2015年12月アーカイブ

「愛とは何か?」

私が依拠する心理学は、真正面から「愛」について取り上げた研究は乏しいと言わざるを得ない。その中でもM,スコット・ペックの「愛と心理療法」(氏原寛他訳 創元社)は、数少ない心理学書と言ってよいだろう。本文は、その書を参考にしつつ、人間にとって最も大切な「愛」について述べてみたい。その前に、一般には「愛」がどのように考えられているかを見るために広辞苑を開いてみた。それには、六項目にわたる「愛」が紹介されている。

①いとしく思う(心)。(対義語)憎。

②かわいがる。いつくしむ。かわいい。「なんじの敵を愛せよ」「愛憎・愛児・博愛・寵愛ちょうあい・母性愛」

③異性を恋しく思う。「愛する人」「恋愛・求愛」

④めでる。すきこのむ。「酒を愛する」「愛好・愛唱歌・愛読」

⑤大切に思う。おしむ。「祖国を愛する」「愛郷心・愛護・愛惜・自愛・割愛」

⑥〔仏〕執着する。「愛着・愛染あいぜん・渇愛」

アメリカの精神科医・スコット先生は、「愛の定義」という章で、「愛について考えることは、触れることのできぬ不可思議なものを弄ぶようなものであることは、十分承知している。」「愛はあまりにも大きく深いので、言葉の枠組みでは、本当に理解したり測ったり限定したりすることができない。」としたうえで、次のように定義して見せている。

 「愛とは、自分自身あるいは他者の精神的成長を培うために、自己を拡げようとする意志である。」

 彼はこの定義を精神科臨床における実際の観察(自己観察も含めて)を通して到達したというだけあって、実際に悩んでいる人には参考になる。

 昨年の二〇一五年十一月一日のことであるが、私は竹その家族に招かれて人間関係について講演する機会があった。講演に先立って家族会のメンバーからいくつかの質問が寄せられた。その中の一つに次のような質問があった。子に対する母親の愛を考えさせる内容であった。

 「私は、息子が酒害者なので 親が協力者の場合の話もお聞きしたいです。うちの場合、五年かかってやっと少し仕事が出来る様になってきましたが、本当に飲んでる時 大変で 飲む為には暴力も平気でしたし、引きこもってまして 断酒後もとても回復が遅いと思ってますが 最近 一人行動が増えてきて、ちょっと出掛けてくると言って夜 遅くなったりすると とても心配です。親子の場合、いつまでも一緒ってわけにはいかないと思いますが、 息子はメールをよくしていて、メル友とかと会ってないかと不安です。息子を信じなくては と思うのですが 何処へ行くのかも言いません。どう対応したらよいか 宜しくお願いします。」

 スコット先生の著書に「臆病な青年」の例が紹介されている。

「おふくろは私をとても愛していたので、高校三年になるまで、スクールバスに乗せてくれなかったんですよ。その時でもずいぶん頼み込まなければなりませんでした。怪我でもしたら大変だと思ったのでしょう。毎日、母親が送り迎えをしてくれたんです。彼女も大変だったんですが、本当に私を愛してくれたんですね。」と患者の青年が話したとき、スコット先生は、愛と思われたいたものがしばしばとても愛とは呼べないことがあるので、それを患者に教えなければならいとして、青年に愛についての講義をしている。おそらく、母親の「共依存」という病的話焼きについて話したのかもしれない。

スコット先生の愛の定義によれば、「愛」とは、相手だけでなく自分自身を向上させる行為でなければならない。つまり、愛は他者への愛と同時に自己愛が含まれており、相手だけでなく自分自身をも愛することである。したがって、相手(息子)の成長だけでなく、同時に自分も成長につながる必要があるというのだ。

なぜならば、母親自身に自律性がなくては子どもに自律性を教えることはできないからだとスコット先生は言う。私もこれまでの心理臨床を振り返って全く同感である。

 

