2015年7月アーカイブ

津軽内観研修所 阿保周子

 26回内観療法ワークショップin熊本は,平成26112223日熊本市くまもと森都心プラザにて行われました。JR熊本駅前,ひときわ高い近代的な建物の5Fホールが会場でした。二日間で延べ約400名の参加者だったそうですが,先生方やスタッフの方々,皆さんの熱気とあたたかさの感じられる居心地のいい空間でした。

 ところで私は,今回のワークショップのチラシに強く心惹かれました。それは,ほんわりと柔らかい輪郭の白いハート形の周りに淡いピンクや黄色などの水玉描かれ,ハートの真ん中に,「私」をみつめる、「私」がみつかる。の文字が書いてあるものでした。気持ちっていろいろあるんだよ。揺れていいよ。迷っていいよ。人は一人じゃなくて誰かとつながっている。私をみつめて,私と出会おう。とのメッセージを感じたからです。

 このようにチラシには惹かれたのですが,参加については決めかねていました。ところが,どういう訳かすでに私が参加することになっていたり,ステージ上で私の体験をお話する機会を与えていただいたりと思いもかけないことがあり,熊本ワークショップは忘れられないものとなりました。

 1日目の最後,真栄城先生の『「いのち」を生かす「生」と「死」のあり方』の講演で,事例の一つとして私の体験を紹介してくださったのです。本人が来ているので本人から話してもらいましょうと,突然の指名で大変驚きましたがお話させていただきました。

 今回のテーマは,「命をみつめて今を生きる」~終末医療や自殺と内観療法~というもので,夫との突然の別れを経験し,今は内観研修所をやっていこうとしている私にとっては,どの先生のお話も,もっともっと聞いていたいものばかりでした。

 特別講演柏木哲夫先生の「終末期医療の現状と将来」の中で特に心に残った言葉は,「愛と思いやりの現実的な表現」がユーモアであり,「にもかかわらず笑うこと」でした。死が目の前に迫っているにもかかわらずにっこり笑えるなら,とっさのユーモアで立場の壁をくずすことができるなら,私にはまだまだできないですが,目指したいことだと思いました。

 ワークショップの次の日,1124日は夫の命日でした。今までは仏前にご飯を供えお墓参りをしていた日ですが,9年目のこの日は,豪華A列車に乗って有明海を見ていました。お月様に夫を感じ,いつも見守ってくれていると思って生活してきましたが,今は,私の中に夫がいて,いつでもどこでも私と一緒にいるというふうに思えています。そして,夫が導いてくれた「内観」という道を歩き始めている私がいます。まさに,夫の「死」が私の「いのち」を生かしてくれているのだと実感しました。熊本は私にとって忘れられない大事な場所となりました。開催に当たられたスタッフの皆様,講演なさった本山陽一先生,池上吉彦先生,三木善彦先生,堀井茂男先生,真栄城輝明先生,東睦広先生,長島美稚子先生,大下大圓先生,木村慧心先生,柏木哲夫先生,全ての方々に感謝いたします。ありがとうございました。  

松本愛弓

(奈良女子大学大学院修士課程)

 

 今回、日本内観学会に初参加の私は、著名な先生方のご講演やシンポジウム、研究発表、その11つに感銘を受けながら、とても刺激的な3日間を過ごさせていただきました。この空間にいる方々のほとんどが集中内観の体験者であり、また、その研究活動に勤しんでおられるという状況が何とも不思議に思えたと同時に、嬉しさも味わっておりました。といいますのも、会場に足を踏み入れた瞬間から懐かしさのような感覚が胸いっぱいに広がり、初めましての方ばかりであるにもかかわらず、親しみや繋がりを感じることができたからです。他の学会にはない、内観ならではの家庭的な雰囲気やあたたかさが、内観研修所以外の場所でも作り出されているというのは、内観に携わっている皆様がより普遍的で大きな枠のなかで結びついていることの表れでもあるように思いました。

