われ、精神医学者心理学者相談専門家など多くの参加して内観高い関心を示した。これから普及の拡大を図るために内観講座全国ツアを行う予定である。

近年、韓日両国間の関係が冷え込んでいるが、それが内観普及に影響えているとは思わない。ただし、内観の発祥地が日本であることに表立って拒否する人はいないものの、違和感を持つ人がいるのも否定できない。それよりはむしろ内観が「東洋的である」という点に困難さがあるように思われる。合理主義理性主義追求する欧米文明の影響けた韓国の精神医学者心理学者たちが、「東洋的療法は治療法としては不十分だ」という偏見をっているからである。したがって、韓国の内観が臨床実験づく理論の体系化科学的分析が必要と考える。

韓国の内観にも効果的な治療事例が多ある。特に、病理的症状がみられた相談者治療効果があった。不安やうつ病、強迫神経症中毒自殺、離婚危機など自分や周りの人々にするりやみ、敵愾心原因心理的·精神的しんでいる相談者内観積極的めている。

内観は自分の内面を深く掘り下げることによって、後悔や罪悪感などが感謝の気持ちに変わる。感謝という情緒的な感動の気持ちは、自己を変える大きな力になる。これはとても東洋的であり、韓国人にも通用する心理療法といえる。

今後、内観普及拡大のために積極的姿勢努力必要である。また、学問を備え、人格的にも優れた内観専門家内観心理士を育成することが求められる。そして、韓国の内観心理療法として位置づけられるように内観の科学的な分析タによる理論的体系化必要である。

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