 初めて国際学会に参加したという学生(21歳・女性)が開幕式の印象記を提出したという李教授から学生のレポートと共にご自身の感想をメールで送ってこられました。今回初めて知ったのですが、本欄にアクセスしている中国人が少なからずいるようなので、中国語の文章も紹介することにしました。日本の読者には分かりづらいかもしれませんが、欧米の言葉と違って、同じ漢字文化で育ってきたわけですから、眺めるだけでも何となく伝わるものがあるのではないでしょうか。というわけで、ご本人の了解を得たうえで、本欄に原文をそのまま掲載することにします。

 

李 紅

(広東金融学院教授)

真荣城老,是在2009年淄博,第二届全国内大会,当台上有多日本家,坐了一排,没什么印象,开幕式之后,二十多位告内研究展。大家像走马观灯一,你上我下,作看客的我,不清人影。

然而,有一位日本老着,突然脱掉西装,当一惊,见过大礼堂学术报告,台上演者当众脱衣的!一件T然台上,老一个华丽转身,T恤背后,"内"两字印入眼中。

会后,赶忙抓个老合影,他字笔在我的本子上写道"内皆兄弟"。

尽管老慈祥无意,但海里一直有日本国主的影子,看着"兄弟"二字,画了个号。

两年去,2011年天津医科大学,第三届内大会上,与我带领广金融学院学生和老师团队,又遭遇位活力老这时穿上学生开的,印有"内"字甲,告学生目内成果。

会后与位老合影之后,才明确知道他的名字,其写的,全名:真荣城·明教授。

「自分が何をすればいいのか」を気付かせてくれた内観中の夢

A, M

30代・男性)

私がY内観研修所を訪れたきっかけは、GクリニックのC先生からの紹介によるものでした。過去に友人から受けた嫌な出来事をたびたび思い出して暗い気持ちから抜け出せなくなってしまう他、他人からキレられたり、自分を否定されると激しく落ち込んでしまう状態となっていた自分について話したところ、Y内観研修所のM先生をご紹介いただきました。自分の住んでいる町から奈良県大和郡山市は遠いので初めはどうしようか迷いましたが、自分の心にこびりついているものをどうにかしたいという思いから、内観を行う決意をした次第です。

内観は屏風で区切られた半畳程度のスペースにこもり、母親や父親、兄弟姉妹、友人などから「お世話になったこと」、「して返したこと」、「迷惑をかけたこと」を、小学生のころから3~5年刻みで現在まで思い出し(内観では「調べる」といいます)1時間半~2時間おきの面接でそれを話します。

私の場合、内観初日は自分の内面的な生い立ちを書き出す作業を行い、2日目から本格的な内観に入りました。今思えば、生い立ちを書き出す作業を行ったことで自分の内面的な部分について整理ができたので、目的意識を明確にして内観に入ることができたと思っています。ただ正直なところ、内観開始当初から3日目まではまったく集中できませんでした。私は社会人になって以降、両親との接点が非常に少なかったため、思い出せることがそもそも少ないという点でも非常に困りました。調べるための接点が少ないことをM先生に相談したところ、「1つでも構いません。調べてください。」と言っていただけたことで大分気が楽になったことを覚えています。

4日目に入るとようやく少し集中できるようになり、5日目あたりからはスルスルとまではいかないものの、多くのことを思い出せるようになっていきました。毎回食事の時間になると、最終日に行われる内観参加者の座談会の様子を録音したものが館内に流れます。それを聞くことが自分のモチベーションアップにもつながり、より集中できるようになっていたのかなと思います。

また、私にとって最後のカギとなったのは、夜寝ているときに見た「夢」でした。自分が見た夢について毎朝紙に書き留めてその日の最初の面接で話すのですが、最終日の朝の面接で「夢」について話した時に、「自分は何をすればいいのか」ということに気付くことができました。

今回の内観を通して気づいたことは、わずかしかない嫌な記憶のために嬉しかった記憶や楽しかった記憶を埋もれさせてしまうのはもったいないということ、そして、嬉しかった記憶や楽しかった記憶の後ろ盾をもらって過去の嫌な記憶に向き合うことが、今の自分にできることだということです。それができた時、この先また自分の身に起こるかもしれない、激しく落ち込んでしまう事態にも立ち向かえるのではないかと思いました。

最後になりましたが、私に内観を勧めてくださったC先生、内観を指導してくださったM先生に心から御礼申し上げます。ありがとうございました。

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