 さて、学会初日は「内観面接者は何をしているのか?」というテーマのもと、4人の先生方によるシンポジウムが開催されました。ご専門とされている領域でどのようなことを考え、感じ、また目指しながら、面接者という役割と向き合っておられるのかということが、それぞれの先生方の内観に対する想いとともに伝わって参りました。そのなかで皆様共通しておられたのは、様々な迷いや揺れ動きのなかでご自分の姿勢というものを模索されて来られ、また現在もその真只中にいるということでありました。その根底に広がっているのは、まさに11秒を惜しんで内観をするという吉本伊信先生の御心であるように感じます。現在私は真栄城先生のもとで内観面接者の研修を受けさせていただいておりますが、諸先生方のご姿勢に触れると「私なんかが面接者を目指して良いのだろうか」という思いが強くなり、及ばなさをひしひしと痛感いたします。しかしながら、その不完全さを自覚した上で無理に背伸びをすることをせず、ひたすら己を見つめながら今の私ができることに努めていく他ないのだということも、生意気にも思えるようになりました。1つだけ、先生方にお聞きしたかった質問として、日常と非日常の空間をどのように渡り歩いていらっしゃるのかというものがあります。やはり私はまだまだ未熟者で、研修所から一歩外に出ると内観の心から少し遠ざかってしまうような感覚を覚えます。一方で日常生活にうまく馴染むためには遠ざからざるを得ない部分もあり、それによって生じる心の矛盾に疲れてしまうときがあります。諸先生方はどのようにして内観と向き合っていらっしゃるのかが気になりました。

 学会2日目は開会式の後、一般演題発表、北山修先生の招待講演、3人の先生方のメインシンポジウム、溝部宏二先生の大会長講演へと続きました。印象に残っているものを11つ取り上げていくと紙面がいくらあっても足りませんので、掻い摘んでご紹介させていただきます。北山先生は精神分析の考え方を劇に準えながらご説明くださり、また、日本の昔話である「鶴の恩返し」を例に日本人の恥と罪についての考察をお話くださいました。セラピストは相手を写し出す鏡になるというのはよく耳にすることばでありますが、セラピストも当然揺れ動かされることはあり、すべてをそっくり反射する鏡になるのは簡単なことではありません。むしろ「どういう出演をしているのか」をセラピスト自身が気付いておくことが大切で、それが患者の洞察へと繋がっていくとおっしゃられていたことばが心に残っております。また、治療を続けていくためには舞台のみならず楽屋が必要で、その楽屋があるからこそ舞台の上で役を演じきることが可能となります。そして同時に、恥と罪意識から目を逸らさずにその場に居続けることが求められるようになるのだということも感じました。井原彰一先生、千石真理先生、胡桃澤伸先生によるシンポジウムでは、宗教と内観にスポットを当てたお話が展開されました。お恥ずかしい話ではありますが、私自身が勉強不足・知識不足であったために、宙に浮かんでいることばをただただ見つめるだけでその時間を過ごしてしまっていたように思います。そのようななかで1つ思い起こしておりましたのは、大学の1回生のときに受けた講義で宗教をテーマに簡単な討論をした際に、受講生の発言で出てきた「人が祈りを捧げる姿は美しい」ということばであります。内観でも、面接の際には合掌とお辞儀を致します。その所作の形式的な側面にではなく、相手を信じる心や尊敬する心など、その「心」の顕れに対して宗教性を見出すことができたなら、程よい温度で宗教を捉え直していくことが可能となるのではないかというようなことを考えておりました。溝部宏二先生の大会長講演では、ヘーゲルの弁証法を元に内観の構造や内観者の思考の変化を考察され、日本の文化的背景を交えながら内観と宗教がどのような関係性にあるのかということをお話くださいました。特に、白か黒かの二分法的思考を、弁証法によって統合することで灰色の部分の存在に気付くことができ、さらなる発展へと繋げていくことができるという考え方は、自分自身の内観体験を振り返っても腑に落ちる部分が多かったです。人の心は複雑で、本音と建前があるように多少なりともの矛盾を孕んでいます。それと同時に移ろいやすいものでもありますが、そのような曖昧さは心を疲弊させ、行き場を見失ってしまうことが多々起こり得ます。白か黒かを決めてしまう方が楽にはなれるのかもしれませんが、その際に目を背けることになった気持ちが段々と溜まっていくと身動きがとれなくなり、立ち行かなくなってしまうのでしょう。灰色の世界に身を置く勇気を与えてくれるのが内観の効用の一つなのかもしれません。

