2015年3月アーカイブ

内観を終えて

奈良鹿男(仮名)

 

内観をしようと思った動機

 母が小学校4年生のとき、J会に入会し、父はそのJ会に参加することに反対していた。その後、二人の関係がどんどん悪化していき、私が高校生のころには、母が包丁を振り回して、父とけんかをしていた。

 私が大学4年生のときに、とうとう父が、がんになり、入院した。その後、一時は回復したが、そのあとは父と母は、半分別居のような状態で過ごしていた。

私が31歳のときにがんが再発し、4年ほどの闘病生活の結果、帰らぬ人となった。

 父のお葬式のときに、母と二人きりになった時、私は母に向かって

「父を殺したのはあなたのせいだ。」といい、それ以後、今日まで、父を殺した母に対して許すことができなかった。

 そんな自分を変えたくて、今回、経営塾を主宰されていますS先生の紹介で、大和内観研修所を紹介していただき、参加いたしました。

 

内観時の経過

 最初は、母に対する小学校低学年のときの自分を調べましたが、母が影だけで、一向にお世話になったこと、して返したこと、迷惑をかけたことが出てきませんでした。その後、少しずつ、お世話になったことが、思い出されてきましたが、それに対するして返したことがとても少ないことに気がつきました。

 2日目の夜、父が亡くなった時の母を調べてしたときの面接で、

「父を殺したのはあなただ」などととんでもないことを母に言ってしまい、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいですと言った瞬間に、涙がどっとあふれてきた。面接の終了後は、こころのとげがひとつとれたような感じがした。

 再度、母に対する調べを行い、4日目の夕方に、現在の母に対する自分を調べていたとき、最近は、母を嫌っていて、年に数回しか会っていないので何もお世話になっていないだろうと思っていたら、私の息子や娘の誕生日に赤飯を炊いてくれたり、なにかイベントがあると必ず連絡をくれたりといろいろとお世話になっていることがわかった。それに対して、私は、嫌っていたので、ほとんど何も返していなかったことに気づき、今でもこんなにお世話になっていたのだと母の思いを感じ、面接のときに涙がまたあふれてきた。

また、こころのとげがひとつとれた気がした。

 そのあと、父に対する内観を行い、幼少のころの楽しい思い出がたくさん思い出された。

 最後に父が亡くなるまでの4年間を調べたときに、私は両親がずっと仲が悪く、葬式のときに父に対して母が涙を流しているのは嘘だと思い続けていた。しかし、父の闘病していた4年間、母は父の介護をつきっきりでしていた。その結果、父と母の関係は昔のように仲良くなったのだということにはっと気がついた。母は父が亡くなるときには、父を愛していたのだと・・・そう思うと父に対しても母に対しても申し訳なく思い、涙があふれてきた。

 それと同時に、父と母の関係は、私との関係ではなかったということにも気がついた。あくまでも、私と父、私と母という関係であり、その関係において私に何ができるかということを考えるべきなのだという思いが心の中に湧き上がってきた。

 父に対しては、父を追い続けてきていた、そして、今はその父を超えることが父に対してすべきことであると思えた。

 母に対しては、今でもいろいろお世話になっていることが多いので、こちらから少しでも返せるようにしていこうと思うことができた。

 最後に、息子に対する内観も行ってみた。

 息子は、大学受験のときに、学校からは、息子が志望している大学に合格するのは、難しいといわれていた。そのため10校ほど受験するように準備をし、どこかに受かってくれればと思っていた。しかし、センター試験の結果、予想以上に点数がよく、4校ほどセンターの点数で私立に合格し、その勢いで志望していた私立大学にも無事合格できた。私は、息子がその大学に行くものだと思っていたが、本人は、ネットで受かった私立の評判を見ているとよくないことが書いてあるので、国公立も受けると言い出した。国公立を受けるのであれば、受かればそっちにいくのだなと思っていた。結果、国公立も合格したが、息子は国公立は落ちると思っていたらしい。本当は志望していた私立大学にいきたかったのに、二つ受かったのでどちらにすべきが悩みはじめた。国公立の入学金振り込み最終日に、息子に好きな方にお金を振り込めと言ったところ、私に意見を求めてきたので、私は国公立のほうがいいのではないかと助言をした。その結果、国公立にお金を振り込んだ。数日後、ネットで受かった国公立の評判をみていたら、悪いことがいっぱい書いてあったと言い始め、やはり私立大学にいくと言い始めた。お金を払ったあとなので、無理だといい、そのまま国公立にいかせることにしたが、いつのまにか、親父が国公立にいけといったので、そっちに行ってしまった。自分は私立にいきたかったのに、親父のせいで私立に行けなかったと言い出し、現在、仲がよくない状態である。

