【つながりの意義】

ところで、ちょっと考えてみるだけでも、人は「つながり」の中で生かされていることがわかる。

たとえば、難破船が無人島に流れ着いたロビンソン・クルーソーは、そこで28年2カ月と19日の歳月を過ごして帰還。途中、忠実な従僕となるフライディと出会うまでに15年間を孤島で一人きりで生活しているが、孤立を避けるために日記をつけることにした。確かに現在の無人島には人間の姿はなかったが、過去に出会った人たち(家族や友人など)との思い出を呼び覚まして「つながり」を保っていた。人間のいない無人島であっても動物や植物がいることに気付いた彼は、捕まえてきた野生のヤギを柵の中に囲ってふれあい、オウムを飼い、話し相手にしていた。さらに、ジャングルに生える樹の幹をさすりながら語り掛け、毎日、ナイフで印を入れて月日の経過を記していたともいう。つまり、生きとし生けるものだけでなく、自然や宇宙ともつながるために様々な工夫を凝らしていたようだ。その結果、無神論者だったロビンソンの中に変化が訪れて、人間の力を超える神の存在を感じるまでになった。皮肉なことに、彼は無人島に来たことによって「つながり」のもつ重要さとその意義を知ることになる。

まさに、酒害者の体験と重なるように思われる。家族や世間から見放され、孤立状況に陥った酒害者たちが、病院の中で「断酒の集い」と出会ったことで「つながりの意義」を実感し、地域に「断酒会」を結成したことは、その証左であろう。

【見えないものとのつながり】

この国は、今年に入って、厳しい寒波に見舞われている。1月22日に首都圏を襲った大雪は、交通機関に影響を与えて、テレビのニュースでは、「帰宅難民者」を映し出していた。渋谷駅や品川駅、蒲田駅、武蔵小杉駅などの主要な乗り換え駅では駅構内への入場制限が行われ、大行列が発生し、雪の降る寒い中で、長時間待つ人々の姿を見て違和感を覚えた。情報化社会と言われるこの時代にその日は午後から大雪注意報が出ていたはずなのになぜもっと速やかに適切な対応がなされなかったのか、という疑問である。その日は大雪になることを気象庁が予め報せてくれているわけで、何も突然に火山が爆発したような事態とは違うはずだ。従って、朝から出勤停止にするか、もっと早い段階に帰宅させることをそれぞれの会社の判断でしていれば、あれほどに「帰宅困難者」が集中しなくて済んだのではないだろか。これは、おそらく現代人は「目に見えるものしか存在しない」と考えており、雪が積もって交通機関が止まる状況を見てからでないと判断ができないという何ともお粗末で、想像力に乏しい人間が少なくないということだ。パソコンの普及と女性の社会進出に伴って、今やテレワーク(インターネットを使って、職場など一定の場所に縛られず仕事に従事すること)の時代だというのにあの混乱した事態は、現代人の問題が露呈したと言わざるを得ない。

実際、自宅でテレワークをしている社員の中に、テレワークになじめず、会社に出てくる人がいるという。何かにつけて「顔を見てコミュニケーションを図らない不安である」という人が少なくないようである。それをどう克服すればよいのか、逆説に聞こえるかもしれないが、想像力を磨くために内観者がしているように屏風の中に籠って目の前にいない人を思い浮かべて、その人たちとの関係を丁寧に調べてみるという訓練を提案したいと思う。つまり、目の前にはいないが、想像力を働かしてそれらとつながることが出来れば、テレワークはもちろん、緊急事態への対応が磨かれること請け合いである。断酒に引き寄せていえば、さまざまなスリップも回避できよう。このことについてもう少しわかりやすく説明するために、最近売れている(43万部突破)という本の中から一文を紹介しよう。

【君たちはどう生きるか】

見出しは、本の題名である。物語の主人公の名は「コペル君」と呼ばれる少年だ。ある日、少年は自ら発見をしたある出来事に「人間分子の関係、網目の法則」と名付けて、亡父の友人だという叔父さんに手紙でその感動を伝える場面がある。内容の一部を抜粋して、私なりに要約して述べることにする。

「棚にしまってあった粉ミルクが入っていたラクトーゲンの缶を見て思いついたことだが、僕は母の乳が足りなくてラクトーゲンのミルクを飲んで育った。それは、オーストラリアで作られたものであり、缶にはオーストラリアの地図が書いてある。それを見ていろいろと想像してしまった。オーストラリアの牛が浮かんだ。するとその牛が飼われていた牧場や、牛の世話してくれた土人や、絞った乳を粉ミルクにした大きな工場や、そこで働いていた人たち、できた粉ミルクを日本まで運んだ汽船など次から次へといろんな人たちが浮かんだ。僕はそれらすべての人の世話になったんだ、と思うと感謝の気持ちが湧いてきた。」

まるで内観者の話を聞いているようである。内観が深まってくるとコペル君がそうしたように、母親に対する内観をしているうちに次から次へと連想が展開することがある。それを彼は「人間分子の関係、網目の法則」と呼んでいるが、私は「つながりの法則」と名付けている。

日常内観をしていて思いついた呼び名である。参考にして貰えば、「つながり」がまた一つ増えそうだ。