3日目は午前中に一般演題の発表があり、午後からは公開講座が開催されました。東豊先生のご講演では会場全体が明るく風通しの良い空気に包まれ、先生のお言葉をお借りするならまさにP循環の巡りが広がっていたように思います。事実としてそこにあるものに変わりはなくとも、それを捉える側にいる人の捉え方や意味づけが変化することで気の巡りが変わるというのは、まさに内観と通じるものを感じました。山折哲雄先生と本山陽一先生のご対談では、会場からも活発に意見が飛び交い、様々な知見に触れさせていただくことができました。主に語られていたのは親鸞の世界と内観、近代の宗教が担う役割と行く末であったかと認識しております。宗教については、私自身がこれまで大々的に語り合う場を経験してこなかったということもありますが、やはり大きなフロアで皆様の想いが渦を巻いているのを目の当たりにすると、ピリッとした緊張感を感じずには居られませんでした。宗教を語るということが持つ重みの顕れのように思いますが、だからこそ目を背けずにしっかりと考えていくことが大切なのだということも感じました。少し余談になりますが、私は現在、集中内観で流される涙について関心を持っています。先生方のお話をお聴きしていて、この涙を流すという行為も非日常性を含んだ一種の神秘体験であり、宗教体験に近いものがあるのではないかというようなことを考えておりました。多くの方が内観で涙を流されるように、自分の力を超えたものに出会ったとき、その存在に気付いたとき、溢れ出てくるのはことばではなく涙なのかもしれません。

 今回3日間の学会に参加させていただいて、吉本伊信先生にお会いしたことがない世代の者として、内観をどのように学び、受け継ぎ、発展させていくことができるのか、これからのことに真摯に向き合っていきたいという思いが強くなりました。諸先生方には今後ともご指導・ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

 

111回日本精神神経学会学術総会における内観療法のワークショップに参加して

 茅野分

(銀座泰明クリニック院長)

 

筆者は、内観療法に関心を持つ精神科医であり、日本内観医学会の会員でもある。

平成2764日から6日にわたって、大阪国際会議場およびリーガロイヤルホテル大阪において、第111回日本精神神経学会学術総会(世界精神医学会(WPA)との併催)が開催された際に、内観療法のワークショップが行われるというので参加した。65日(金)のことである。当日は8時半という早朝からの開始であったにもかかわらず、170名収容の会場に120名前後の参加者を集めて行われた。ワークショップの演題は、「内観療法の実際-症例編-」。演者は3名。当日の講演順に内容の一部を抜粋して紹介しよう。

トップバッターとしてマイクを握ったのは、「医療法人清潮会三和中央病院長」の塚崎稔先生であった。「症例からみる内観治療」と題して病院臨床のなかでの内観療法をご紹介いただいた。エビデンス・ベイストなご発表で、アルコールはじめ物質による精神・行動の障害が過去11年間で296/396人と圧倒的に多いことに驚かされた。症例1はうつ病リワークプログラムに通院中の非定型うつ病、30歳、男性。我欲が強く、自己中心的で他者からの承認を求め悩んでいた。集中内観を経ると「自分が周りの人からどれほど支えられ生きてきたか実感でき、自分でも驚くほど穏やかな気持ちになれました」と述べたという。症例2は医療観察法通院プログラムにある50歳、男性、妄想性障害、アルコール依存症。幼少期から実父の虐待を受け、共感性を欠いて育った。45歳時、被害妄想から近隣住人を刃物で切りつけた。入院後も心を閉ざし、周囲と交流を絶っていた。そこで月2回、10ヶ月間もの内観療法を実施。すると「病弱な母へ迷惑をかけました、被害者へも申し訳ありません」と丁寧に述べるようになったとのことだった。

次に、「心身めざめ内観センター主宰」の千石真理先生が演台に立った。「ハワイの内観研修背景と実践」と題して、北米文化圏における内観療法が紹介された。アメリカの終末期ケアや緩和ケアにおいて仏教や禅にスピリチュアルケアとしての役割を期待しているとのことだった。日本人としては誇らしい気持ちにさせられるお話であった。症例は60代、白人男性、アルコール依存症、3回目の結婚、日本人女性と離婚の危機にある。いずれの離婚もアルコール依存症が原因だった。千石先生との内観カウンセリングにより、幼少期からの父親との確執が解消し、アルコール依存は寂しさを紛らわせるという気づきが得られ、離婚の危機も救われた症例であった。

最後の演者は、「佛教大学特任教授・大和内観研修所長」の真栄城輝明先生であった。「病院臨床と内観研修所を舞台に」と題して、Psychotherapyとしての内観が紹介された。症例1は統合失調症の母親を持つ青年、母親へ甘えた記憶はないと内観を拒否し、父親の内観からはじめた。それでも、運動会の記憶の中、母親が深夜にお弁当を作ってくれている姿を思い出し、泣き崩れた。そして「母は僕のことを愛してくれていた。僕は愛が見えなかっただけ」と語り、一度も見舞ったことのない母親の病院へ行った。症例2は被害妄想を抱く高齢の女性。主治医の承諾を得ず、突然やってきた。他者と同様に静かに内観する条件で開始。すると、長男が高校時代に成績低下した時に本人を責めてしまい、結果、自死を遂げたと号泣した。この告白を機に女性は憑き物が落ちたように穏やかになった。「内観療法により統合失調症が治る」ことはないけれど、「物の見方が変わり、心に平安が訪れ、感謝報恩の気持ちで暮らせるようになる」とのこと。まさに内観療法の真骨頂といえよう。