 このとき、隣で内観をしていた若者が、親の言うことには全部反抗したくなるということを言っていたのを聞いて、そうか息子も反抗期なんだ、そのまましばらく様子をみているしかないのだなと思うことができ、気持ちがすごく楽になった。

内観後、母にお詫びに行く

 3月14日の午前で内観が終了し、その夕方に母に会いに行き、今まで、本当に申し訳なかったと頭を下げた。その時も涙が止まらなかった。

押村牧子

(奈良女子大学科目履修生)

 

このたび真栄城先生が奈良女子大学を退職されるというので、大学院生が準備委員となって、「お別れ会」が大学構内Sラウンジで行われました。314日のことです。

先生方、大学院生、学部生など、真栄城先生に直接お世話になった方々が集まって和気藹々とした、温かい会でした。私も先生の教えを受けた学生の一人として参加させてもらいました。院生の方々が中心になって企画した手作りのパーティーは、先生の日頃のご指導や、お人柄が、お別れ会に反映されていたように思います。

  大学院生で結成した臨床楽団 () の演奏・・・良かったです(^^

先生の知り合いの匠に作ってもらったという沖縄の三線を持参した方もおられました。

真栄城先生もお気に入りの奈良女子大学の校歌を3回生でオーケストラに所属する坂尻さんのホルンの伴奏で全員が歌ったあと、オカリナ、ギター、ベース、キーボード、波の音を発する手作りの楽器演奏で「①花は咲く②涙そうそう③童神④島人ぬ宝⑤手紙~拝啓十五の君へ~」が披露されました。歌いながら、参加者の中には、そこかしこで涙をぬぐう姿がありました。集中講義の合間を縫ってお別れ会の準備から演奏の練習までされた院生の皆さんの働きは、真栄城先生の温かいお人柄に応えてのものだと感じました。

また、各先生方からの真栄城先生へのお言葉は、堅苦しさの無い本音の言葉をお聞きする事が出来、真栄城先生が人と人との繋がりを大切になさっておられる事をこのような所からも感じる事が出来ました。

 学部生代表の坂尻真理子さんのスピーチは先生との別れを惜しむ気持ちが込められていて、聞いていた私も心を揺さぶられてもらい泣きをしてしまいました。

 大学院生代表の森下文さんのスピーチでは、中島みゆきの「糸」という歌をアカペラで唄われました。私もこの歌は大好きな歌で、今回、森下さんはこの場で先生に贈るピッタリな曲を選ばれたと感心しながら胸熱くして聞いていました。

  私も、科目履修生としてスピーチをする機会を頂きました。内容の一部を紹介すると以下のようです。

  「私が先生と初めて出会ったのは、一昨年末の放送大学の面接授業のときでした。その時、クラスで自己紹介をする事が嫌で、ほんの一言しか話せませんでした。その私が今回、人前で紙を見ないでスピーチをしています。自分自身でも驚きです。1年前の私には考えられないことだからです。私が放送大学に入学したのは、夫や家族との関係で悩み、自分や人の『心の仕組み』を知りたいと思ったからです。 授業では、内観を体験したという方がいて、内観を受けて自分の意識が変わり家族との関係が飛躍的によくなったという内観体験談を話してくれました。それを聞いたとき、『内観てすごいじゃない!!』と思いました。私は期待に胸ふくらませて集中内観を受けることにしました。しかし、私の思考は内観後も変わらず「結局は内観できなかった」と落胆しておりました。

