narrative(語り)としての内観

夏休みは内観面接の合間に、依頼された原稿に取り組んでいます。締め切りが迫っていますが、遅々として進まず、文献の狩猟もままならず、青息吐息の日々を過ごしています。

今回は、本欄に要約を示しておきます。

 

要約

 内観では幼少時から現在に至る自分を振り返り、それを面接で話していくが、繰り返される「はなし」に耳を傾けていると、そこにストーリー(story)があることに気付かされる。ストーリーには筋(plot)がある。内観では事実を見つめることを大切にするが、筋とは事実と事実をつなぐものである。「話にならない」と言うとき、それはその人の話には筋がないということを意味している。「語る」という場合は、たとえば、「昔を語る」と言うように、そこには筋があるのがふつうである。カウンセリングの場面で心理療法家はクライアントの話を「語り」として聴いている場合が多い(河合隼雄・1993)。内観面接を担当していると内観においても、面接者は内観者の「語り」を聴いていることが少なくない。本稿では、内観を「語り(narrative)」の観点から捉えて考察を試みることにした。

 

Naikan requires looking back on your life from childhood to now and speaking about it at the interview. I often find that everyone has their own "story" when I, as a Naikan interviewer, listen to their speaking. A story has a plot. A plot links one fact with another. Looking at facts is of importance at Naikan. When one says, "It is not worth speaking about," it means that his/her story has no plot. "Narrating" usually involves a plot as we can see in the expression, for instance, "narrate the old days." In many cases, psychotherapists regard the stories of their clients as "narrative" at counseling. (Kawai Hayao 1993) Similarly, it is not uncommon that Naikan interviewers listen to their clients' "narrative" in an interview. This paper deals with Naikan from the viewpoint of "narrative."

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