このところ内観療法は、この学会では3年連続でシンポジウムとワークショップを開催してきたという経緯が司会者(小澤寛樹先生・堀井茂男先生)からの紹介があり、毎年のように多くの参加者を集めてきたようである。質疑応答も活発に行われ、当日はセッション終了後にも演者を捕まえて質問している方もいた。21世紀は脳科学の時代といわれる時代に、なぜ内観療法なのか、それはやはり精神医学は人間関係を無視しては成り立たないからだろう。薬物療法が主体の精神科医療にあって、少なくない精神科医たちはそれを補う方法を探し求めているようである。ちなみに、今回の大会テーマは「翔たくわれわれの精神医学と医療-世界に向けてできること-」であった。

たとえ精神疾患の原因が脳の部位に見つかったとしても、精神医学が「翔たく」ためには「体」はもとより、「心」や「社会」だけでなく、「魂」も含めた人間存在の全体を見渡す必要がある。そうなると、精神科医療者にとっては、内観療法への期待はますます高まっていくであろう。少なくとも、今回のワークショップに参加して筆者はそう感じた。

本文は、前号(内観療法における内観面接士の役割)からの続きです。

 

Ⅱ 吉本伊信の言葉

 「まず、面接者が気い付けることは、内観者の邪魔をせんことでしゃろうなぁ」

これは筆者が吉本伊信の面接に陪席させてもらったとき、面接者として留意すべきことを尋ねたときに返答してくれた言葉である。内観に来られる方は、実にさまざまである。サイコセラピーとしての内観を求めてくる方はもとよりであるが、社員研修の一環として来られる方がいるかと思えば、宗教家が宗教体験、すなわち悟りを開くことを目的としてやってくることもある。内観者の邪魔をするなということは、内観者各人の希望や目的に適うようにお世話をしなさい、という意味である。吉本は、通常の集中内観のプログラム(朝は5時起床、夜は9時消灯、その間、約2時間おきの面接)の世話をしながら、一方で断眠を希望する内観者がいれば、夜中の面接にも応じてみせていたし、絶食の内観者には、復食時の配慮を欠かさなかった。そうやって徹底して内観者についていく姿勢をくずさなかった。面接者としての吉本の生活ぶりは、まさに内観三昧のそれであった。けれども、自分のやり方をそっくりそのまま真似ろとは言わなかった。筆者が病院臨床のなかに内観を導入したいがどうすればよいか助言を求めたときも同様に、病院の状況に合わせてやればよいというだけでなく、内観の本質さえ守っていれば時代に合わせて変えて行けばよい、とまで言われたことが印象に深く残っている。

 

 

Ⅱ 吉本伊信の言葉

 「まず、面接者が気い付けることは、内観者の邪魔をせんことでしゃろうなぁ」

これは筆者が吉本伊信の面接に陪席させてもらったとき、面接者として留意すべきことを尋ねたときに返答してくれた言葉である。内観に来られる方は、実にさまざまである。サイコセラピーとしての内観を求めてくる方はもとよりであるが、社員研修の一環として来られる方がいるかと思えば、宗教家が宗教体験、すなわち悟りを開くことを目的としてやってくることもある。内観者の邪魔をするなということは、内観者各人の希望や目的に適うようにお世話をしなさい、という意味である。吉本は、通常の集中内観のプログラム(朝は5時起床、夜は9時消灯、その間、約2時間おきの面接)の世話をしながら、一方で断眠を希望する内観者がいれば、夜中の面接にも応じてみせていたし、絶食の内観者には、復食時の配慮を欠かさなかった。そうやって徹底して内観者についていく姿勢をくずさなかった。面接者としての吉本の生活ぶりは、まさに内観三昧のそれであった。けれども、自分のやり方をそっくりそのまま真似ろとは言わなかった。筆者が病院臨床のなかに内観を導入したいがどうすればよいか助言を求めたときも同様に、病院の状況に合わせてやればよいというだけでなく、内観の本質さえ守っていれば時代に合わせて変えて行けばよい、とまで言われたことが印象に深く残っている。

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