 ところが、真栄城先生は集中内観の劣等生のために、内観カウンセリングという方法で対応してくれました。それだけでなく、内観研修所で開催された中間発表会、ゼミでの発表会、内観医学会での体験発表など、先生は事あるごとに私に発表の機会を与えて下さいました。 私はこれまで自分の変化には全く気が付いていませんでしたが、このスピーチは以前の私には考えられないことでした。 私は先生のご指導のお蔭で、わずか1年で変化し、成長したのです。

 たとえば、私は先日、DV被害者の回復の為のワークショップがあると聞いて、自分から進んで参加してきました。私自身、DV被害者として自己の回復の為の参加ですが、以前の私でしたら、このような会に参加するなどは考えられない行動でした。 このワークショップは2名の指導者と10名前後のDV被害体験者が参加し、指導者のレクチャーと、被害者が「安心安全」に「語り合い」「分かち合う」「場」と「時」の提供により心の回復を目指すというものです。ワークショップは1クール3回のセッションで既に2回が終わり次回で最終回を迎えます。私はせっかくの今回の回復の為のプログラムを次回で終わらせるのは勿体ないと思いました。そこで、最終回に今回の参加者に向けて「DV被害者の自助グループを立ち上げましょう。」と呼びかけたいという思いに駆られました。しかし、私は全くの素人。初めての試みで不安な気持ちを先生に伝えましたら、自助グループの運営の方法などを参考にするようにと断酒会にオブザーバーで参加する段取りをして下さいました。早速、その日のうちに断酒会に参加しました。断酒会の方々は、私を温かく受け入れて下さった上、快く貴重な資料も提供して下さいました。この私の考えを前もって主催者に相談するように助言してくれたのも真栄城先生でした。

 DV被害者の回復の自助グループの立ち上げという私の社会に向けての発信は、最初は小さな一歩かもしれません。DV被害者の心の回復と共に私達被害者は被害にあいにくい思考や意識の再構築をしていく努力と学びは欠かせません。それと共に、DV加害者にも自らの心の病識を持ってもらう事が必要です。DV家族が、家族の病識を知ることも大切です。

この様にDVの構造を草の根運動で、社会全体に知ってもらい広げていく事で、家庭内で起こっているDVはもとより、学校や社会の苛め構造にも問題意識を広げて、安心安全な社会構造を構築できる事を目指す運動にまで広げていきたいと考えています。こんな事を一人で考え、計画実現の為に一人で行動を始めたのはよいのですが、まったくゼロからのスタートです。

これほどまでに私の意識が変わるなど内観体験前には想像もつきませんでした。1年前の私からはとても想像できないくらいの大きな変化だといってよいでしょう。自分から見ても別人のようです。この内観劣等生を真栄城先生は根気強く、温かく見守り指導して下さいました。そのおかげで今の私がいます。真栄城先生に心の底から感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。有難うございました。」

      ごあいさつ

 

実行委員会代表  竹中 哲子

 

このたび、第18回内観セミナーを開催する機会に恵まれました。津軽の地に産声を上げてからおよそ20年間、お陰様で内観の知名度も広く浸透して参りました。内観の目的は「どんな境遇であっても感謝の気持ちで日々を暮らせる」ことであり、そのためには自らの内面に「みみをすます」ことが基本になります。そこで「みみをすます」という詩で高名な詩人、谷川俊太郎氏をお迎えして記念対談を企画させていただきました。対談者は、これまでにも谷川氏と対談歴のある臨床心理士、真栄城輝明教授です。両氏はすでにお互いよく知る間柄であり、当日は参加者からの質問を交えて、興味深い話題が期待できると自負しております。今セミナーのテーマに「内観と詩の世界」~いのちを生きる~を揚げ、臨床心理士と詩人の世界を沢山の方々に味わっていただければと願っています。

実行委員一同皆さまのご参加を心よりお待ちしております。

 

会期 : 平成27年 9月26日(土)~ 9月27日(日)      

会場 : アソベの森 いわき荘 (岩木山のふもとの温泉郷)

2015年4月

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