2014年11月アーカイブ

26回内観療法ワークショップin熊本(20141122日)

 

「いのち」を活かす「生」と「死」のあり方

真栄城 輝明

(奈良女子大学)

Ⅰ はじめに

 国語辞典によれば、命とは「生物が生きていくための源となる力」とある。その語源は、「息吹く(いぶく)」の「い」で、「息」から来ており、「ち」は「霊」の意味とされている。当日は、その「いのち(命)」を通して「生」と「死」について考えてみたい。

 

Ⅱ 「いのち(命)」とは何か

 1911年生まれの日野原重明氏は、子どもたちへ次のようなメッセージを送っている。

「いのちは目には見えないものです。それは風のように,梢をゆらし、雲の流れを作っています。これらは目に見えますが,その本体を心で感じることは難しい。しかし,いのちは君たちがいつも持っているし,それを自分のために使っています。心臓はいのちを保つために,脳に酸素と栄養を血液によって送ってわたしたち人間が考えることができるようにさせます。同じく手足に血液を送って動かせるようにしています。いのちを支えるために心臓がポンプの働きをしています。しかし,心臓がいのちだということではありません。いのちというものは,自分でどうにでも使える自分が持っている時間なのです」と。

なるほど、「いのち(命)」は目に見える形で存在している訳ではなく、「はたらき」として、すなわち「存在論」ではなく、「機能論」として考える必要があるようだ。

 

Ⅲ 「生きる」とは

 詩人の谷川俊太郎氏に「生きる」という39行の詩がある。最後の3行を紹介するとこうである。「人は愛するということ/ あなたの手のぬくみ/ いのちということ」

 AKB48に「命の使い道」(作詞は秋元康)という曲がある。歌い出す前奏段階から「ダレカニアイサレタイ」をちょうどお経のように繰り返し唱和している例の曲である。

「生きる」ことと「愛」はどうやらセットになっているようである。

 

Ⅳ 「いのち」と「生」と「死」

「死」は決して非日常の出来事ではない。人間の細胞は、日々消滅と誕生を繰り返している。つまり、死は日常の生命活動の一部であり、不断の"死"によって、生命は維持されているのである。「いのち」を活かすとは、どういうことなのか。「一人ひとりは彼にしか果たせない使命を果たすべくこの世に存在するのだ」というユダヤ系宗教哲学者,マルチン・ブーバーの言葉は参考になるだろう。

当日は、事例を紹介しつつ、表題について今少し考えてみようと思う。

佐藤章代

京都造形美術大学

 

   先日は内観医学会に参加させていただく機会を頂き心より感謝申し上げます。秋の色に染まりつつある古都の澄んだ碧空は、歴史ある女子大の清々しさを一層引き立てているような朝でした。

  学会では、DV加害者への効果など社会的価値のある報告や、夢と内観の研究、海外での内観療法の発展と課題などが報告され興味深く拝聴しました。中国からの留学生の方が発表された合掌やお辞儀など日本的な作法の問題は、心を形に託して表現しようとする日本文化そのものであり、日本人自身がその意味を深く理解することが心の豊かさに繋がるのではないかと考えさせられました。

   大会最後の谷川俊太郎さんと真栄城先生の対談を私はとても楽しみにしておりました。

   時間がきてお二人が舞台の席に着き、いよいよ話が始まるという時、スーと屏風が開いた様子が目に映った気がしました。私は思わず合掌したくなりました。真栄城先生が谷川さんとの最初の思い出を語り始めると、再び心臓がドキッとしました。普段の面接の場面とは全く立場が逆転した、まるで面接者の位置から聴かせていただくようで勿体無い気持ちになりました。なぜだかとても焦るオープニングになりました。

 この日までの私の谷川俊太郎さんの詩に対する印象は、体温の生暖かさ、産まれたての赤ちゃんのような生々しさで、近づき難いエネルギーの塊といった感じでした。実際のご本人の様子はサッパリされた様子で、詩を朗読して下さる声は力強く、物事を一刀両断にする潔さも感じられました。音楽について、「なくてはならないもの」とお話になりましたが、あふれる言葉は谷川さんを通して奏でられる音楽そのものと感じられました。

    一番印象に残った事はお母様に対する気持ちでした。三度の結婚と離婚について話された場面では、「本当は一生一人の人と思っているのに」と言われ、「でもそれは母親に対する気持ちですよね」とおっしゃいました。現在私はDVの加害者と被害者となってしまった夫婦関係を整理しようと内観を続けていますが、すでに破綻した関係を「一度夫婦になったからには添い遂げたい」という我執から断ち切れずにいました。でもその中に母の愛を未来永劫受け続けたいという欲望が潜んでいるとしたらとても迷惑な話で、今後私の進むべき方向の示唆を戴いた思いがしました。

「でもそれは母親に対する気持ちですよね」とおっしゃった時、ご自分の発した言葉に驚き、戸惑い、ほんの少し時間が止まった感じがしました。様々なお母様との思い出が、走馬燈のごとくに駆け巡り、通り抜けて行ったのかもしれません。その影が私の心に映ったような気がして切なくなりました。母に対することを中心に調べるという点において、内観の意義を認めて下さる谷川さんに、ぜひ一度内観をしていただきたいという思いにかられました。

   最後に会場の全員で「鉄腕アトム」を合唱して、笑顔でのエンディングとなりました。全員が心暖かい面接者であったようで、存在に改めて感謝いたします。

 会場を出ると、冷んやりした古都の夜空に、星が美しく煌めいておりました。

 今後も内観と内観医学会が広く社会に貢献されますことを願って止みません。

 貴重な機会をありがとうございました。 合掌   礼拝

 

2014年12月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

カテゴリ